3 相性
◯ 3 相性
次の日には朝から一悶着があった。クワントトゥーの杖を迎えにきた管理組合員と杖との、ちょっとしたいざこざがあっただけだけど、なんとか引き取ってもらえた。おかげで集中してリハーサルを終えた。
少し早い目の夕食を食べてから、ミュージカルを見に行った。何処かの世界の英雄の話だった。水の神のお告げで大量の治水工事を完成させたのだとか……その間の貴族の嫌がらせだとか、村の娘とのラブロマンスとか水竜の説得だとかを経て少しずつ味方が増えて行くサクセスストーリーで、最後は国王にも認められて大臣にまでなるというお話だった。
裏側として、水の神の休暇が増えて異世界旅行に出かけるのが増えたとか……視察と称してあちこち出かけて食べ歩きをしているとかなんとか?
「うーん、良いのか悪いのか分からない……」
食べ歩きで太った神の姿を表現しているらしい、水ダルなお腹を抱えた役者を見ながら首を傾げた。
「まあ、ちょっとした風刺よ〜。気にしちゃダメよ」
マリーさんも苦笑いしている。
「悪神と水の神とやらの境目なんて、紙一重だな?」
「風刺……。ここの自由な環境がそんなことも言えるってことだね、良いことかも」
「そうね〜。この後はしっかり眠って、明日の夜のステージに備えましょ〜」
「賛成だぜ」
僕達は宿に戻ってゆっくりとお風呂に浸かり、ぐっすりと眠った。そして次の日は最終リハーサルを終えてそのままステージで歌って踊った。
エンターティメントの世界ではもっと華やかさを出す為に、最近の衣装は変身セットだ。僕専用の魔術の服は、ばっちりメイクの女の子になっている。……女の子な体までが衣装のうちだから、女体化とは違う気がする。脱いだら男だし、胸も触っても感触が無い。そこはサービスして欲しかった……。決めたチーム名もステージの三日間は宣伝しておいた。
そして、予定通りに新しいアーティストとの出会いを求めて、ハーミィー局に向かった。
「結構人が多いね」
「そうだな。意外と施設を利用してんだな。こっちは歌がメインだから楽器か踊りの支援だな」
「踊りも入れちゃうの〜?」
「両脇を埋める感じでアッキの支援が出来る奴らが良いぜ」
「メンバー募集のオーディション会場まであるのね〜。あそこが受付みたいよ〜」
僕達は受付を済ました。初めてなのでここでの施設の使い方などの説明と、仲介役の担当者を決める為の相性テストをした。それで決まったナディさんはガラスのように透き通ったボディーのアンドロイドだった。所々に中の機械部分と魔法陣の一部が見える不思議な作りだ。
「よろしく御願いします」
「こちらこそ、よろしく御願いします」
「セッションとかってやったこと無いのよ〜、このチーム。だから、手取り足取りで御願いするわ〜」
「はい、承知しました。目的が自身の経験の為となっておりますので、同じ目的の方をご紹介して行きたいと思います」
「良かった」
「そこで、ステージの録画を拝見させて頂きましたが、ダンスの方が大変独特な儀式様式ですので、これに合うと言いますと、限られてきます。やはりこの運気上昇効果を高める方向の御相手が集客にも良いと思いますので、こんな方達がよろしいかと思います」
そう言ってナディさんが他のアーティストの録画映像を見せてくれた。綺麗な天女の羽衣をイメージした感じの衣装で優雅に舞っている舞姫達の映像だ。
「あら〜、彼女達は有名どころじゃなかったかしら?」
「はい。調度、『朱姫神』様も短期の相手を捜していまして、一度合わせてみては如何でしょうか?」
「そうね〜。彼女達なら衣装もかち合わないし、良いと思うわ〜」
どうやら、マリーさんは見た目の方からのアドバイスをくれたみたいだ。
「ポースはどう思う? 僕は良さそうな感じだけど」
「こいつらは自身では歌ってないのか?」
