第二層 ④
ーーキュイイイイイン!!
まるでモーターが高速回転するような鋭い高音とともに、灼熱の赤い玉が俺の口のなかで大きくなっていく。
一方のイケメンシンニュウシャは俺の異変に気付きながらも大技を繰り出さんと少しだけ俺から距離をとった。
「どんな技だろうと僕とサヤのブレイド・スラッシュで跳ね返してみせる!!」
いや、無理。
絶対に無理だからやめておいた方がいいって。
それに万が一、『ブレイド・スラッシュ』が俺にあたったら危ないでしょ!
ドラゴンの姿の為、その言葉が出せないのがもどかしい。
空気がぎゅっと収縮していくと、ぐらりと目の前の空間が歪むような不思議な感覚に陥る。
口の中が焼けるように熱い。
そして俺の巨大な口は、またたく間に大きくなった灼熱の火の玉の圧によって徐々にこじ開けられていった。
――ゴゴゴゴォォォ…!――
「くっ… 暑い…」
口から漏れ出た熱気によってたちまち室温が上昇すると、シンニュウシャの口から思わず言葉が出る。
すでに部屋の中にいたモンスターたちは、我先にと逃げ出していった。しかし彼らには悪いが、どれほど遠くに逃げようとも、この一撃によって瞬時に塵に変わり、夜空にひらひらと舞うことになるであろう。
「うあああああ!!!」
逃げ出したモンスターたちと同じように、シンニュウシャの胸は恐怖で埋め尽くされているはずだ。
それでも彼はそれを振り払おうと大声で気合いを入れている。
そして…
――ブレイド・スラッシュ――
と、一撃必殺の大技をいよいよ繰り出してきたのだ。
ただし…
それは、俺の一撃を放つトリガーとなった。
もし… もしこれを放つ前に退散してくれれば…
それをずっと心の片隅で思い続けていたのだが、残念なことにそれが叶うことはなかったのである。
そして、俺は放った。
――フレア・ブレス――
ゆっくりと灼熱の火の玉が俺の口から離れていく。
それに触れた空気が、あまりの熱に悲鳴をあげるかのように煙をたてていた。
そうして俺の口から完全に離れた直後…
――カチンッ!!
と、俺は口を閉じた。
それは烈火に包まれた爆弾に着火する、一種の儀式だ。
その瞬間…
火の玉は『太陽』となった。
まるでひびが入ったかのように、あちこちから光線が放たれる。
その光線があたった部屋の壁は早くも溶け始めていった。
「ぐああああ!!!」
その光線をかいくぐったシンニュウシャは、果敢にも光の玉と化した『太陽』にブレイド・スラッシュを食らわせんと剣を振るった。
しかし…
――ジュッ…
という小さな音とともに、虚しくも彼の一撃はかき消され、無残にもその剣は溶け落ちていった。
これでもう彼のわずかに残された反撃の光は完全に閉ざされたことだろう。
そうなれば後に残されたのは目の前の太陽が爆発する残酷な未来のみ。
「くそぉぉぉぉ!!」
あれほど綺麗な言葉しか口にしなかった高潔なシンニュウシャから、呪詛とも言える汚い叫び声があがった。
それは絶望の淵に立たされた人が刹那的に見せる儚い本能。
この後は決まって俺をののしり、世の無情を嘆く言葉が続くはずだ。
それはほんのわずかな間ではあるが、俺の胸を最も痛める時間であった。
ゴーレムとはいえ、他人から呪われ、恨めしい目を向けられたら、誰しも同じ思いにかられるに違いない。
しかしそれは、全てを超越した『フレア・ブレス』を操る者が背負った宿命であると、俺は腹をくくっている。
そして、いよいよ目の前の小さな太陽が爆発寸前と言わんばかりに、巨大に膨れ上がった。
シンニュウシャの服は灼熱の光線によってあちこちがただれ落ち、彼自身も極端に薄くなった部屋の空気に苦しそうに膝をついている。
それでもきりっと引き締まった表情を変えることなく、その目を光らせているのだから大したものだ。
先ほどまでは「臆病者」と見くびっていたのだが、こちらの方が彼が持つ本来の姿なのだろう。
そして彼もまた多分にもれず、最後の言葉を残そうと口を開いたのである。
しかしそれは俺の予想とは大きく異なるものだったーー
「宿敵に頼むことではないことは十分に理解しているつもりだ。 しかし、それでも僕はあなたに懇願する! 妹を… サヤのことをどうか守ってやって欲しい!」
な… なんだと…!?
