32 献身
◯ 32 献身
「もう少しで時間だな」
「近くまでは来てますけど、間に合いますかね」
雨は小降りになって雷鳴も止んでいる。
「広範囲に分かるのは便利だよな。『スフォラー』でマップ表示とか使ったら手放せないからな……。補助だけでなくて、提案までしてくれるから助かるよ」
「仕事のパートナーとしては優良ですよね」
「全くだ。控えめで可愛いよ」
「子供みたいに言うんですね」
「実際、育てるんだからそうだろう」
「ということは初期のモニターですね?」
インテリジェンスアイテムとしての商品は、ある程度の意思を育ててからの出荷だ。セキュリティーの部分や、魔法の行使に欠かせないからだ。
「そうだな。初代が一番育てているのは知っているぞ。護衛の真似事までやってると聞いたから、俺達の職が干されるんじゃないかと戦々恐々なんだ」
奥さんから聞いたんだろうか?
「要人護衛ですか?」
「まあそんなところだ。実際どんななんだ?」
「僕の場合は特殊ですからね。何処まで喋っていいのか良く分からないんですよ」
「対悪魔用とか言ってたが、そこまでは出来てるのか?」
「張られた罠におびき寄せられてから、僕が逃げ出せるところまではなんとか。満身創痍でしたけど……。今は更に進化させてるから、対等に戦うまでは無理でも、なんとかなるんじゃないかと。でも、量産は出来ないですよ、プロトタイプは特殊すぎて」
実戦があったのかと驚いている。まあね、僕もビックリだよ。
「最後のを聞いて安心したよ。『カジオイド』と魔法薬BOのセットだと、目玉が飛び出るくらいの金額なんだよ。幹部クラスじゃなきゃ、絶対に買えないぞあれは」
初期モニターなら知っていてもおかしくはないし、それのデータ採取もやっているのだろう。専門職なら嬉々としてマシュさんが調べているはずだ。
「値段が付いたんですか?」
オプションの値段は聞いていない。特別会員のみのサービスとかは言っていたけど。
「下手したら星が買えるぞ?」
「住める星ですか?」
「全部まとめて買ったらそのくらいしそうじゃないか?」
衝撃の事実だ。あんなに壊してばかりで申し訳ない。研究開発の資金の分も入れたら、恐ろしくて考えるのを止めたくなる。
「確かに、量産出来ない分、跳ね上がるとは言ってたから……」
「それなら分かるな。うちの管理組合のトップ技術者が作ってるから。ルーも今回のことで気を使っていたからな」
ちらりとこっちを横目で見つめてきた。言いたいことは分かる。今回のスポンサーだし。
「あー、あの二人はまあ、その」
「四人と聞いているが?」
「あー、四人だと全員かな? 奥さんなら大丈夫ですよ。押しておきます。あの事件もささいならしいし?」
「そうか。呪いを発動する程、正気をなくしてしまう危険人物が出たのを、ささいとは恐れ入る」
明るい茶色の髪をかきあげてジェッド教官は苦笑いしている。仕草もイケメン仕様なんだと感心しつつ、話を続けた。
「そんなもんなんですか?」
「こんな平和な世界が集まってると、俺達の仕事は暇だしな」
奥さんが仕事を選り分けてそうな気がする。幸せな人だ。それに比べて……。
「……僕は毎回のようにトラブルが起きてる気がする」
意見が別れた。
「……あの山の様な個人の薬が持ち込まれたのはそういう理由か?」
「た、ぶん?」
事件は起こるべくして起きたのか、と一人呟きながら教官はテントから雨の上がった外に出た。ウィルミナが到着したが、他の三人は固まった場所にいる。もう時間は切れてる。
「あ、の」
「喋らなくていいい。その腕輪はこっちの受信機に音声が届いている。意味は分かるな?」
蒼白な顔色をしたウィルミナは言葉を失ったまま、立ち尽くした。テントの隙間から見た感じでは、瘴気を出す感じは無い。なんとかコントロールが出来ているのだろう。
「自分で呼びに行くか? 俺が呼びに行くか?」
「戻ります」
「四人集合が確認出来たら、運営に言って転移を使うが良い。用は無い」
「そんな言い方……」
「自業自得だと言っておく。ルシールは妻だ。ビッチなんていわれて俺が怒らない訳が無いだろう。そっちこそ言葉に気をつけろ」
威圧どころか殺気を浴びせているジェッド教官は、戦闘職なんだと改めて思った。まあ奥さんののろけを嬉しそうに話す人に、そんなの聞かせたらダメだよね……。下手したら訴えられますよ?
