18.重力姫(グラビティプリンセス)
次の日の放課後、明日翔が荷物を整理していると隣に座っていた栞凛が、
「花束さん、 今日、何か楽しみなことでもあるんですか?」
「えっ……何で分かるの?」
「いつもと違って、全然授業に集中できて無いように見えたので……」
「そうだった? まあ、確かに……楽しみなことはあるけど!」
「あら、やっぱり。それなら、楽しんできて下さいね」
「うん、ありがとう……」
そう言って、明日翔は教室を出ていった。いつも通りモノレールには乗らず、藍華中央病院に向かった。エレベーターに乗って『7』のボタンを押す。
ゆっくりと上昇し、ドアが開く。そして一番端の病室に入った。
「あら、花束さん。どうしたの?」
「実は……暗号解けちゃいまして……」
「えっ…………本当に……解けたの?」
「はい、早速試してみましょう」
祈はノートパソコンにカードを差し、セキュリティソフトを開いた。
「祈さん…………」
「何?」
「希さん…………祈さんのことが大好きなんですね」
「どういうこと?」
「パスワードは…………」
明日翔は希に目を移し、
「『MYSISTER』です……」
「…………希……」
パスワードを打ち込む祈の目は潤んでいた。
「祈さん、泣くのはまだ早いですよ。希さんを起こしてからです」
「ごめんなさい…………そうよね……」
パスワード欄には「********」。
「それじゃあ、いくわよ……」
「はい」
カチャ…………祈はEnterキーを押した。数秒間の読み込みが終わると、画面には……
「ロックを解除しました」
という文字。
「開いた…………」
「さあ祈さん、機械に差しましょう」
祈はノートパソコンからカードを抜いて、希の手を握りしめ…………
「希…………お願い、起きて!」
そう言って、腕の機械にカードを差し込んだ。
「あれ…………今、希が私の手を……握り返したような……」
それから数秒後、ゆっくりと、希の目が開いた。
「希! 目が覚めた?」
「う~ん…………あっ! 犯人は!? ってあれ? お姉……ちゃん?」
「希……10年間も眠っていたのよ?」
「10年間…………って、この人誰!?」
「ああ、花束さんね。希を起こすのを手伝ってくれて……」
「あ、どうも……花束 明日翔です」
明日翔は取り敢えず、お辞儀した。
「そうなんだ……ありがとう、明日翔!」
「あ、いえいえ……」
「ところでさ、お姉ちゃん…………私、10年間眠ってたって言ったよね?」
「ええ、そうだけど……」
「てことは私…………もう28歳!?」
「まあ…………そういうことになるね……」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
大事な20代の8割も寝てたらそりゃ、そうなる。
「景色も…………全然違う……。トワジョ見えないし……」
「そうだ、花束さん。10年経った藍華市を、希に案内してくれない?」
「それなら、ミイさん達も呼びますね! 2人よりも大勢の方が楽しいですし」
確かに皆がいる方が賑やかだろうけど、本当の理由は明日翔だけだと迷ってしまうから……。
「ちょっと、何勝手に…………」
「そうね、じゃあ、次の土曜日とかどう?」
「良いですね!」
「あっ……何か決まっちゃった…………まあ、いいか」
「希さん、行きたいところとかありますか?」
「10年前と変わったところ、全部見たいな」
「それなら、モノレールで藍華市一周します?」
「おお、それいいね…………ところで、さっきから気になってたんだけど……」
希がこっちを見つめている。
「明日翔、私と同じ…………重力使い?」
「えっ、何で分かったんですか!?」
「私程の能力者なら、同系統の能力者を感知できるのよ。学校で習うでしょ」
「確かに、習ったような習ってないような……」
「希…………私程って失礼じゃない……」
「ごめんごめん……そういえばお姉ちゃん。私、今は何位なの?」
「セントラルツリーに……あ、希には分からないか。えーと、高性能のスーパーコンピューターの演算結果によると、希は…………十年前と変わらず『ランク96』。藍華市第3位よ」
「えっ…………希さん、そんなに強かったんですか……?」
「私、『十環の重力姫』って呼ばれてた程だし……」
「何か……凄いですね!」
「でしょ? それじゃ、土曜日楽しみにしてるわ」
「はい! 任せてください!」
明日翔は笑顔で病室を後にした。
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「第一次実験は回線トラブルで失敗したが…………第二次実験の準備は進んでるか?」
「はい、前回のような失敗を起こさないよう既にシステムに侵入済みです」
「流石だな。第二次実験は前回とは規模が違うし、失敗は避けなければ……」
「ええ、分かっていますよ…………土曜日が楽しみですね…………」