21 賞賛
◯ 21 賞賛
「話があるわ」
と、ウィルミナにテントの外から呼ばれた。正直、二人きりで対面して話し合いをするのは嫌だったので、テントの中でしばし考えた。
「この状態で良いかな?」
「昨日のことは謝るわ。でも、話をするのに顔も見せないなんて失礼だと思わなくて? 貴方にも悪いところがあったはずよ。それはもう言い合うのは止めにしましょう。不毛な争いは良くないもの。貴方だってそう思うでしょう?」
「……」
争ったかな? 一方的な要求を突きつけられて断っただけな気がするし、彼女達が責めたのは僕が異性という部分だ。変えることの不可能な実に不毛な要求だ。だが、不貞腐れてるばかりでは前に進まない。
仕方なくテントを出て、二メートル程離れてから話を聞く体勢を取った。向こうが一歩踏み出せばゆっくりと下がって距離を保ちながら話し合いを始めた。
「他の人は? 話とは?」
警戒心を隠せてないのは仕方ないとして、彼女の話とやらを促した。
「教官の機嫌を取るのが上手いわね。思った以上に出来る方だったのね。それは賞賛します」
微笑みは聖女らしい落ち着きを持っていた。しかし、感覚が捉えているのは、濃ゆい妖気を放っている者だ。……マシュさんの意味不明な妖気に近い。
「……ありがとうございます」
「それで、私達は貴方に食べ物を調達するすべを聞かないとならないの。教えて頂けるかしら?」
首を傾けつつ上目遣いに頼まれた。が、ここで急に下に出て来られても今更感が拭えない。
「料理をした跡が残っていたけど?」
ちゃんとイノシシ擬きを捌いて調理した跡があった。
「調味料もないのよ? それを分かっているのは貴方よね?」
「はい。色々な採取もやりましたから。塩味のハーブとスパイス、生姜擬きの薬味になりそうな植物、毒きのこの特徴に狩りの方法、それから解体と素材の活用法ですね」
「そう。出遅れたのは分かったわ。反省しているのよ? だから、私達に教えて欲しいの、良いでしょう?」
パッと飛び込むように急激に動いて距離を詰めてきた、と思ったら手を握られた。咄嗟に握られた手を引っ込めようと引いたら、飛び込んできた勢いを消す力と僕が手を引いた力とのバランスが崩れ、ウィルミナがぶつかってきて二人して倒れた。彼女の下敷きになった足を身を捩って必死で離れた。
いや、倒れて顔を地面に打ち付け痛みに顔を歪めて怒っている顔が恐ろしすぎて、その行動しか取れなかった。般若の様な顔とはあれをいうに違いない。自分自身も尾てい骨辺りが痛かったが、その場を離れるのを優先した。
「あら、意外と情熱的でいらっしゃるのね?」
立ち上がりかけたら、そんな台詞を嫌みたっぷりに言うのが聞こえたので、速攻で距離を取って逃げた。
「いいえ、急に手を握られてビックリしただけです。逃げ遅れて倒れてしまって申し訳ありません」
彼女の迫力に、思わず近くの木の影から顔だけ出す形で謝った。いやまあ、紳士としては全くダメダメなのは分かっている。が、支配系の脳みそをお持ちの方だ。近寄らないのが正解だと思う。自分で治療を掛けているのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
「そこは支えきれずにすいません、でしょう? 逃げるだなんて失礼すぎるわ。その態度は私が盗賊の様な悪行でもしているというのかしら?」
言い含めるように言葉を紡ぎ、不機嫌さを隠さずにブルブルと震えている。屈辱で顔を真っ赤にして怒っていて怖い。しかし、僕は真実を告げる事にした。
「今朝は朝食を盗んでいらっしゃいましたが?」
僕の言葉に一瞬、しまったという顔をしてから取り繕ったのが見えた。
「サバイバル訓練なら、ありだと言っているでしょう? ここではそんなことは犯罪にならないわ。レディーをこんな風に扱う方が犯罪よ。雄が雌を守るのは自然の掟だわ」
「雄を食べる雌もいますよ?」
「無礼ね! 私がそうだっていうの?」
頭に血が上っているのか冷静さを失っているみたいだ。この調子なら、顔に怪我をさせたとかで、訴えられないと思う。
「要求を押し付けてこないで下さい。それが約束出来ないなら講習の中身は教えることは出来ません」
「女性の要求を叶える為に存在しているくせに、なんでそんなことを言うの! 分かりなさいよ!」
やっぱり、してくれて当然系か。その前に最低限の礼儀が出来てこそだと思うんだ。これも戦闘訓練なんだろうか? 自分の意見を通すという試練を感じる。
「それが本心ですね? 女性全員の要求は聞くことは出来ません。僕だって言う事を聞く人を選びます。貴方も要求を言う人を選んでいるでしょう? お互い様です」
ホングやヴァリーには言わないに決まっている。
「断れる立場だと思っているのね? 良いでしょう、要求はしないわ。その代わり、ちゃんと教えて下さるんでしょうね?」
後悔させてやると顔に書いてあるのが恐ろしい。
「教官の教えてくれたことだけ話します」
「その情けを掛けてやってるのよ、という顔が嫌よ。本当に腹黒いのね。良く分かったわ」