恐怖の色を乗せた表情で後ろに下がり、ぬかるみに尻餅をついてからウィルミナは来た道を走って逃げた。
今回の女性ヒロインバトルは伏兵の人妻が勝利を収めたみたいだ。いやー、何があるか分からない。彼女達はどうやら雨のせいで進むのが遅くなって、雷が恐くてわめいていたキャスリーンの場所に自然と集まったみたいだ。
その後は四人で力を合わせて近く迄たどり着いたが、雨に濡れて疲労が溜まってどうしても進む事が出来なかったらしい。そこでウィルミナが自分だけ回復をして助けを求めて時間外ギリギリに着たという。
転移で戻った四人は、直ぐにこっちに飛ばされてきた。抗議が通ったとドヤ顔でふんぞり返っている。
「どういうことだ?」
不機嫌なジェッド教官に詰め寄られた。
「おもしろいからじゃないかな? 既に総スカンを食らってますから、逃げ足は光よりも早いかもしれません」
事情を知っているので、それだけで伝わる。
「ふっ、成る程な」
剣呑な光が宿った瞳は、納得いったのか少し元の穏やかさを取り戻した。結果は分かっているが、マシュさんのデータの為に頑張って下さい皆さん。合掌をして、献身的な犠牲に感謝を捧げた。こんなに協力してくれるのだ、実はいい人なんだこの人達は。感動の涙が目の端に出てきてしまうくらいだ。
「『スフォラー』の位置は今回の最終目的地ではない。合流を果たした者は『スフォラー』と共に仕事をこなし、所定の位置に向かって貰い、こちらでの戦闘訓練をもう一度受けてもらう。既に話を聞いている通り、今回のモニターに用意された『スフォラー』には意志があり、インテリジェンスアイテムとしての価値が既に備わっている。魔法の防護と攻撃、動きのサポートに逃走経路の誘導まであらゆる面で活躍してくれる頼もしいパートーナーだ。仕事面では秘書的なことも出来る。上位機種に付く分体を活躍させればお茶も入れてくれるし、お使いも頼める。転移の魔法と時間設定の魔法の助手も出来るから時間の節約になるし、スケジュール管理を任せれば煩わしいことは全てやってくれる。今回の腕輪に付属している地図を頼りに、移動している『スフォラー』を捕まえてその機能を帰りの道すがらに味わって欲しい。レポートに関しても適当なことを書いたら減点するのでちゃんと真剣に書くように」
教官は僕に向かって、説明と注意事項を伝えてくれている。
「はい」
僕は一人、返事をした。女性達は少し離れた位置で教官の話を聞いていた。少し前までの、教官を取り囲んでいた雰囲気はすっかり消えて、険悪な空気が漂っている。
「午後の訓練は無しだ。各自、日没まで自由時間だ。解散」
足下が悪いし、ウィルミナの精神状態が不安定なのも考慮されたのだろう。……僕の安全面も入っているはずだ。
後がないのは変わりないし、矯正施設行きは免れない。呪いの発動に封印をするのだ。力のコントロールが出来無いうちはかなり厳しい制限がなされる。昔の聖職者のイメージ通りに節制がメインの施設での修行が待っているらしい。それこそ文明に侵され、欲にまみれた人間には厳しいところだ。
まあ、ジェッド教官に変わってからの戦闘訓練は訓練になってなかった。殴るのも遠慮するふりで、イヤーン、痛ーい、怖ーいの台詞の連続で最初の激しさは綺麗に消えた。確かにレイの言葉通りに安全になった。
ウィルミナ達はニヤニヤ笑いを引っ込めれずにいたが、何を笑っているのだろうか。
僕達は知らんぷりで過ごし、フルーツはレイ達と一緒に食べようと、トランクルームに時間設定してしまいこんだ。ちゃんとノートに書き込んでから、ノートも中にいれた。少し早い夕食を緊張気味に食べて、トランクルームを渡せば出発が出来る体勢に整えた。
「集合だ」
テントを閉まった僕は教官に荷物を預け、持ち物検査をして準備が整った。『スフォラー』の位置が表示される二分前だ。
「ちなみに、この腕輪は『スフォラー』にも繋がっていて情報を送り続けていた。それを元に性格、人格、感情の起伏、全てを総合判断し、ちゃんと自分を使うに値する人物かを見定めている。犯罪や、それに準ずる危険人物からは『スフォラー』も拒絶するからそのつもりで行動するように。自信が無ければ本部に向かって進んだ方が良いとだけ言っておく。人物評価は組合長のお墨付きだ」
教官は一番大事な情報を公開した。三人がウィルミナを見て可哀想な視線を送っていたが、全員が拒絶されているのを知っている僕達は、明後日の方向を向いてしばしのお別れを口にした。目が合ったら笑いそうだ。
半透明の地図が空間に浮かび上がり、そこに自分の向かうべき位置が印される。水色の点滅を確認して僕は闇のベールを翻し、すっかり晴れて青みを帯び、星が出始めた空へと飛び立った。