「そうですね。こちらの映像は鳥族の歌い手とのコラボレーションでして、どちらも人気がありましたから観客の方も随分と入っていました。こういう場合ですと収支は折半となります」
別の映像を見せてくれながらにこやかにナディさんが説明してくれる。
「と、言う事は僕達とこの『朱姫神』さん達とステージをこなしたらどうなるの?」
「はい、取り分は無いと思われますが、この方達と同じステージに上がれるだけでもすごいことなんですよ」
「何か嫌な感じがぷんぷんするぜ?」
知名度を上げれると言っているみたいだけど、僕達はどっちかというとステージを一緒に楽しめる人が好いのでちょっと目的がずれている。
「何かいきなりそんなすごい人とステージなんて無理だよ。もうちょっと僕達と合いそうなレベルで御願いしたいんだけど……」
「ですが、ファン獲得にはこういった経験もされないと、意味が無いですよ?」
怪訝そうにナディさんが僕達を見ている。
……なんだろうか。何か違う気がする。この人は本気でそう思っているからこうやってアドバイスをくれてるけど、ここの出会いのサポートの裏側がなんとなく嫌な感触を伝えてきている。
「聞いても良いですか?」
「はい。どうぞ」
「ステージのお金ってこの人達とやったら僕達持ちとかなんですか?」
「はい。舞台の貸し出しと、スタッフ、こちらの機材分等の運び込みなんかの人件費も込みですね。アーティスト様の出演料金は半額になります」
「良く分かったわ〜。ここの方針はあたし達と合わないのね?」
マリーさんも何か気が付いたみたいだ。僕達はそんな贅沢なことを望んでいない。押し付けられてもまた困る。大体僕達に機材とか要らないし……。
「うん。多分、好意的に取ったら、売れ出す迄の支えとなるってことなんだと思うけど、そこまでに随分資金を使わされるから……」
大体、そんなに必死に売り出してる訳でもない。だって持ってきた話って『朱姫神』というアーティストの為のステージを用意するんだ。極端に言えば僕達が前座でメインが彼女達でといった形なのに……。
「カモにされてんのが分かるぜ、登録は無かったことにしてくれ。クーリングオフは利くだろ?」
ポースも何か不穏な空気を察したらしい。さすがだ。長年の悪神との付き合いで何となく分かるらしい。というか一番最初に嫌な空気を読み取ってた気がする。
「え、と。とても良いお話なんですけど、良いんですか?」
ナディさんの顔には意味が分からないと書いてある。条件としては良いと思っているのだろう。でも、何か違う。
「ええ、良いのよ〜。あたし達なりにやってるからぁ」
「うん。押し付けられる好意は既に好意じゃないんだ。交換出来る何かを育むにはそれは壁になると思う」
純粋に楽しむには来て頂いている、というプレッシャーの中に消えてしまうと思うんだ。僕にはそれを乗り越えれる程の精神は持ち合わせていない。その上そんな中でステージなんて集中出来やしない。
僕達は丁重にお断りをしてから、登録を取り消して貰って最初からやり直した。こんな感じのサービスは幸いにも沢山ある。まずは僕達と合うサービスを提供してくれる所を探すことにした。
以前に一緒の会場で仲良くなった人とかにお勧めを聞いてみたりして探したら、結局は青空の下で勝手にやってる路上ライブが一番手っ取り早いのだと分かった。
「うーん、路上ライブと来ると危険も伴うわね〜。警備上お勧め出来ないわ〜。今回は諦めて、次回ね?」
「分かったよ」
妖精達の警備は路上は難しい……。うまくいかないもんだ。帰りがけにタキがいるのを見かけた。何処かのスタッフをやってるのか、荷物を運んでいる。思い出したけど、タキってアイドルをやってたんだった。音響には詳しそうだし、合ってるのかもしれない。うろ覚えだけど踊りも上手かったし、その内ステージに上がっているかもしれない。