29 客観視
◯ 29 客観視
イチゴ味のフルーツを召喚してつまみ食いをしながら待っていたら、全員が固まって帰ってきた。多分、効率が悪いのに全部一緒に回ったのだろう。女性達は実に上機嫌だ。
「じゃあ、採取した物を分けてから朝食にしよう」
「「はーい」」
「私、この実が好きなんです」
「分かるー。甘さが調度いいよね?」
「木登りとか怖くて出来ないから助かりました〜」
「教官は普段のお仕事もこんな感じなんですか?」
「優しくて公平だからすごく助かります。前の教官なんて、一人を依怙贔屓して立場を分かってなかったですから」
「君達も打ち解ける努力をしないと、大人なんだし、彼女も無意識だったんじゃないかな?」
「そんなことないですー。嘘だって言うんですかぁ? もう、酷いんだからー」
「そうですよ〜、あたくしたちは努力したんですよ? 運営にも掛け合って態度を改めてもらう為に何度も抗議して、ねぇ?」
「頑張ったんです〜。でも、分かってくれなくて……。ジェッド教官だけです。本当、訓練が変わりました。やっとこれからって気がします」
「ギスギスした空気を作っていた人も反省させてくれたし、やっと仲良くして行けそうですよね?」
……うん、確かに劇的に変わった。この人達は相手の肩書きで性格が変わる人種だ。倉沢さんを思い出す。こっそりと溜息をついておいた。
この感じなら、教官の近くでは暴挙には出ないだろうから離れすぎないようにしよう。イケメンの前では猫を被り続けるはずだからだ。
お喋りが楽しそうな彼女達を刺激しないようにしつつ、朝食をさっと食べた。
お昼までの時間を使って方向を見失わない為の講習を受けた。明日から移動訓練が始まるからだ。キャンプ地から出て、南に進んで湖の縁まで荷物を持って歩くのだ。
その間に採取やら食料調達に、野生動物に出会えば食べる分の狩りをし、必要ない場合は避けたりと色々教わった。水辺は動物達も多く生息していて、危険な熊やら猫科の大型獣等の魔法生物がいるのでそれらの縄張りやら、水辺での行動を教わった。
午後の授業は攻撃の躱し方の復讐だった。複数人での戦い方や、仲間の位置の把握、情報の伝達やら、戦闘中の状況判断などの基礎を触りだけやった。
まあね、ここのグループには一番必須の訓練だと思う。やっとまともになったと少し安心している。時々、殺気の籠った視線を背中に感じる以外は文句はない。
「対人戦闘訓練と、野生動物の狩りとの違いは随分理解していると聞く」
ジェッド教官が褒めている。全員特別訓練を受けた成果だ。そうでなくては困るよね。でも理解しているのと出来るのとでは大きな違いがある。
「ええ、でも……可哀想でとても動物を殺すなんて出来ないです」
「それを思うと、肉を食べるのが出来なくなって……。生きてた時のことを思い出すと悲しいです」
「この訓練は必要だって分かるんですけど、私達にはちょっと荷が重いです」
確かにその通りだけど、それでも食べる為に僕達は生きている。大事に味わって食べないとダメだと思う。そして彼女達はちゃんと狩りはこなせるし、イノシシ擬きも料理していたし、冷凍保存もやっていた。か弱い女性を演出して守ってもらう作戦なんだろうか。
目的が謎の行動と発言を聞きながら観察をすることにする。
「殺す必要のない命まで狩る人が一緒だと怖くて……」
チラッと、分かるように僕を見てから、目を逸らすというのを全員でやられた。まあ、確かに命を刈り取って冥界に送る人ですけど、怖がられる程酷いことを貴方達にした覚えは無いよ? そんな無い罪をでっち上げて、皆で断罪をさせようとする人の方が個人的には怖いです。と、心の中で感想を述べておいた。
反論は不毛だと思う。考え方や物事の捉え方が全く違う。だけれど、そんな考えもあるのだと何となく勉強している。それでもみんなの揺れ動いて行く感情を捉えるのは難しい。人の心は割と直ぐに変わる事を学んでいる気がする。
「その通りだわ。いつも肉食ばかりで、獲物の配分も全くせずに自分と、前の教官にだけ渡して機嫌を取っていて、私達は疎外されてしまって悲しい想いをさせられました」
食べるかどうかは一応は聞いたけど、結構よと言われたはずだ。お話を盛り過ぎです。それにイノシシ擬き一頭分の肉の量です。ちゃんと植物ときのこも食べてますから。
「あの方のお友達も騙されているのですわ」
「お友達って? いたんですの」
いたとは何ですか?