この後におよんでまで彼は自分のことではなく、妹の幸せだけを考えていると言うのか…
「僕らには身寄りがない。 僕がこの世を去れば、病気の妹は天涯孤独になってしまうんだ… だから… だから…」
それ以降、彼は言葉に出来ず泣き崩れてしまった。
俺は唖然としながら彼の様子を凝視するより他なかった。
相手はゴーレムだ。そんな事は分かっている。
その妹だって本当には存在しないはずだ。
なぜなら単なる『設定』にすぎないのだから。
しかしそれでも俺は彼の気持ちに偽りなどないと、確信を持って言える。
今まさにその彼を自分のスキルによってこの世から消し去ることに、今まで味わったことのないような激痛を覚えたのであった。
そして…
無情にも太陽は弾けた――
――ドゴォォォォォン!!――
聴覚を失うほどの爆音と、視界を奪うほどの強烈な光が、ダンジョンだけでなくその周辺も覆った。
解き放たれた『太陽』は縦横無尽に蹂躙する。
ダンジョンを溶かし、大地を破壊していく。
それはまさに自由奔放の破壊神。
例え神の力をもってしても止められるものではないだろう。
そうして塵となったあらゆる物質は、俺の体に優しく触れていく。
その感覚が徐々に薄れていったのを見計らって、俺はゆっくりと目を開けた。
それはほんの一瞬のことだった。
その一瞬で、俺の周囲は『無』となっていたのだった。
その瞬間、一つの事が決定した。
本日の防衛は…
失 敗
ということーー
………
……
ドラゴンから人間の姿に戻った俺はトボトボとダンジョンのあった場所から離れる。
と、そこにカルロッテとミャアの二人が駆け寄ってきた。
そして足を止めてうなだれる俺の前までやって来ると、二人は親指を立てて明るい調子で俺に声をかけたのだった。
「どんまいじゃ!」「どんまいにゃ!」
と。
しかし俺はうなだれたまま顔すら上げない。
彼女たちは俺が落ち込んでいると思ったのだろう。
明るい調子のままに俺を励まそうと続けたのだった。
「いやぁ、すまんのう。わらわも自分が『女神の祝福』なるスキルが使えんとは思ってもみなかったのじゃ!」
「でもタケトのブレスは凄かったにゃ! ギューンってなって、ドッカーンだったのにゃ!」
「うむ、こう見えてもタケトは凄いのじゃ!」
まるで自分が褒められたかのように胸を張っているカルロッテ。しかし俺はそんな彼女の軽い調子につられることもなく、ただうなだれていたのである。
「タケト、そう落ち込まないのにゃ! また明日があるにゃ!」
「そうじゃ! また明日頑張ればよかろう! 明日はタケトのブレスを使わずとも勝てる方法を皆で考えるのじゃ!」
「でもミャアはもう一度タケトのブレスを見てみたいにゃあ。 タケトかっこよかったのにゃ!」
「ふふふ、そうじゃろ! タケトはかっこいいのじゃ!」
なんだか二人で盛り上がっているが、俺は全く彼女たちの会話に興味すら湧かない。
なぜならこの時、一つのことを決意し始めていたからであり、その事で胸がいっぱいだったからだ。
「ミャアはかっこいいタケトが好きにゃあ!」
「ふふふ、そうじゃろ! わらわも好きじゃ…って、な、何を言わせるのじゃ! こらっ! ミャア!」
「はにゃ? なんでミャアはゴシュジン様に怒られたのかにゃ?」
そんなミャアの問いに答えることもなく、「ゴホンッ」と咳払いを一つしたカルロッテは、俺の背後に回り込むと、その小さな手を俺の背中に優しくあてて言ったのだった。
「とにかく明日じゃ! 明日こそはダンジョンを壊さずにシンニュウシャを撃破するのじゃ!」
「おおー! ミャアも頑張るにゃあ!」
明日に向かって大いに気合いの入る二人。
そんな彼女らのことなど気に留めることなく俺は、ぼそりと呟いた。
「…いや… 俺は倒さない…」
その言葉に目を丸くした二人。
カルロッテは先ほどまでとは全く異なる声のトーンで俺に問いかけてきた。
「タケト? それはどういう意味じゃ…? まさかダンジョンマスターを辞めるとか言い出すんではあるまいな?」
その問いに俺は首を横に振る。
そして高らかと宣言したのである。
「俺はイケメンシンニュウシャを倒さない!」
「しかし、それじゃあクリアできないのにゃ」
不思議そうに首をかしげるミャアとカルロッテ。
そんな二人に俺は紅潮した顔を上げて言ったのだった。
「今回のシンニュウシャは撃破ではなく、撃退する! それが彼と彼の妹の幸せのためだからだ!」
とーー




