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入坂淳平は病室に。〜全てが意味不明です〜

 ーー僕は今、病室にいる。



 夏のような暑さで、僕は目を覚ました。




 デジタル表示の置き時計が指し示すは4時34分。

 まるで時差ぼけしたような起き方だ。


 というか、夜明けがちと早すぎやしないか?





それよりも起きた瞬間に目の前が幻想的風景だったことが心に響いてくる。


 自分の右手には観葉植物と大きな一枚窓がある。



 大きな窓の外に広がるのは一面の海。海。







蒼。







 真っ青、と普通は表現するが、これは絶対に青なんかではなく透明だ。



 小さい頃見た、沖縄のサンゴ海岸に近いか。それはキラキラと日光を反射させている。




 綺麗だ。絶景だ。


 直下の砂浜に寄せて、また返していく波が白い。

 それに同調する波音。


 窓が閉まっているはずなのに、波音が絶えず耳に入ってくる。それが耳に心地良い。


 波音を超える音といったら、数分に一回、ボートか飛行機が去っていく時ぐらい。



 まるで、人がいなくなった世紀末みたく人の気配がなくて静か。



 感覚が、ずーっと遠くまでとんでいく気分。





 いつの間にか自分の存在すら忘れてしまいそうだ。




 水色の空には夏のような入道雲がひとつ。

 まったく動かない大空を、2匹のカモメが颯爽と横切っていった。




 うみねこが鳴いている。




 設定温度27,5℃のクーラーからは、潮風の香りが漂ってきている。

 そんな病室にはベッドが2台。




それは、さておき。


僕の隣で小さく寝息をたてて眠る少女がいる。


 この場に女の子が登場するなんて、案外ロマンチックかもしれない。少なくとも孤独よりマシだ。


 特に女の子の寝顔というのは適度に(ほっぺ)のふくらみがあるせいか、初対面でも表情が可愛いと思える。


 この()が仮に起きていたとしたら、それをまじまじ見つめる僕はキモッとか思われているかな。


 確かに僕は神聖なる少女の横顔を注視(のぞ)いている。でも変態とかそういう部類ではないはずだ。


 いや、だんじて違うから••••••。


 少女は自分と同年代なのだろう。

 同じ年頃の顔立ちで、黒髪は束ねたり結んだりしていない。背は自分より若干低い。


 横顔しか見えないが、おそらく日本人だ。典型的な。




 ***




窓の外は砂浜海岸。先には海と地平線。その波音は、僕をクッション入りベッドに沈めている。体には、力が入らない。


 もう一度言おう。僕は、今起きたばかりだ。


 それはともかく、自分がここに来る前の記憶がない。

 なに一つとして。


しかも深刻なことに、親の名前が出てこない。もっとも、これはたった一例にすぎないのだが。


 ••••••だが、どうも単純な記憶喪失ではないらしい。


「思い出」と呼ばれるような記憶だけが、消滅してしまっている。


 つまり、ちょっとした計算をする程度なら造作も無いのに、自分の親や友人の顔がいっさい出てこない。不幸中の幸いとしては、大好きなJーPOPの歌詞がちゃんと記憶に残っていたことだ。


なんだか記憶が誰かに選ばれているような錯覚におちいる。


 ••••••じゃあ、これは夢か?


 確かに夢だったならば、記憶がぐちゃぐちゃだったり、思考が劣ってたりしている可能性も十分ある。


ギュッ••••••••••••イテテ。


 ほっぺをつねったが、どんな波音も潮風も消えてくれなかった。何も変わらない。



 もう、意味(わけ)わからん!




 断言しよう。

 この状況を理解するような能力は今の僕にない。


 では、どうしたらいい?


 ーー簡単なこと。状況を無視してしまえばいい。




「••••••もっかい、寝ちゃえ!」



病室のスライドドアが開いたのは、僕が心にそう叫びながら布団をかぶった直後のことだった。







******





 

