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よろず歌詠む、化生守の調べ  作者: 片平 久(執筆停滞中)
第二話【満てずして、隈なきものは】 ~ 十三夜/菊花開
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満てずして、隈なきものは【其ノ壱】



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(さき)まくり いま二夜(ふたよ)をば ()てずして

(くま)なきものは 長月(ながつき)(つき)

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『丹後守藤原為忠家百首』十三夜月  藤原俊成






 ピンポーン ピンポーン



 味気ない電子音が響いたのは、日中にも秋が感じられるようになったばかりの十月の始め。為斗子(いとこ)とイチシが遅い昼食を終え、午後の予定に移ろうとしていた頃だった。

 宅配便が届くような予定もなく、不意打ちの呼び鈴に怪訝な表情を浮かべて、為斗子は三年前に取り替えたばかりの表示モニターを確認した。


「あ……」

「どうしたの、為斗子? 誰?」


 我関せず、と茶をすすっていたイチシが、彼女の困った声に反応する。その柔らかい声に、為斗子は安堵と困惑を混ぜて、イチシにやや(すが)る視線を交わした。


「……醒ヶ井(さめがい)の奥さん。でも、知らない男の人が一緒だから……どうしよう」

「――ああ、あの(ひと)。為斗子が会いたくないなら居留守でもいいだろうけれど、彼女なら何度でも鳴らされるし、何度でも来ると思うけれど?」


 暗に『居留守するだけ無駄だと思うけれど?』と告げるイチシだが、その瞳は冷淡で、苛立つような声音を秘めている。この守屋の化生(けしょう)は、望まぬ者の存在を嫌う。為斗子が迎えぬ限り、他人がこの家に足を踏み入れることは叶わない。それを許すイチシではない。


 イチシは、この守屋の家に伝わるアヤカシ――化生(けしょう)だ。その血を嗣ぐ者の内より、時折“共に在る者”を望む。ただひたすらに、どう続くかすら分からない化生としての生を、(かたわ)らで永久に過ごしてくれる人間を望むのだ。

 彼に望まれた者を、守屋の家は【化生守(けしょうもり)】と呼んできた。否、化生守の家であるからこそ『守屋(もりや)』という姓を名乗ったのであろう。それ程までに長く伝わる化生だ。

 そして、それ程までに長く続いたということは――代々の化生守の誰一人として、結局はこの“化生と共に在る生”を選ばなかったということでもある。


 為斗子は、もはや何代目であるか化生本人ですら分からぬほどではあるが、当代の化生守だ。自分がどのような選択をするのか――長い宿命を終わらせるのか、引き継ぐのか。未だ決めかねる、まだ二十歳の女。頼るべき肉親もおらず、彼女が「イチシ」と名付いた化生と、ただ静かな暮らしを送る若い女。


 頼るべき肉親はいない――実の両親は物心もつかぬ内に失われ、育ててくれた祖父母も三年前にこの世を去った――とはいえ、現代社会で未成年は一人で社会生活を送れない。

 為斗子が天涯孤独になることを覚悟していたのか、祖父の(いさお)は体調の異変を感じるや、すぐさま為斗子の後見人を見繕った。それが祖父の知人である醒ヶ井(さめがい)の先代であり、半年前に為斗子が成人するまで、未成年後見人の一人として、彼女の法的な保護者となってくれた人だった。

 今、この家の呼び鈴を鳴らしているのは、その先代の息子の妻だ。為斗子より一回り以上も年上の彼女は、何かと為斗子の暮らしに関わろうとしてくる。本人は善意のつもりなのだろうが、他人と接することが極端に苦手な為斗子としては、対処に困る人物だ。醒ヶ井家には恩があるだけに無碍にできない。しかし押しの強い彼女とは、なるだけ関わりたくないのも事実だ。


「為斗子……呼び鈴、うるさいね」

「――うん。仕方ないから、ちょっとだけ話を聞くことにする。ごめんね、イチシ」


 片手を越えるほどの回数鳴らされた呼び鈴に、とうとう為斗子も居留守を諦めた。今を乗り切っても、どうせ再びやってくる。彼女はそういう人物だった。



* * * 



「まぁー、相変わらず化粧もしないで、飾り気がないんだから。為斗子さん、せっかくの若さを無駄にしてはダメよ」


 客間に上げ、茶の支度をして戻った為斗子に、望まれぬ客が開口一番に告げたのはそんな言葉だった。相変わらずの調子に、為斗子の口元が苦笑の形をとる。

 彼が意図しない限り、イチシの姿は為斗子以外には見えない。イチシは、背中に不穏なものを背負った風情で、客間につながる縁側の柱にもたれて彼女らを見守っていた。


「ちょうど仕事をしていたもので……お迎えするのが遅くなってすみません」


 当たり障りのない返答をしながら、為斗子は醒ヶ井の奥さんの隣に座る、初めて会う男性をちらりと見遣った。社会にほとんど出ていない為斗子には、他人の――しかも異性の年齢など見当もつかない。為斗子より年上なことだけは分かるきちんとスーツを着こなしたその人は、人当たりの良さそうな表情で、為斗子にニコッと笑いかけた。


「こちらこそ突然でごめんなさいね。でも、せっかくだからと思って、いい機会だからと思って、ねえ。どうせ為斗子さんはずっとお家にいらっしゃるだろうし、思い立ったら吉日というでしょう?」

