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Strange Dungeons

 __人々の住む地表から、地下へ潜ること三階分。女が剣を振るう声と、斬り裂かれた魔物の断末魔が交互に響く。飛び掛ってくるウルフを半身になって(かわ)し、次いで突っ込んでくる二体を一太刀で纏めて薙ぐとすぐさま身を翻して、再び跳んだ先の一体に剣を突き刺す。

 「相も変わらず、見事な手際で」

 芸術性すら感じる戦いぶりに、俺が感心の声を漏らしながら手を叩くと、剣の血を払った女、レイチェルは肩を(すく)めて言った。

無闇(むやみ)に持ち上げるのは()せと言ったろう。これくらいは何でもない」

「何でもないと言える辺り、やっぱり流石(さすが)は“師匠”ですよ。紛うこと無く才色兼備ってやつですね」

 態度を変えない俺に小さく溜息(ためいき)()いて、彼女は俺に背を向けた。とっとと先に進むことにしたようだった。俺も今しがた全滅した魔物から戦利品(ドロップ)を手早く回収し、後を追う。


 唐突な自己紹介をさせてもらうと、俺ことアラヤは、元高校生である。所謂(いわゆる)交通事故に巻き込まれた俺は、最近のラノベによく出てくる変な神様に出会うことも無く、何の因果か気付けばこの世界にいた。地球とここでは環境も生態系も言語も何もかもが違うが、俺からすれば、下手をすれば地球よりもよく知る世界である。

 というのも、この世界がコンピューターゲーム、「Strange Dungeons」とほぼ同一の世界であるからだった。制作環境が同人規模だから、それほど浸透しているゲームではないが、やたらと作り込まれた世界設定と、現代のRPGとしては無茶苦茶なゲームバランスが相乗的に評価され、一部のマニア的人間の間ではそれなりに有名ではある。かくいう俺も、このゲームの(とりこ)になった……というより、された人間の一人だ。

 簡単にゲームについて説明すると、所謂「不思議のダンジョンシリーズ」である。プレイヤーは世界各地に点在するランダムダンジョンに挑み、そこで手に入れたアイテムや財産を駆使してキャラクターを強化し、次のダンジョンへ__という、実にシンプルで自由度の高いゲーム性を持っており、縛りプレイのやり甲斐もある。普通のゲーム好きからマゾヒストまで幅広く好評価を受けているローグライクゲームだ。

 開発者である伯父(おじ)に、だいぶ初期の段階からテストプレイ(とは名ばかりのデバッグ作業であったが)を押し付けられていた俺は、このゲームの仕様をほぼ完璧に把握している。クリア回数は尋常じゃないし、その全てをどこに潜んでいるかも分からないバグ探しに費やして、発見した不具合を一つ一つ解決するところまで俺の仕事だったのだから、俺は「Strange Dungeons」についての知識量では世界一を自負している。

 話が長くなったが、重要なのは、俺はこの世界で生きる為に必要な知識(当然、言語も含む)を身につけており、それでも知識だけで生きていけるほどこの世界は優しく出来ていない、ということだ。


 「アラヤ」

 ふと、前を歩いていたレイチェルに声を掛けられる。いきなり立ち止まった彼女にぶつかりそうになるのをすんでのところで踏み止まって、何事か尋ねると、実に短い返答が返ってきた。

 「見てみろ」

指し示された先を師匠の後ろから覗いてみると、それはすぐに見つかった。

 通路の先の小部屋、その中央でぼんやりとした青い光を放つ物体。目を凝らせば、水晶のように透き通った本体を見て取ることができる。

 「ダンジョンコア、ですね」

ダンジョンコアは、無数にあるダンジョン全てに、それぞれ一つだけ設置されているオブジェクトである。プレイヤーはそれに触れることで、それまでのダンジョンとは別の空間に転移させられ、ダンジョンの主、コアマスターと呼ばれるボスと対面することになる。