 ーーガタガタガラ


 建付(たてつけ)わるそうな音を立ててドアがスライドした。

 無論、窓の方角を向いてスリープ態勢に入っていた僕には、その音しか聞こえなかったわけだが。


 ドアは再び、騒がしく閉まる。

 さらに足音がこちらに近づいてくる。


 僕の足元で、足音は止まる。


 同時に、自分より少し年上の若い男声がした。優しい声だ。


「おはよう、おふたりさん。まだ起きてないのかい」


 誰だろうと確認するのも面倒だったので、僕は体を起こさなかった。


 そもそも、まだ起きるのには僕にとってはちと早い。

 せめて5時半までは、寝かせてくれ。


 隣の少女も、まだ目を覚ましていないようだ。

 可愛い寝息が、多少遠くても聞き取れる。


 しかし••••••

 もうちょっと寝ていられると思ったのは、大間違いだった。


「ーーん、窓側の男の子? 絶対起きてるだろ。隠しても無駄だぜ」


 あれ、なんで分かるのかな。

 僕は男が入ってきてから、ピクリとも動いていないはずなのだが。


「ーーあぁ、寝たフリなんてちゃんと見たら分かるものさ」


 男がそう言った、というより答えた。

 まるで僕の考えていることを100%読みとっているかのようだ。



 率直な感想を言わせていただこう。

 ーーこの人、めんどくせー。マジでめんどくさい。


「ーーへいへい、俺はまちがいなく面倒なキャラだぜ」


 完全に心を読まれている。

 へたに(あらが)うような相手とは違うかもしれない。


 というわけで、あきらめた僕は頭をあげる。

 そして一つの質問をした。


「どうやったら、そんなテレパシーみたいなことができる?」


「ああ、君の脳波をミリ秒単位で連続的に解析しているんだよ」

 淡々と男の声が答えた。


 現代の医療って、そこまで進化しているのか••••••

 ちょっと感心するよ。


 僕の目線の先には、大学生くらいでポロシャツ姿の男が立っていた。手には教科書大の薄いアクリル板のような物を持っている。


「はじめまして。俺は幡口(はたぐち)小十郎(こじゅろう)。お前は?」

 男は、気楽に話しかけながら、そのアクリル板をポケットにしまう。

 そして、僕のほうを向いた。


 だが、その僕は自らの名前を返さなかった。


「ちょ、まってよ。そもそも、なんで僕は病室にいるのさ?」


 小十郎は答えようとしたが、一度だけ躊躇(ためら)って曖昧な言い方をする。


「その経緯(いきさつ)を話すと長くなる••••••。まぁ、何も言わないのも怪しいだろうから、簡単に説明しておこうか。」

「お願いするよ」


 僕は、男の言葉を聞き漏らすまいと耳を傾けた。


 ーーコキン

 男が指の骨を一回鳴らす。その音は病室に響く。


「お前、原因不明の事故で空間を飛び越えてしまったんだよ」


「••••••は? 冗談は、よしてくれよ」


「信じがたいかもしれないけれど、これは冗談ではない」


「おい、ふざけるな! だいいち、証拠がないじゃないか!」

 僕は激しい口調で追及した。


 真面目に、自分がどんな状況なのか知りたい。そのためなら、たとえ年上、かつ初対面だろうと遠慮しない。


 だが小十郎は、(なか)ば怒りに包まれた僕にさほど驚くこともなく、口元にフッと笑みを浮かべた。

 まるで、ばかにしているように。


「なんだよ••••••何か面白いか?」


「まあ、証拠はある。けど、そう簡単に理解できるものじゃないぜ」


「何だっていいから早く言えよ!」


「そう()くな。お前、ここに来る前の記憶があるか?」


「無いよ。ほとんどなーんにも」


 僕は投げやりになりながら返す。


 だいたい、記憶の有無なんぞ、例の脳波のミリ秒測定で分かっているはず。

 それ(ゆえ)に、わざわざ問うてきたのは腹立たしいものがあった。


「記憶を失ったのは、空間移動の副作用だと思われる」


「••••••なぜ?」

「それは証明不可(しらない)。でも、空間を飛んだ奴はみんなそうなっちまう」


 どうやら、他にもこんなことになった者が存在するらしい。


 だが、今の僕は証明の出来ないものに突っ込んで考えるほどの気力を持っていない。


 別の情報をつかむことにした。


「で、結局ここはどこなんだ? 今日は何日?」


「ここは、18番島の東海岸。今日は便宜歴(べんぎれき)98年5月10日だ」

「18? ベンギレキ⁇」

