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幡口小十郎は気づかなかった。~たった二人の軍事演習~

 

 ーー寝表情の水結が、ついに動かなくなった。しかも時々、全身をピクッと痙攣させているから気味悪い。



 (よこしま)な意識で押し倒したというわけではない。そういう目線で小十郎は僕を見た。


「しばらく休んでもらおうとしたのだが、ちと、やり過ぎたか」

 小十郎が平然になって言う。


「やり過ぎどころじゃないだろ! 水結に何した!?

 傷害の危機からの脱出には感謝するけれど••••••」


「ああ、タネはこれだ」

 小十郎は厳重そうな瓶に入った錠剤を(ふところ)から取り出した。


「強力な催眠導入剤の、さらに強化版。名前はまだ無い」


「どこかの文学ネタにあった気がするぞ、それ」

 どんな作品のネタか、すべての記憶が吹っ飛んだので知るよしもない。


「••••••それはさておき。その見るからに強烈な睡眠薬で水結を眠りの底へいざなったんだな?」


「そうだぜ。お前さんが、この()に斬られる寸前に無理やり口に放り込んでおいた。少なくとも、半日は絶対に目が覚めないだろうな」


 その技術を自慢したいのか、小十郎は誇張気味になった。


 強引すぎる手を使われて、水結はぐっすり眠っている。人間にはレム睡眠という深い眠りがあるのだが、それを超えるーーもはや仮死だ。


 とてもじゃないが、ついさっき殺気帯びた状態だったとは思えない。


 ーー怖いほどの威力。

 恐怖のクスリである。副作用は想像しないでおきたい。



「さて、あの()の睡眠を邪魔してはならんから、我々は立ち去ろうか」

 任務完了しました、とでも報告するように小十郎は手招きした。


「水結を一人にして、問題ないか?」

 大した付き合いでもない水結を置いてきぼりにするのは気がひけた。


 SEA・NETで緊急事態は対応できるのだが、それでもなぜか、彼女がそばにいないと落ち着かない。なぜだろう。人間本能?


「船の上だし、そこまで治安の悪いイメージはない。船室の鍵は掛けておくから、不審者に侵入されるこたぁないぜ」


 ***


 さんざん僕を危機に(おとしい)れてきた防水ドアは、こんなときに限って、いとも簡単に開いてしまった。


 “しまった"のである。



 ーー小十郎よりずっと先に廊下(デッキ)に出ていこうとした矢先、何者かに衝突した。



 香水のにおいから、男性か。



 互いが振りかえる。



 案の定、若い男性。


 上下とも一般的なスーツ姿。




 その人相は、


 どんな人でさえも押しつける威嚇顏。




 正装とのギャップがあまりに強すぎる。


 横目で睨んでいる。


 一瞬、まるで人探しに成功したような驚きの顔をしたように見えたが、やはりそれは違った。

 どぎつい表情でこちらを睨む。



 その対象は僕。

 僕だ。



 ーー本能的に危険を予感した。念のため、警戒態勢。


(こいつには歯向かっちゃいけない)



「その••••••す、すいません」

 こういう場合は、素直に“相手に()されて謝った"ふりをしておけばいい。

 それが最善。



 ーー男は舌打ちしてきた。


 甲高い音が嫌悪感を(さそ)う。



「••••••オメェ邪魔なんだよ。目ん玉ネェのかよ、ったく」


 僕は自らの心で暴言をシャットアウトしたはずだった。

 しかし、それは無効だった。



 心の奥に染みてゆく暴言。

 きわめて、面白くない。


 忘れてしまいたい。


 でも、

 染みはそう簡単には蒸発してくれない。


 ーーくそっ、運悪うんわるい!



