プロローグ
ーーこんなはずじゃなかった――
俺、タケト(25歳、元の世界では会社員、彼女ナシ)は焼野原と化した目の前の光景を見て、そう絶望していた。
そんな俺の横に一人の少女が寄ってくる。
銀髪ツインテールで大きなスカートが特徴のロリ幼女。名前は確かカルロッテか。
見れば彼女の全身は黒いすすで汚れている。しかし彼女は自分の汚れのことなど気にするそぶりすら見せず、茫然と立ちつくす俺の肩を叩いてこう言ったんだ。
「どんまいじゃ!」
と…
その眩しい笑顔を見て俺は…
ブチ切れた!!
「なにが『どんまいじゃ!』だよぉぉ!! 俺だってなあ、好きでこうした訳じゃねえんだよ!それに、もとはと言えば、俺をダンジョンマスターに召喚したお前が悪いんだぞ!」
突然大声で怒鳴られたことで面食らっていたロリ幼女だったが、すぐにその大きな瞳を吊り上げると、頬とプクリと膨らませて怒鳴り返してきた。
「人が折角、励ましてやっているというのに、なんじゃ!その物言いは!! だいたいダンジョンマスターが、ブレス一発で自分のダンジョンを吹き飛ばすなんて、聞いたことないのじゃ!!」
「うるせえ!! せっかく最強のドラゴン『バハムート』にいつでも変身できるスキルを身につけて転生できたんだ! そのチートな能力をいかんなく発揮して、この世界にはびこる悪を倒し、美女にモテモテライフを送る予定だったんだよ! それなのにお前がこんなへんぴなダンジョン予定地に俺を召喚したんじゃねえか! しかも『迫りくるシンニュウシャたちを撃退し、五層ダンジョンを作るまでは自由になれない』なんて条件までつけやがって! このおバカちびっこめ!!」
「うるさいのじゃ! わらわだって、お主を好きで召喚したのではない! 『とにかく強い者を!』と願っただけじゃ! そしたら破壊することしか能のないお主が勝手にやって来たのではないか!この脳筋ドラゴンが!」
「なにぃぃ!」「なんじゃとぉぉぉ!!」
互いに一歩も譲らず顔を近づけながらバチバチと火花を散らす俺とロリ幼女。
しかしこうしていがみ合っても何も変わらないことは分かっている。
俺たちは「ふんっ!」と鼻を鳴らすと、互いに腕を組んで背中を向けた。
実はこのくだり。この時だけに限ったことではない。
もう既に10回も繰り返しているのだ…
その事情はだいたい先ほどの言い合いの中の通りなのだが、細かいところを補足しておこうと思う。
今俺に背を向けているこのロリ幼女、カルロッテは女神の見習いだ。
彼女は女神への昇進試験として「ダンジョンマスターを召喚し、それを助けて五層の塔のダンジョンを作ること」を受験することになった。その為、天界から降りてきた彼女はダンジョンマスターを召喚したのだが、そこに現れたのが俺だったという訳だ。
ちなみに俺は突然現れた超絶美人な女神様の「とある女の子を助けて!」というお願いで、この異世界に転生してきた訳なのだが、そのスキルは『バハムートへの変身』。そのバハムートとは言わずと知れた異世界最強のドラゴンだ。
黒い鋼鉄の鱗に覆われ、とてつもなく長い尻尾に、巨大な翼を持つ。
その咆哮は大陸中に響き渡り、その翼ははばたくだけで突風を巻き起こす。
そして『フレア・ブレス』という異世界最強のブレスこそ俺の唯一の攻撃手段。そのブレスは本気になれば山をも消し飛ばすほどの凄まじい威力なのだ。
…とまあ、それら全てのことを、ここにいるカルロッテに教えてもらったのだが、いかんせん自覚はあまりない。ひとまず『フレア・ブレス』については、とてつもない威力であることは目の前の惨状で一目瞭然だ。
何はともあれ、彼女いわく、ひとたびバハムートに変身すれば向かうところ敵なしのまさにチートドラゴンなのである。
しかしあの時の女神様の言う「女の子」がカルロッテであり、「助けて!」というのがダンジョンマスターとして昇進試験の手助けすることだったとは…
まあ、ダンジョンをこつこつと作っていく分には何のことはない。五層ともなれば多少時間はかかるかもしれないが、それでも終わりのないものではなかろう。
しかし一つ大きな問題があった。
それは1日に1回、ダンジョンには『シンニュウシャ』と呼ばれる人型の人形が襲撃してくるのだ。そのシンニュウシャを撃破するか、ダンジョンから追い出さなくては、次の階層を作ることが出来ないのだ。もちろん例えシンニュウシャを撃退しても、ダンジョンが全壊した場合は撃退失敗となるようだ。
つまりここ10日間、俺はシンニュウシャを撃破し続けたのだがその度にダンジョンまで木端微塵に破壊してしまい、未だに『第一層』を作るところから抜けだせずにいたのだった。
そしてそのシンニュウシャの目的はダンジョンマスターを倒すこと。
もしダンジョンマスターが倒されればその時点でカルロッテの昇進試験は失敗となり、彼女はこの先百年間、再び見習いとして天界で過ごさねばならないらしい。
そして既に彼女は過去2回この昇進試験に失敗している…
つまり『二浪』なのだ。
――カルロッテ先輩、今回もダメだったらしいよ…
――仕方ないよ、カルロッテ先輩は人はいいけど、頭の方はちょっと…
――しっ! 聞こえるよ!
という陰口を二百年もの間、聞き続けたらしい。
それだけに今回に懸ける想いは並々ならぬものがあった。
そんな彼女が「とにかく強い者をダンジョンマスターに!」と願ったのはごく自然な流れだったのかもしれない。
しかし俺がダンジョンマスターに向いている訳ないだろ。
シンニュウシャを倒す為の唯一の攻撃手段が「フレア・ブレス」であり、それを使えば、ダンジョンごと吹き飛ばしてしまうのだから――