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メイド ミャア②

………

……

 小屋から離れた広場の奥の方でまだ見ぬ運命のメイドさんを待つ俺。

 この胸の高鳴りはもう誰も止められない!

 そして偶然その場を通りかかったアピールをするため、さりげなくうろうろしていたのだった。




 ところが…


 待てども待てども運命の彼女は俺の前に現れなかったのである。

 既に太陽は高く、いつもと変わらぬ空はのんびりと雲を漂わせている。


 そして時間とは無情なものである。


 あれ程高かった俺のテンションは時間とともに下がっていくと、俺は体育座りをして空を眺めていた。


 朝が早すぎただけに頭がぼーっとしてくる。


 なんで俺はこんなところにいるんだろ?

 そんな風にも思えてきたその時だった。


「タケト! そんなところで何をやっておるのじゃ! ダンジョンを作り始める時間はとうに過ぎているではないか!」


 と、カルロッテのなじるような声が背後から聞こえてきた。俺は体育座りのままで顔だけを彼女の方へ向けると色のない声で返事をした。


「何をって、メイドさんを待っているに決まってるじゃないか。迷子になった彼女を俺が声をかけるところから、俺たちの運命が始まるんだろ?」


 てくてくと駆けてきた彼女は俺の背後に仁王立ちになると、心底呆れたと言わんばかりに続けた。


「はぁ!? お主は何をふざけたことを言っておるのじゃ? メイドなら既にやってきて、ダンジョン作りに精を出しておるではないか!」


 なんと…既にメイドさんはここに来ていて、ダンジョン作りを始めているだと…そんなことは全く信じられない俺は肩をすくめながら乾いた笑みを浮かべた。


「あはは…嘘をついたらダメだってママに教わっただろ? まだメイドさんは俺と出会ってないんだから、ダンジョンを作っている訳ないだろ」


「まったくお主というやつは…どこまでめでたいのじゃ! いいからこっちへ来て、お主も手伝うのじゃ!」


 カルロッテは強引に俺を立たせると、俺の右手をギュッと握って引っ張りだす。すっかり空気が抜けた風船のような俺は、力なく彼女のされるがままにダンジョンの方へと向かっていったのだった。



 そしてこの時は思いもしなかったのだ。


 この俺の「時間の無駄」が、ダンジョン作りに壊滅的な欠陥を生むことになるなんてーー



………

……

 すっかり気落ちしていた俺。


 しかし!


 目の前の光景を見て俺のしぼみかけた風船は一気に膨らんだ。


 それはメイド服に包まれた若い女性の姿!


 その顔はダンジョンのパーツの入れてある巨大な袋につっこまれている為に見ることはかなわないが、そのプロモーションだけは十分に確認できた。


 その大きな胸はメイド服をはちきれんばかりに押し出し、キュッとしまったくびれが服の上からでも分かる。そして柔らかそうな太ももが短めのスカートから大胆にむき出しになっているではないか。


 こ、これは…!


 抜群です!

 抜群のプロモーションってやつですっ!


 ぐおおおおっ!! きたぁぁぁぁ!!


 どうしてここに既にいるか、そして、なぜお尻の付近からふさふさな尻尾が出ている気がするのか、男がそんな細かいことを気にするものではない!


 必死に袋の中に頭を突っ込みながら何かを探しているメイドの姿を、俺は食い入るようにして見つめていた。



「タケト… なんか目がイヤらしいのじゃ」



 と、小言をつけるカルロッテのことなど、もはや眼中に入っていない。

 するとそのメイドさんは袋の中に頭を入れたまま「おかしいにゃあ。どこにあるのかにゃあ」と困ったように呟いている。

 その少し高めの可愛らしい声もストライクゾーンど真ん中。語尾が「にゃあ」というのが少し気になるところではあるが、先ほどの通り男は細かいことは気にしてはならん!


 そして俺は気づいたのだ。


 今彼女は『サイン』を出しているということを…!


 困っているところに、優しく手を差し伸べる運命の男性の登場を待っているのだと…!!