舞子(まいこ)姉さん、守屋さんに失礼だよ」


 傍若無人と言われそうな勢いで話しだす彼女を窘めるように、隣の男性が困ったような口を挟む。その声を受けて、醒ヶ井の奥さんもやや落ち着きを取り戻して身を乗り出していた姿勢を正した。


「そうね、為斗子さんはお仕事もあるのだし……ごめんなさいね。でも、急におじゃましたのはちゃんと理由があるのよ。さっき話したけれど、これが私の弟なの。今度、こちらに帰ってきたものだから、ぜひ為斗子さんにご挨拶をと思って」

「はじめまして。垂井(たるい)重治(しげはる)と申します。姉が無理を言いまして、失礼しました」


 垂井と名乗った彼は、実直な挨拶を交わし名刺を差し出す。今まで銀行や保険会社の担当者以外から名刺を受け取るような生活をしてこなかった為斗子は、戸惑いおぼつかない手つきでそれを受け取った。


「CFP? ファイ……ファイナンシャル・プランナー……ですか? どういったお仕事なんでしょう」


 渡された名刺に目を通し、為斗子は見慣れないカタカナの肩書きに当惑した問いを放った。中学を出て以来、学校には通っていない。世の中に取り残されない程度の教養と知識を身につけるため、かつては祖父母に、今はイチシに助けられつつ独学で勉強を続けてはいるが、まだ高卒認定試験を受ける自信はない。

 そんな為斗子にとって、カタカナ職業は未知の分野だ。名刺に書かれた『垂井FP事務所 代表』という肩書きも、名前の上に書かれた『CFP』や『ファイナンシャル・プランナー』という肩書きも、全く持ってイメージがつかない。


「簡単に言えば、家計のやりくりのアドバイスをして助ける仕事ですね。この間までは証券会社にいたのですが、身体がきつくなりまして。姉の薦めもあって、こっちに戻って事務所を構えたばかりなんです」

「この子は優秀なのよ。若いけど、資格だってちゃんと持っているし、昔っからソツがなくって自慢の弟なの。それでね、為斗子さん」


 再び勢いを取り戻した醒ヶ井の奥さんが、期待に満ちた瞳で為斗子を見つめる。突然座卓越しに手を握られた拍子に、彼女の派手な指輪の飾りが当たって、為斗子の指輪はおろか爪さえも伸ばされていない手の皮膚にかすかな白い線を付けた。微かな痛み。


「もう為斗子さんは成人されて、醒ヶ井の家が口を挟める訳じゃないのは分かっているのよ? でも、よかったら、弟の顧客になってくれないかと思って。全部任せてという訳じゃないのよ? どうせ銀行で眠っているお金ですもの。私を助けると思って、一部分だけでもいいから弟に任せてもらえないかしら」



 ――――ダンッ。



 突然に響いた家鳴(やな)りにも似た大きな音に、為斗子も客の二人もビクッと身を震わせた。音の発生源が分からない醒ヶ井の奥さんと垂井さんは、ちょっと不思議そうに天井や周囲を見渡す。だが、音の発生源を知る為斗子は、背にうっすらと汗を感じながら、不機嫌そのものの表情を浮かべ、冷たく鋭い視線を招かれざる客に向けるイチシを見遣った。

 イチシは化生(けしょう)だ、アヤカシだ。他の人間のことなど、気にも留めない。

 だが、為斗子が関係するならば別だ。彼は、為斗子への干渉をもっとも嫌う。自分以外の誰一人として、為斗子に関わることを嫌う。

 為斗子だけが、化生守(けしょうもり)たる為斗子だけが、イチシの(いしずえ)


「な、何の音かしら」

「……家鳴りだと思います。この家も古いですから……。醒ヶ井さん、私を気にかけて下さるのは嬉しいですが、ご存じのようにこの守屋の家計については、弁護士の長岡さんと柏原さんにお任せしています。私の自由になるものではないので……ご期待に添えなくてすみません」


 為斗子は内心の動揺と焦りを隠しながら、慌てる醒ヶ井の奥さんと落ち着きなく視線をさまよわせる垂井さんに向かって一礼した。この話題はもうおしまいなのだと、暗に告げる。


「為斗子さん、そうは言っても……」

「姉さん、それ以上は守屋さんに失礼だよ。すみません、何のお伺いもせずに無理なことを言いました。姉に代わってお詫びいたします」


 なおも食い下がろうとする醒ヶ井の奥さんを片手で制しながら、垂井さんは深々と為斗子に頭を下げた。その動作には不自然さは感じられず、為斗子の目には真摯なものにみえた。


「いえ……こちらこそお役に立てなくてすみません」

「とんでもない。私もそれなりの算段があっての独立です。確かに守屋さんが顧客になっていただければ嬉しいですが、無理矢理に縁に頼るほど情けなくはないつもりですよ。お気になさらないで下さい」


 さすがは元証券マンといったところだろうか。守屋の家と代々のつきあいのある銀行員達と似たようなソツのなさを感じながら、為斗子は垂井さんへの警戒を少し解いた。ぎこちなく口端に笑みを浮かべ、お互いに気にしていないのだというように、為斗子は軽い会釈を交わして、席を辞するために立ち上がる二人を見送った。



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