 あまりに専門用語的なものが多すぎて、僕は理解出来ない。


「詳しい話はのちに、飽きるほど話してやるから待ってろ」

 解説が無理だと悟ったらしい小十郎は、詳しく話さなかった。



「あー、もう何が何だかさっぱりわからない!!」

 やけになって、大袈裟に頭を振る。

 一見すれば、たんなる馬鹿げた行為である。


「残念ながら、俺もお前の事故について何もわからんよ」

 小十郎が、その様子を同情の目で見ていた、がーー


 よほど、僕の悩みこんでいる様子が滑稽だったようだ。

「•••••••••••••••••••••••プッ」


「笑うな!」

「そう言われても困っちゃうなぁ〜」

 小十郎は、ニヤニヤしながら、わざとらしく後頭部に手をまわして言う。

「困ってないだろ、その顔は絶対に困ってないだろ!」



 規則正しい、かといって飽きることのない波音が、心地よく耳に流れ込む。


 ーー窓の外は晴天だ。キラキラとした陽射しが降りそそいでいる。




 ***




 小十郎が、朝ごはん(本人の)代わりのミカンをむく。

「お前も食うか?」

 急にそう言われたので、僕は戸惑った。

 食欲がないわけではないが、この男をまるきり信用していいのだろうか。


 遠慮しておくよ、と断る前にミカンの身を半分押し付けられる。とはいえ、このまま拒否するのは気がひけたので、受け取らざるを得なかった。


 程よく熟した味が甘く、口いっぱいに広がる。酸味がほとんどないこのミカンは、アタリだと確信できる。


 僕は何気無く、小十郎に話しかけてみる。


「なぁ、ちょっと訊いてもいい?」

「なんだ? ちなみに今は脳波測定してないから、ご了承を」


「組織犯罪で頻繁に使われる手法に、洗脳ってのがあるよね」

 小十郎が僕に興味のまなざしを向けてうなずく。

「人間個人から生じる疑念を消滅させるやり方か。俺も推理系は好みだが、それがどうかしたのか?」


 僕は間をおく。そして口に出す。


「この状況、まさにそれが当てはまるのではないかと思う」


 もちろん、二人の間に緊張が走るのは想定済みだ。

「実は小十郎さんは、僕を誘拐していて、その事実を隠すために異世界モノのような小説的説話で騙しているんじゃないか?」


 一瞬の空白が流れる。


 水のペットボトルを開けた小十郎が表情ひとつ変えずに言った。


「まあ、そう言われて違うとは言い切れないね」


 ぼかしのきいた言い方だった。

 これは、認めたということ••••••?

 以外とあっさり口を割っちゃった?

 ここまで穏やかすぎる対応の誘拐犯だと、どう返せばいいか逆に困る。


「••••••どうすんだよ? もう被害者の僕は顔を見て、覚えてしまったよ。別に危害は加えられていないから、被害届を出すつもりはないが」

「被害? 俺が変なことしちまったか?」

「とぼけるな! 今さっき、誘拐を認めたじゃないか」


「そんなもん認めた覚えはないぜ」

 余裕たっぷりに小十郎は言った。

「はぁっ? なにを今さらーー」


「俺はただ、やっていないと断言することは出来ないと言っただけだ」


「どう考えても、同じようなもんだろ! 逃げるな!」


「なぜにそうなるんだい? さっきと同じで完璧な証拠がないだけだろが。すこしは頭を冷やしな」

「うるさい! さっさと諦めろ!」

 声が部屋に響く。



 その時だった。

 相手は急に距離を縮めて、詰め寄ってくる。


 小十郎が恐ろしい速さで僕に接近する。

 それはとても、かわせるような速度ではなかったはずだ。


 気づいたときには、すでにあごの辺りをガッチリと掴まれていた。


 目ヂカラが最大限かかった小十郎の顔が、無言で、こちらを睨む。


 そのおっかなさに、体全体の筋肉が硬直している。

 が、なんでこんなことになっているのか見当つかない。


 ここまで押さえ込まれた状態で相手が殴りかかってこられたら、間違いなく死を覚悟せざるを得ない怪我を負うだろう。


 もう逃げられない••••••。


 ーー無事を祈って、僕は強く目をつぶった。

 タスケテ。





 ***





 ツンツン、ツンツン。


 誰かが、しきりに僕の頬をつついてくる。

 誰?


 うっすらと目を開けた。


 最初に目に入ってきた情報は、病室向こう側の壁だ。登ったばかりの朝日が、壁面を黄色く染めている。

問題ない?