 この決定的チャンスを逃すなど、男ならありえない。

 俺は彼女のすぐ背後まで足を運ぶと、



「お嬢さん、なにかお困りかな?」



 と、人生で最も低い声で問いかけた。

 男の低い声はセクシーだというのも、チャラい先輩の教えだったからだ。


 するとメイドさんは袋の中から顔を出すと、俺の方へと振り向いたのである。


 それはスローモーションのような感覚…


 これこそ、運命の瞬間というやつだろう。


 そして…


 彼女の顔がハッキリと目に映った。


 少しつり上がった大きな瞳。小さな鼻と口。

 あどけなさの残るその顔は確かに俺の理想通りの美少女そのもの…



 しかし…



 俺の膨らんでパンパンとなった感情は…



    一気にしぼんでいった…



 なぜならその美少女は…


 明らかに人ではなく…



    猫だったのだ…!



 ピンと立った大きな耳、オレンジ色の毛並みは髪の毛のよう。

 顔は人間と同じように白い肌だが、その両頬からは三本ずつ細い髭が伸びている。

 顔はまだ人間に近いが、その手などはもう明らかに猫。白い毛にピンク色の肉球が覗いている。

 その手には器用にコップが握られていた。


 そして俺を見て彼女は、笑顔で問いかけてきたのだった。



「ちょうどよかったにゃ!そこの冴えないヒトのオスさん。ここら辺で、コップを見なかったかにゃ?」



 その問いに俺は黙って彼女の手を指差した。

 するとその指先をたどった彼女は、目を丸くして飛び上がった。



「わあ!ビックリしたにゃ!こんなところにあったにゃぁ!!」


「おいおい… わざとだよな?」



 すっかり冷めきった俺は思わず皮肉っぽくつぶやいた。しかし彼女の耳には届いていなかったのだろうか。彼女は足元にコップを置くと、目を輝かせながら俺の手を取ったのだ。



「ありがとにゃ!冴えないヒトのオスさん!おかげでダンジョン作りが完成するにゃ!」



 柔らかな肉球の感触が微妙に気持ちいい上に、彼女はその可愛らしい顔を間近まで寄せてきたのだ。

 思わず俺は固まってしまった。



 そして…



    ーーツンッ!ーー



 なんと鼻と鼻をくっつけてきたのだ!



    ーードキンッ!ーー



 思わず胸が高鳴るのは、俺がオスである何よりの証!

 そして顔が沸騰したヤカンのように赤くなるもヒトとしての真っ当な神経が働いている証拠!


 必死に今自分に起きている現象を肯定しようとする俺。


 しかぁし! 相手は『猫』なのだぞ!

 そう土俵際で理性が踏みとどまると、俺は彼女の手を振りほどいて唾を飛ばして言った。



「ちょ、ちょ、ちょっと何するんだよ!俺のファースト鼻ツンを強引に奪いやがって!」


「あは! 僕たちの間では単なる挨拶にゃ! それに、オスなら細かいこをと気にするにゃ! それとも君はメスなのかにゃ?」


「ち、ち、ちげえし! 俺は立派な男子だし! しかも俺にはタケトっていう立派な名前だってあるし!」


「あは! 僕はメスで、名前はミャア! よろしくにゃ!オスのタケト!」



 俺は思わずカルロッテを睨みつけた。そして大声で懇願したのである。



   「チェーーーーンジ!!」



 と…


………

……

 そもそも期待していた俺がバカだったんだ。それにこの世界に常識なんて通用しないのは、幾度も経験してきたことじゃないか…

 

 それでも心の涙はとどまることを知らなかった。

 

 

 チクショウ… 俺とメイドさんとのイチャイチャでラブラブな日々は、泡沫うたかたの夢だったのか…

 

 

 俺は、自分の手を舐めて気持ち良さそうに毛づくろいをしているミャアを見ながら、心の整理をしようと必死だった。

 しかしここまでの失望感から立ち直るのは、さながら粉々にくだかれたガラス細工をもう一度組み立て直すようなものだ。

 そうすぐに元通りとはいかず、しばらくぼけっと立ちつくしていたのであった。

 

 しかし俺はこの時、肝心な事を見落としていたのだ。

 そしてその見落としが、後々大変なことになろうとは…

 

 

 それはカルロッテの何気ない問いかけが始まりだった。

 


「ところでミャアは『あとはコップだけでダンジョンが完成する』と言っておったが、それはまことなのか?」

 

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