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148 距離

 ◯ 148 距離


 聖域作りの試験を受けに、星深零の会場に向かったらレクタードさんと一緒になった。今日もお供の一人が一緒だ。聞くと、レクタードさんも聖域作りの試験を受けにきたそうだ。僕が基礎を受けるのに、レクタードさんは応用を受けるという。きっと頭の出来が違うんだ。


「貴方は……何故? 聖域を作れるのでは?」


「理論が……」


 僕はそこまでしか答えれずに目を逸らした。


「何か納得しました」


 ……気まずい。少し時間を置いて、レクタードさんが先に口を開いた。


「貴方と話してからは、レイとの会話が楽になりました。気を負いすぎているとは言われてました。良いと思ってやっていた礼儀正しさが、時には失礼に当たると言われて、目が覚めました」


 距離が縮まったらしい。良かった。レイは畏まられすぎるのは苦手だしね。しかし、僕の呼び方が貴方に戻ってる。


「慇懃無礼?」


「そうですね。たまには乗り越える方法をとる事を覚えようかと思っています。ですが貴方は……もう少し敬意を見せた方が良いのでは?」


「そう? 敬意を持ってこのくらいなんだ。人の基準はそれぞれだよ。合わないなら避けてくれていいよ?」


「そういう訳には行かないのが人の付き合いでしょう?」


 ちょっと睨んでくる。なんとなく、僕がレイの友というのが気に入らなさげだ。ちょっとムッとしたので、反撃してみる。


「育ちが悪くて申し訳ございませんね。今までそんなやんごとなき身分の人なんて、お目にかかるなんて事態は一生無いと思ってましたから、無礼をしているのは重々承知でございますが、付け焼き刃な僕の作法が通用するとは思えないので、見逃してやって下さい! では、応用の試験会場は彼方でごじゃいますよ」


「……確かに酷い。貴方に言われると頭に来ます。元に戻して下さい。ではお互い健闘を」


 惨いと言わんばかりに呆れた視線を投げ掛けられた。そんなの慇懃無礼を使ったからに決まっている! 気が付けー、お坊ちゃん!

 レクタードさんは隣の会場に入って行った。僕は後十五分程あるので、少しだけ窓の外の景色を見て気持ちを落ち着かせた。試験前になんて事をさせるんだ。詰め込んできた知識が抜け落ちる! いや、大丈夫だ。あれだけやったんだ、大丈夫。試験に集中だ。自己暗示を掛けてから会場に入った。


「アキ。試験前に済まない。あれは忘れてくれ、私は……」


 試験後に、外に出るとレクタードさんがばつの悪そうな顔を見せた。何か後悔しているけど、上手く言えないみたいな顔だ。


「反省してるならいいよ。僕だって僕なりに努力はしてるから……レクタードさんだって試験を受けて頑張ってる。それで良いでしょ?」


「……私は、貴方に嫉妬していたみたいだ。レイの優遇を受けている貴方を。だけど、ぶつけるのは貴方にではなかった。反省している。すまない」


 手を握りしめて、作った拳が震えているのを見た。謝ってくれている。なんだかそこまでして謝られるのも変な気分だ。僕の無作法が目に付いて不快感を彼に与えていたのだろうし……。育ちの違いが立ちはだかっているのだろう。お互いの常識が違いすぎてストレスを受け合っている。


「それを言うならお互い様だよ。頭の出来が悪いから僕なんてちっとも勉強が進まないし、レクタードさんくらい頭が良かったらって思うよ?」


「そうか。お互いに思う所はあるなら確かに貴方の言う通りだ」


 少し、ホッとしたみたいだ。拳はもう、解かれている。


「ただ、それは僕とレクタードさんが違う人間だって教えてくれる事だ。間の抜けた普通にダメな僕でもできる事が一杯あるって、みんなといたら思えるんだ。そんな関係を続けられるなら、そばにいたいって思うのは当たり前だと思う。レイ達とはそんな感じだよ」


 レクタードさんは顔を上げた。目には何か苦しそうな感情が見えたけど、定まらない感じでそのまま目線を逸らされた。


「レクタードさんは僕に、いや、レイに何を求めているの? 不満があるってことは何かあるよね?」


 ぶつけるのは僕にではないというなら、レイにだと思う。


「…………」


 眉間に皺がよった。自分の中の答えを探しているのかもしれない。求めるというよりも、仲よくしたい関係を望んでいるのかな。嫉妬だと認めているし、多分そんなところだと思う。