 そのままボケーッとしていると、左からもう一回つつかれた。びっくりして反射的に飛びのく最中(さなか)


 その犯人が見えた。


 ーー女の子だった。


 ついさっきまで、そこに寝ていたはずが、今はベッドをおりて僕の横のパイプイスに腰掛けている。


 ただしベッドに寝ていた彼女とは、雰囲気が変わっていた。あの時は横顔を見ていたというのもあるが、そのせいではない。


 メガネっ()なのだ。


 黒いフレームのメガネが、後ろの黒髪にうまく溶け込んでいる。どう見てもサラサラしているその黒髪は、後ろで束ねられたポニーテール。

 決してへたに()ったような髪型ではなく、束ねきれなかった耳元の髪は肩の上でカットされている。


 そんな彼女は、ぱっちりとした美麗な瞳で僕を見つめる。


「ねぇ〜。うるさくして、私の安眠を妨害しようとしたのは、誰?」


「あなたが僕の方を向いている以上、それは反語(ひにく)的用法ですね」


「うん、もちろんそう。キミがドタバタと騒いだおかげで目がさめちゃった」

「いや、べつに騒いだというわけでは••••••」

「そこの小十郎さんに全部聞かせてもらったよ」


  そういえば自分は、小十郎なる人物に脅迫に近いことをされていた気がーー。


「キミ、私をいくらいじめたくても、睡眠妨害はサイテーな行為だと思う!」

「それは、完全なる誤解ですから」

「ホントウにーっ?」

 かくっと首をかしげたメガネ少女の瞳が、鋭く光っている。顔を近づけてきた彼女による甘いほんのりした香りが、ふわっと鼻をくすぐってくる。


「いや、俺が思うに嬢さんの誤解ではないはずだぜ」


 視界にいなかった小十郎が、病室のスライドドアの辺りから声をかける。

 そう、彼がまさに僕を騒がせたand事実無根を教えた張本人なのだ。

「あんたが言うな、あんたのせいだろ!

いきなり押さえ込むとか••••••」

「ちょっとーっ! 他人ひとに責任を押し付けるのは、よくないよ」

 隣の激昂を少女がなだめる。

「押しつけられているのは、こっちだから••••••」


 小十郎が、一人で苦笑している。



 ***



「••••••で、キミと小十郎さんは、いったい何を言い争っていたの?」


 時しばし経って、ようやく状況を理解し始めた少女が僕に訊いてきた。


「僕は小十郎さんって、誘拐犯じゃないのかなと思ったんだ」

「うそっ! あの小十郎さんが?」

 メガネが飛び浮いてしまうぐらい彼女は驚く。

 それほど彼を信用していたのだろう。

「ああ、初対面でいきなり”お前は空間を飛び越えたんだぞ! ”なんて言われたら、誰だって、こいつは怪しいと思っておかしくないだろ。逆に••••••思わなかったのか?」


 わりと常識的なことを申し上げたつもりだが、彼女は腕組みして考えた。


「うーん。私はそこまで気にしなかったかなぁ」


「そうか。なら、将来押し売りと詐欺には気をつけたほうがいいな」

「そこまでバカじゃないもん」

 そう言い張って、ぷくっとふくれる姿がまた可愛いのだった。


「本当に、お前は俺を信用していないんだな。そいつは困ったぜ。この先の行動に支障がでるんだが」

 となりどうしの僕と少女のベッドに両手で寄りかかって、嘆くように言う。

 今まで、なにかと余裕たっぷりに話していた小十郎だったが、こればっかりは本気で悩んでいるようだ。


「でも、ここを異空間だと信じられないというのは、私には意味不明だよ」

 このまで、なにをおっしゃる!?

「なぜ?」

 素直に僕は、たずねた。


「これを見れば、イッパツ••••••」

 彼女は、その枕元においていた小さめのカバンに手をのばした。中をごそごそと、いじくる

 そして、カバンの中から取り出した。


 一見すると、ちょっと緑がかった色のアクリル板だった。


「これは? 僕にはただの透明なプレートにしか見えないのだけれど••••••」

「ここを、こうするとね」

 一度メガネを上にあげた彼女が、透き通った板を一振りすると、強めに電子音が鳴る。

 次の瞬間、本日の健康状態なるものが表示された。

 身長155センチメートル、体重ーー

「これは、見ちゃダメ!」

 彼女は慌てて画面を隠す。髪がフリフリと揺れる。


 情報機器だ••••••タブレットに近い役割なのか。

 なんといおうと、スゴイ。確かに、タブレットといっても通じる世代に自分は生きているはずだ。それでも、自分の感覚としてあるのは真っ黒な液晶にピカッと映る形式のものだけだ。ニュースでもまず見たことない。


 なんだ、これは••••••?