「そういうことだ。思ったより早かったな」

言って、すたすたと先へ向かってしまう我が師の後ろを、俺は警戒しながら着いて歩いた。


 一本道の狭い通路で、世界の元になったゲームではなぜか異様に罠の出現率が高い地形ではあったが、コアのある小部屋まで、何事も無く到達できた。ほっと安堵の溜息を吐くと、レイチェルが問いかけてくる。

 「覚悟はできているな?」

「もちろんです」

即答して、改めてダンジョンコアへ目を向ける。通路の向こうからは分からなかったが、一部が大きく欠けている正十二面体だった。なるほど、実際はこんな形なのか。ゲームでは簡略化された平面のグラフィックしか存在しないから、新鮮な感じがする。

 ……()()()()()

 その事を再認識した途端、瞬時に嫌な思い出がフラッシュバックする。欠けているとメッセージ表示されるダンジョンコア、その先に待つボスは……。

 「では、ゆくぞ」

「あっ、師匠、待っ__」

 言い終わる前に、部屋が青白い輝きに包まれた。




 __程なくして視界が戻る。転移した先は、一面灰色の床と壁に囲まれた大部屋だった。どうやら、知りうる限り最悪のパターンを引き当てたらしい。

 そんなことを知る由もなく、周囲の警戒を始めるレイチェルに、意識を向ける。

 何となく失礼にあたる気がして、出会ってこの方自重していたが、今回ばかりはどうしようもない。脳内で念じると、目の前にレイチェルのステータスウィンドウが現れる。こういう、ゲーム的要素の名残もまた、俺がここまで生き残ってきたことに一役買っていると言えるだろう。

 それはともかく。レイチェルのステータスにさっと目を通した俺は、諦めと絶望を同時に感じるという器用なことをしていた。


【ステータス】

Name:レイチェル Sex:female

Lv.63 Class:剣士


 そうした表記の下の基礎ステータスの数字も、やはりというかこの状況を切り抜けるには全く足りていない。レベル63といえば、冒険者としてはベテラン中のベテランということになるが、ここのコアマスターは()()()()で何とかなる代物ではないのだ。


 「師匠」

「何だ、その呼び方は止めろと言っているだろう」

 自ら声を掛けておいて、躊躇する。事実を告げるべきか。レイチェルは謙遜こそするが、自分の実力をよく分かっている。だから、いくら警戒を怠らないといっても、たかが三階ダンジョンのボス如きに負けるはずが無い、そういう頼もしい自信があるはずなのだ。それを、まだ出現もしていない相手の話で叩き折ってしまって良いものだろうか。

 「……気のせいだったみたいです」

「……? それなら、いい」

 結局、日和(ひよ)った。状況は非常に悪いが、努力次第で或いはゲームのデジタル的な処理とは違う結果が生まれるかも知れない。なら、今からモチベーションを落とすようなことを口走っても仕方のないことだ。

 自分に言い聞かせるように決めつけて、レイチェルのステータスウィンドウを俺自身の所持品リストに切り替える。持てる知識を総動員して、使えそうなアイテムを探すのだ。時間はあまり無い。


 ……やがて、その時は訪れた。

 ゴゴゴゴゴゴ……という、不気味な地響きが部屋を振動させる。

 「……来たか」

レイチェルが呟いた途端。


 Gugaaaaaaaaaaaaah!!!


 大部屋中央の床が()ぜ、地響きの正体が雄叫びと共に姿を現す。

 体高六メートルには及ぼうかという筋骨隆々の体躯。丸太のようなという表現が生易しいほど太く頑強な四肢。凶悪な表情をした山羊頭からは、一対の捻れた角が生えている。

 全身に漆黒の筋肉を纏ったこの怪物の名は、“バフォメット”。山羊頭系の魔物の最上位種であり、ゲーム中に一体しか登場しないユニーク・モンスターにして、プレイヤー達による非公式ランキング「みんなのトラウマTOP10」の二位に堂々君臨する、正真正銘の化物(初見殺し)だった。

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