 付き合い方は人それぞれだ。いきなりは仲良しにはなれない。でも、レイとの関係は名前呼びになってるし、一つは乗り越えてる。また乗り越えたら良いだけだ。


「貴族の習慣って距離感が庶民とは違ってそうかな……それが僕達にはストレスなんだと思う。だから、これからの付き合いで調度いい関係を……」


「分かった。譲歩しよう。私の言いたい事が分かっているようだ」


「そうでもないよ。影響を受けてるだけだから」


 僕達はそこで別れた。次に合うときはもう少し、垣根が低くなっていると思う。お互いに思う事をぶつけたから。しかし、レクタードさんから送られた貴族的おつきあいのルールには正直、辟易した。垣根は高くなった。僕の足では跨げない。僕は画面をそっと閉じた。


「アキ、どうかしましたか?」


「チャーリー。異界のお貴族様はこんなルールに縛られているんだ」


 僕はチャーリーにもう一度、画面を開いてみせた。


「理解したまえと書かれていますが、何かお話しされたのですか?」


「う、うん」


 僕は昨日の話を振り返ってみた。チャーリーに聞いてもらう。


「それでこれを送ってきたという事は、こちらも送りつければ良いかと……」


「どんなの?」


「宗教、信念、習慣、種族の違いを相手に押し付けないというルールを送りましょう」


「日本人的ルールだね? ついでに愛想笑いも覚えてもらおう」


「それは貴族ならできるはずです。やらないのであれば侮っているのです。テーブルマナーまでありますね……」


 チャーリーが怒っている。


「お箸の使い方でも送る?」


「良い案です。お任せ下さい」


「そ、そう?」


「形式などの形骸化されたものに捕われているようでは、レイも苦労するでしょう。基本の相手を不快にさせないという心を持っていれば、どのような作法を使おうと文句をつける事は無いはずです。心意を汲み取れてこそマナーが生きるのです。違う種類の作法まで身につける必要はありませんが、多少は理解して頂く為にこちらも送りましょうね?」


 確かに、それなりにできてれば大丈夫のはずだ。郷に入っては郷に従えの台詞はこれだけ沢山の種族がいれば、無理なのだ。皆の作法が違って当たり前だ。貴族のルールなんて仲間内でしか通用しないと知るべきだ!

 というか、それで仲間を増やしているとも言える。規則を守らせて作法を覚えさせる……支配で、区別する為のものかとも思う。本来の部分とそこに属しているという安心感とが綯い交ぜになって、おかしな方向に向かっている……。


「なるほど、理解してくれって言うのは、まだ貴族の作法を使い、区別する術から抜けれてないのかな?」


「この分量くらい送りつけてもよろしいですね?」


「う、うん。でもやらなくて良いって書いておいてね?」


「よろしいのですか?」


「支配する事になるから、どうしてこうするのかを書いとけば良いかなって……」


「そうですね。気が付くでしょうか?」


「さあ? 僕も少しは考えないとダメだね……」


 自分のルールを決めておくべきかもしれない。というか、不愉快にさせないって難しい。その場に男が一人いるってだけで不愉快だと思う人までいるのだ。こういうルールを決める人が一番支配する人だって事かもしれない。家でのルールくらいは負担にならない程度だ。

 だけど、レクタードさんの送ってくるルールは支配階級の物だけあって複雑怪奇で理解不能だ。権威を保持する為のルールが随所に散りばめられた物を使っている限りは、僕達庶民との付き合いは苦痛でしかないと思う。

 分かってて使っているなら、随分と傲慢だとは思うけど、生まれてからずっとそうなら気が付いてなさそうだ。これを乗り越えたら、レクタードさんもレイとの仲はまた進むと思う。自分の望む距離感を掴んで欲しい。


「何となく、心では感じてそうなんだけどな」


 だから、ストレスを感じても謝って来たり、気楽な僕とレイとの関係に嫉妬したりしているんだ。何に捕われて縛られているのかはもう直き気が付く。

 取り敢えずは、リャーリーのお箸のマナーを僕も復讐しておこう。実際殆ど無意識で、ちゃんとはやって無い気がする。まあ、あんまり理屈をこねすぎたら嫌われるのだ。単純にはそんなところだ。

 自分のルールを他人に当てはめないという曖昧ルールは僕には必要不可欠だ。貴族のルールなんて僕に教えても猫に小判だ。活用出来そうにない。


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