「こ、これは」

 声に出してもなお、動揺は隠せない。

「ねっ? もうわかったでしょ? ここは、キミのいた空間や世界とはちがう」

「でも••••••異世界ものは、あくまで創作舞台フィクションのなかだけじゃ?」


「もう、いっそのこと、あきらめちゃえば?」

 板を、いや電子機器を大事そうにカバンにしまいこんだ彼女ーー

 ーーサラサラした髪が折れるのがもったいない、そんな勢いでメガネっはベッドに倒れこんだ。


「••••••え?」

 言っている意味が分からない。


「だから、さっさとあきらめちゃえ、って言ってるの!

 モノガタリの中でしか起こりえないことが起きたなら、それに乗ってやればいいじゃない!」


「乗ってやる••••••か」

「そう、キミが乗ったところで、迷惑のかかる人はいない。ただ一人としてね」


 次に言葉を発したのは、小十郎だった。

「どうしても信用ならなくなった俺を倒す方法ならあるぜ」

「方法?」

 急にそれだけ言って、小十郎は窓際に立った。

 サイズが一段階大きなジーンズのポケットから取り出したのは、白いかたまり。


 拳銃ピストル


 彼は窓を開け放つと、その拳銃を、その銃口を海に向けた。


「お、おい! 病室を狙撃そげき場に使うなよ!」

 驚いている僕の横で、少女は、瞳を最大にして口元を手で覆っている。

「二人とも、ミミをふさいでろ」

 まったく聞く気をみせていない。

「ちょ、やめ、なにする気だ!」


 発光。 轟音。 轟音。 雷が落ちたよう。 


 身体中を震わすとんでもない衝撃で、撃たれたわけでもないのに飛び上がってベッドに倒れる。幸いあって、頭には枕すら当たらず、痛い思いをすることはなかった。


「もういいぞ!」

 小十郎は、こちらに笑顔で振り向く。

 どう反応すればいいか戸惑っていると、隣が半泣きで両手を高くあげていた。

「う、撃たないでぇ・・・ご慈悲を・・・」

「心配しなくても撃たれないから」

 そばで見てて、本当に撃ち抜かれそうな少女に見えてしかたない。

「俺が、可愛い女の子を撃つクソ野郎に見えるかね。おい、男の子、これ持っとけ」


「はいっ? 僕が銃を持ってろと?」


「そのとおり。実弾入りだから気をつけろよ。そして、もし俺が不審者だと思ったらそれで撃ち倒しな」

「この拳銃ピストルを、僕の安全の担保にしろと?」


「本当は、私たちの安全、だけどね」

 少女があっさり訂正してくれた。


「考えは素晴らしいけれど、ちと危なすぎだ」


「危ないんだったら、わたしが持つ?」


 彼女が真面目に提案してきたが、いくらなんでも女の子にこんな危険なものを持たせるのは恥だ。


 作り話の中で、少女と武器というのは一種の萌え要素だが、ここはあくまで現実世界だ。

 やはり武器扱いは、自分でないと。

 ーーちょっと、ファンタジーに近い、現実世界。


「いや、それは絶対にしない。僕のプライドにかけて」


「じゃあ••••••、責任もって管理してね」

 口をキュッとむすんだ彼女が、念をおしてくる。


 僕は小十郎から、見かけ以上に重い銃身(ブツ)を受け取る。安全装置は一応かかっているようなので、服に縫い付けられている胸ポケットにしまっておく。ここならすぐ出せるし、潰れて暴発する心配もない。



 気持ちよく(?)収まったところで、小十郎がほっとしたように言った。


「よし、お二人さん! ようやくこれで出発できる」

 妙に意気込んでいる。

「えっ?、もう病室にいられないの?」

 先に口を開いたのは、少女だった。


 小十郎が早口で答える。それほど、先を急ぎたいらしい。


(よう)は、精密検査だ。なにしろ事故で空間を飛んできたヤツなんざ、お前らが初めてだからな。

 ほれ、外出の準備をしてくれい」





 潮の香りが澄んでいるーー






 窓の向こうは、一面が蒼い。綺麗な景色だ。





この世界は夢物語ではない。それ(ゆえ)に、すべてが意味不明だ。



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