そう言ってウィルミナは去って行った。サバイバル講習を受けれなかったのは彼女に取っては僕のせいなのだろう。
確かにあえて教えなかったし、時間に起こさなかった。仲間として扱ってくれていたなら僕もこんな態度には出なかったと思う。彼女達の心と行動がそのまま返っている。
僕はそれを止めれない。いや、多分止めれるのだろう。これに立ち向かう勇気があれば……いや、講習内容を教えるというだけで、今は精一杯だ。
力不足を感じる。変化球を投げて解決策を取れるだけの知恵と強さを欲する。そんな日がいつか来るならだけど。…………絶対無理な気がする。
というより、無理にいい人になる必要は無い。自分の出来る範囲でしか出来ないものだし、ストレスが溜まるのなら止めた方が僕にはいい。
あんなことを言われて笑顔で関係の修正が出来る様な精神を持っていないし、そんな大それたことをする程、僕は出来た人間じゃない。扱いを変えて貰うには、彼女達と同じ舞台に上がらなければならない。あんなギスギスした関係をやってられる彼女達の神経は、ある意味尊敬に値する。
そんな関係を結ぶなんて馬鹿げてるし、同じ舞台には立てない。なので観客席を用意して欲しい。まあその美味しい立場は、レイやマシュさん達ぐらいにならないとチケットは手に入らない。
次の日の朝、いや、夜明け前に僕は起き出して全員を起こした。そして朝食の採取に向かった。昨夜、寝る前に葉っぱや枯れ枝を集めて繊維を取り出して作った小さなノートに、昨日の講習内容をまとめておいたのを全て話して伝えた。
ただ、話だけでは伝わらないことも多いので、質問があったらするように念を押した。実地との違いを埋めるのは難しい。こう言っておけば、話の切っ掛けになるし、間違って仲良くなる事もあるかもしれない。全く切ってしまうのも大人げないのだ。ちゃんと今までの態度が嫌いでも訓練中は連絡事項くらいは通せるように、ここはぐっと我慢しよう。
譲歩はしたから、ここからは相手次第だ。
「あら、お持ちの端末はターシジュン管理組合で売られている物を選んでいるのね。さすがヴィクトリアね、良い選択だわ。今回のモニターだなんて言ってる『スフォラー』よりも機能が充実してますもの」
「ブランダ商会があのように落ちぶれるとは思っていなかったけれど、あそこの物は持っていなかったから被害はなかったわ」
眉をひそめつつウィルミナ達四人は、使っている端末の機能に付いて話し合っている。話の内容に僕は頭痛がした。モニターに不満を持ってるなら、ここに何しにきたと聞きたいよ。
「あら、うちの管理組合が取引を渋っている情報を、随分前に聞いてからあたくしも気をつけていたんです」
「まあそうでしたの? メリールさん、さすがですわ。やはりこういった情報は早さが命ですわね」
キャスリーンが情報の掴んだ方法を詳しく教えて欲しいと言っていたが、それは出来ないとメリールが答えを拒絶していた。組合員としては大事な話だろうが、僕のサバイバル講習の話は右から左へと流れて行っている。後でちゃんと教えなかったと文句を言われるのは嫌だなと思った。
「お話に夢中で、講習の内容が分からなかったというのは止めて下さいね?」
一応保険で釘を刺しておく。腕輪経由で会話は記録されているのだ。この発言は後で僕を守ってくれるかもしれない。……こんな嫌なことを考えさせられている。この状況が後四日も続くと思うと切れそうだ。
「酷いわ、馬鹿にするなんて。私達はその程度のこと、お話しの合間に覚えられるに決まっているでしょ」
「貴方のは大した情報でもないし、教官の受け売りじゃないの。偉そうに言う事じゃないわ」
「では後から僕に説明を怠ったとかは、言わないということですね?」
念を押しておいた。
「その態度が無礼だと気が付けないのね?」
「中身が野蛮だとこういった態度になるのよ」
「残念だわ。こんなにも友好的に進めているのに、貴方が壊してしまわれているのよ?」
僕のせいだけではないのに、ウィルミナとヴィクトリアの言い方は遠回しに責任を押し付けているだけにしか聞こえない。というよりも、教えろと言ったのはそっちだ。
「仕方ありませんわ。視界が狭くていらっしゃって、自分の立場すら見えていらっしゃらないのよ」
ヴィクトリアが細く笑んでいる。違う意味での僕の視界は良好だ。意外に早く視界が戻った。相変わらず封印はしているけど、問題ない。スフォラの分体に入っていないので、今は封印の眼鏡を掛けている。
「あら、それを言うなら思考の柔軟性が無くて固まっている、の方が言い方としては上品では?」
メリールが口元を手で覆いながら意地の悪い視線をこっちに向けた。
「あら、両方ともそうじゃなくて? 眼鏡も預ければよかったのよ」
キャスリーンが最後の台詞を言ったら、アハハ、ウフフと笑い合っていた。五十歩百歩、目くそ鼻くそだと思うよと、心の中で溜息とともに返しておいた。ダメだ。溝が広がって行くばかりで止められないし、止める気が起きない。いっそこの人達、帰ってくれないかな? 視界に入れたくない。
訓練三日目の朝、切実にそんなことを思った。
彼女達の言動などのモデル様にも賞賛を。