 男は廊下デッキを、ポケットに入れている鍵束らしきものをジャラジャラいわせて、去っていった。




 ******




「••••••到着まで、あと三十分か」


「••••••まだ三十分もあるのかよーー!!」


「さぞ退屈だろうな。••••••俺もおんなじだ」



 空が澄んだ水色から、赤色に変わりつつある。


 いい加減、蒼の二面世界がうっとうしい頃だった。


 3階層に分かれているフェリーの最上階、ポツポツと置かれた長ベンチに二人は倒れこんでいた。もはや立つのも面倒なのである。



 僕は重力方向が変わったことにより、あるものの存在を思い出すことになる。

 胸ポケット当たりにゴツゴツしたものを感じた。


 それを取りだして、危うく取り落とすところだった。


 それは、数時間前に病院で小十郎からもらった銃器。


 考えれば、実弾装填のピストルが自らの心臓の近くで半日も、行動をともにしていたことは恐ろしい。


 こめかみにあててトリガーを引けば、死んでしまえる。

 もちろん興味があっても、そんな馬鹿げたことはしないが。



 ーーこの世界を不信に思った時に撃てばいい。



 小十郎はあの時、賭けたのだ。


 この空間の是非イコール、彼の命。

 同時にーー

 彼の命イコール、僕と水結の生命線。


 まだ、撃つには早い人物だ。


 ーー


「暇なら発砲練習、••••••するか?」

 何気無い口調で小十郎がそうもらした。


 なんというタイミング。


 僕は待っていたかのようにガバッと起き上がる。

「発砲練習?」


「せっかくのピストルが使えないなら宝の持ち腐れだろ」


「そうだな」


 回答しつつ、僕はその黒い金属塊を慎重に取り出す。この銃には既に弾が入っている。

 なら、話は早いーー。


 安全装置らしき部分を、かちゃりと外す。


 そして、殺人可能な姿になったブツ。


 それを人類の手の届かない夕焼け空の彼方に突き付けた。


 数ミリ単位の感覚を憶えながらトリガーを掴む。


 腹に力を込めて、重いトリガーを引っ張る。


 最初だけが異常に重かった。

 あやうく指を挟む勢いで、トリガーが引かれる。




 ーーその刹那、衝撃音が辺りにはしった。完全に法に触れている。

 耳をつんざく衝撃に頭が痛い。




 ところが。




 わずか一秒後、撃ったはずのないタイミングに再び衝撃音。


 覚悟も何もない自分は飛び上がる。次の瞬間、右手が吹っ飛んでいた。

 ーー正確性を欠く表現だ。



 訂正。自分の手は無傷、しかしその手の中は何もない。


 ピストルを見えない誰かにひったくられた???


 そんな感触ーー



「危ないから、急に発砲しないでちょうだいな」

 間延(まの)びした声が、ネチネチとたしなめてきた。


 ーーその方に目線を移す。小十郎さんがこちらに銃口を向けている。別の白いピストルを、彼は持ち歩いていたようだ。


 僕が振り向き、彼はやっと銃口をおろしてくれた。


 ーー僕が持っていたものは何処(どこ)へ?


「ここだぜ。お前さんのは」


 彼は余裕顏で、こちらに歩いてくる。右手には白ピストル、そして、左手には

 ーー僕がついさっき発砲したものに違いない。


 瞬間移動? 異空間にはそんなチート技が存在するのか?

 いや、それならなぜ(ゆえ)に船移動なんだ。


 よって、その説は否定する。


 だとしたら•••••• 小十郎が、僕の発砲後、ものの一秒でピストルを装備して、発砲。僕の手から銃だけ吹き飛ばしたあげく、彼の元に飛んでいったと??


 なんという奇妙な技だ。


 だが、たしかに小十郎の射撃技術は高そうに見える。何しろ、白昼堂々ピストルを取り出すなんて常人ではない。


「あんたは射撃が得意みたいだが••••••」


「一種の、趣味の極限だな。

こう見えて大会で数回優勝しているんだぜ」


「そりゃまた、とんでもないな••••••」

あっけにとられた。


「見立て、姿勢と狙い方は問題ないが、スピードに欠けるところがあったぜ」


ーーわざわざ評価まで、あざっす。



***


到着の自動アナウンスが船中に、無駄に大音量で響いた。


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