猫とオレとファンタジー
鈴城家────それは、女が寵を争う戦場でございます。
何日も雨がしとしとと続き、本日は久しぶりの晴天でございました。
鈴城家の若様であらせられる信一郎様もつかの間の休息と日当たりの良い縁側にて微睡まれておりました。
ハッと目を覚ました瞬間に感じたのは強烈な違和感だった。
オレは講義やバイトが無い、昼時に陽気に誘われて縁側で横になっていたはずだ。
見える光景も家の小さな庭と番犬よろしく飼われているマメシバのタマなはずで、決して今見える光景ではないはずだ。
今の光景は、木のぬくもりというよりも木しか感じられないログハウスの印象が強い天井と決して小さくは無いと自負する自分ですら子供のように見える大きな木造のベッドに寝かされている。
ベッドは窓際に置かれており、日光の入り具合から見るとさほど時間は経っていなさそ……訂正しよう。ピンク色の空が見えるおかしな所で今までの常識が通用するのか甚だ疑問だ。
あまりの事態に頭を抱えていると、これまた素朴なドアから小さなノックが聞こえた。
顔を上げると、そこには可愛らしい女の子……の猫娘がいた。
身長はそこまでなく、せいぜい120センチ程度。モフモフと手入れの行き届いた光沢のある真白な毛皮をまとって、これまたスイスの民族衣装をより簡素に素朴にしたような服を着た、2足歩行の猫だ。
“ふぁんたじぃ”やら”いせかい”という言葉が浮かんだが、理解したくないという気持ちがその言葉達を拒んだ。
そんなオレの葛藤をよそに猫娘は、
「大丈夫ですか?貴方、草原に倒れていたんですよ」
とこれまた王道というかテンプレ的な事を言ってくれる。本気で泣きそうだ。そもそも、言葉が通じる時点であきらめるべきだろうか……
様子がおかしいオレに気づいたのか、さらに
心配そうに近づいてくる猫娘……手を伸ばし、オレに触れようとした瞬間、
「おい、あいつ起きたのか……!?リン!触るなと言っただろうが!!」
乱入してきた、同じく2足歩行の巨大な白猫によって猫娘は引き離された。
「でもお父さん!この人、草原で倒れていたのよ?怪我しているかもしれないじゃない!」
猫娘は巨猫に向かって抗議していたが、オレとしてはその珍妙な光景に呆然としていたのだった。
2メートルはありそうな背丈と、鍛えられた体。そして顔や腕などに無数の傷跡があり、顔の険しさから言って野良猫のボスというような雰囲気がある。
「おい、小僧!」
「は、はい!」
似てない親子だなと見ていたら、いきなり巨猫に呼ばれた。
あまりの迫力にベッドの上で正座した。
「俺はムテキという。コイツは娘のリン。皮膚病のお前を家に入れたくなかったが、リンがうるさいんで寝かせてやった。歩けるんならさっさとどこかへ行け」
「お父さん、その言い方はないわ!貴方もお父さんを気にせずゆっくりすればいいのよ」
ギロリと睨む巨猫…ムテキさんと、にっこりと笑う猫娘…リンに勘弁してくれと天を仰ぐ。
「どうしたの!?大丈夫!?」
それをどう勘違いしたのかリンが駆け寄ろうとし、
「リン!!!」
それを阻むムテキともどもオレの上に降ってきて────
「ぅうわぁああああ!!!!!痛って!!!」
ガバッと飛び起きると、胸に鋭い痛みを感じた。
ふと見るとそこには現在引き取り手を捜している子猫達が落とされないようにと、爪をたててしがみついていた。
1匹ずつ膝に降ろしてやると子猫達は気持ち良さそうに丸くなり、眠りだした。
子猫の高めの体温を膝に感じながら先ほど見た夢の荒唐無稽さに笑ってしまうのだった。