「ええ、あの方は私に一緒に戦うことを教えてくれました。背中を預けれる人がいればと言っていましたし」
その話は……妄想が行き過ぎて本当になったのか?! あの人ってイケメン、俳優タイプの人かな? ヴァリーは言わないよ、そんな事は。
「まあ、素敵ね〜」
「すごいわ、こっちが恥ずかしくなっちゃう」
「そんなこと言われてみたいわ〜」
「いやん。そんな人が現れたらな〜って言う話をしただけよー。言われたらこんなところで訓練なんて……」
「お嫁に行く準備よね? 目の前でそんなことを言われるなんて、きっと彼もその気よ」
「そんなぁ、期待しちゃうじゃないー」
「幸せ者〜」
キャッキャ、うふふーなお話に当てられて、ジェッド教官も苦笑いしかしていないし、目が泳いでいる。頑張れ教官! その話は多分、妄想だ。
「さっきからずっと黙って、何か言って欲しいわ〜」
「教官はどんなタイプの女性が好きなんですか?」
「あ、いやー、俺は……」
「あ、普段は俺って言ってるんですね?」
「男らしくて良いわ。なよっとしている誰かとは全然違うし、頼りがいあって素敵」
「もう、抜け駆け〜、ダメなんだからね?」
もてるのも胃が痛くなりそうだと、初めて知った。普通で良かったとしみじみと思う。
そのまままのテンションで、移動訓練の始まる朝が来た。常に周りを確認しながらのゆっくり前進だ。慣れてきたら速度を上げていく。
「動物達の気配を感じながら歩けば遭遇することも避けれるし、狩りも楽になる」
小声で指示を出し、ジェッド教官は進んで行った。途中でメリールが足が痛いと駄々をこね、ジェッド教官に背負ってもらっていた。結局、その後ろで三人が顔を見合わせたと思ったら、何故か一人ずつ具合が悪くなって、全員が背負ってもらっていた。
この奇妙で教官には迷惑な行動に意味を見いだせなかったが、何か僕には分からない決まりがあるのだと思うことにした。大体、ウィルミナは回復が出来るはずだ。
まあ、彼女達の行動の謎には深い意味は無いと思うし、考えるのも飽きた。必要以外の言葉を交わすことも無いので、実に清々しく森の中を散策出来ている。
植物達の機嫌を聞きながら歩くのは楽しいし、癒される。少し離れた最後尾を歩く間にこの数日のストレスが緩和するのを感じていた。彼女達はジェッド教官の機嫌を取って今までの分をなんとか上げようと頑張っているみたいだ。打算が悪い訳じゃないけど、あからさますぎて目を逸らしてしまいたくなる。
「……スフォラ」
スフォラとこんなに長い時間離れているのはなかったせいで不安が出てきた。新しい『スフォラー』とは馴染めるだろうか、嫌われてないだろうかとか余計なことが頭をよぎり出した。
やっぱり、精神がやられてるんだろうか、一緒にいても心の通じない相手といると苦痛で仕方ない。上手くいくことを思おう。スフォラの妹、いや、弟だろうか。この期間だけでも仲良く出来ると良いんだけど……。仲良しになったら、引き取れるのかな?
マシュさんに後で聞いておこう。
「明日は最終日だ。聞いている通りに『スフォラー』を探索しに行く為の情報は日が沈むと同時に渡すので、明日中にしっかりと森での移動を覚えて欲しい」
「分かりました」
「荷物は没収と聞きました。あの、髪飾りとかも没収の対象ですよね?」
「そうなるな」
ジェッド教官が頷いた。
「いたっ」
メリールが僕の髪飾りを引っ張っている。
「何している? 今はまだ……」
教官がこっちを見た瞬間に手を離したメリールは、
「すいません、虫がいたので取っただけです」
と、しれっと答えた。
「そうか。この辺は毒虫はいないが、少し外れた場所にはいるから外れないようにしろよ?」
教官のちょっと引きつった顔が一瞬だけ見えた。
「そんな、怖いです〜」
「大丈夫だ。『スフォラー』は比較的安全な位置を進むから、後を追うようにすれば危険は少ない。では最終日の準備を整えて就寝だ」
表面はほのぼのキャンプが後一日になった。気が楽になってきた……。今日も魔結晶の目覚ましを用意して寝よう。




