133 盗賊
◯ 133 盗賊
既に祝いの席だ。ヴァリーは宮殿に来てくれている客に挨拶している。内々と言ってもこのオアシスではそうも行かない。懇意の商人やら支えてくれている臣下にと会わないとならないのだ。それも大量の貢ぎ物付きだから従者の人達も忙しそうだ。
それが終った人達が宴の席に着いて勝手にやっている。こちらの宴は半分は立食で挨拶を交わし、半分は椅子やらソファーで仲間での談話と別れていた。何処かの楽隊が音楽を奏でてそれに合わせて、男女が踊っている。
「アキ、そっちは無事に終わったのか」
ホングが話し掛けてきた。
「うん、終ったよ。ナオトギまで来たんだ」
「来て悪いか? 酒の味は確かめないとダメだろ? 新作はいい出来か?!」
「龍のお酒は強烈に酔うみたいだけど、少量なら寿命が延びるよ? 大量に飲むと逆効果だって。時々少し飲むと良いんだ」
ちょっとやりすぎた感があるけど、まあお祝いだし、良いかなと思う。多少の怪我やら病気も治るお酒で、最早霊酒だ。ネラーラさんに会った時、既に注意事項を伝えて渡してある。大樽一つだけど、僕の背丈はある大きさだから充分足りると思う。
「それは……譲ってくれないのか?」
説明を聞いてナオトギは物欲しそうだ。涎が……。
「お祝い用に作ったから、あれだけしかないよ」
レシピはフィトォラが管理してくれているので作れなくはないが、全く同じのは出来そうにない。それに、龍の鱗を一枚貰って漬けて作ったから、玄然神の協力も必要だ。
「く、冷たい……」
「ナオトギの成人は終ってるんだ?」
「何ならもう一回やっても良いぞ!」
「それはダメだな。ヴァリーに頭を下げて少し分けてもらえば?」
「祝いの品を奪う事はしないぞ! 振る舞われるなら遠慮はしないが……俺をなんだと思ってる?!」
「「魔王様」」
「それはもう忘れろ!」
「大丈夫だよ。お酒は最後に皆に分けるって言ってたから」
その台詞でナオトギの機嫌はすぐに直った。呆れる程現金だ。
ヴァリーの成人のお祝いがクライマックスに近づいた時、ネラーラさんとテレサさんがヴァリーを連れて宴の中央に立ち、今宵のお礼を述べた。そしてヴァリーが、これから配るお酒は精霊のお酒だから皆で飲んで祝うと言い、お酒が配られた。
「いよいよ味見か! 来た甲斐があった。デロー達は遠慮したが俺は飲むぜ!」
ナオトギは嬉しそうだ。
「アキも飲むのか?」
ホングが心配そうに見ている。
「酔う成分を抜いてもらってるよ」
「「それは酒じゃない」」
ナオトギとホングが声を揃えた。行き渡ったお酒を皆で飲んで、解散になった。それでも宴は後を引く形で皆がそれぞれ話をしつつ、大体は一時間ぐらい飲んで帰る。
残っている人達がそれぞれ行き交い話をしている中、僕は少し人に酔ったのでホング達を置いて宮殿の庭に出て夜風に当たった。
変だな。庭に人の気配を不自然な所で複数感じる。フィトォラとダラシィーに警戒をさせた。今日はヴァリーの祝いで、警備は厳重なはず……。何処から彼らは入ったのだろう?
柱の陰でダラシィーに闇のベールを渡して自分も被り、影に隠れた。ダラシィーの報告では盗賊のようだという。貢ぎ物を頂きにきたのではとの事だ。何か納得だ。ダラシィーが倒されて物置に入っている警備の人を発見したので、本当に強盗が庭に潜んでいる事が分かった。
ホングとナオトギに連絡を入れて、ヴァリーに知らせてもらう。何かあったときの為に、女性達を中央に集めてもらえるようにさりげなく誘導をしてくれる人を配置したと連絡が来た。
僕は庭に潜んでいる人に眠りの魔法を掛け始めた。倒れた人達をダラシィーに集めて貰っていたら、ナオトギが庭にロープを持って現れたので任せた。
他の場所も潜んでいる可能性があるので、ダラシィーと一緒に宮殿の反対側の庭にも賊が潜んでないか探しに向かった。
そんな感じで警備が慌ただしく動き始めた頃、広間の近くの庭に潜んでいたあらかたの賊は、ダラシィーの手で庭と広間の間にの回廊に集められた。既に十人以上いるので随分人数が多い盗賊団だ。反対側は、ナオトギとホングが盗賊を起こして尋問している。それをヴァリーが聞いて指示を出している。
女性達は従者が囲んで警戒をし、広間の中央で固まっていたが、盗賊が潜んでいない別の部屋に移り守るように、警備責任者に誘導され始めた。警備の者の何人かが怪我をしているし、何処かで戦っているのか何かがぶつかる様な音が響いていた。
「動くんじゃないよっ!! この女が傷つくぞ!」
移動を始めた女性達の中にいた、給仕服を着た人がテレサさんを人質に取った。女性の盗賊みたいだ。鈍く光るナイフをテレサさんの首に当てている。
「姉上!」
ヴァリーが焦っている。
「ちょっとでも動けば、この女の命は無い。そいつらのロープを外っ、う」
最後まで言い終わらずに女性は床に倒れた。ダラシィーが影から出て直ぐにナイフを奪い女性の首に手刀を入れて気絶させていた。動きが速くて僕には見えなかったけど、そう報告されたのでそうなんだと思う。
テレサさんはその場に倒れ込みそうになっていたが、しっかりとねこ耳獣人姿のダラシィーが支えてヴァリーに渡していた。そのまま暫くして安全が確保出来たので警戒は解かれ、広間にいた人達はホッと一息ついた。
「あの女性は?」
「最近新しく入れた者です。身元はちゃんとしていましたので……ですがもう一度調べ直します」
警備責任にヴァリーが、中に手引き者がいた疑問を質問している。
「聞いた方が早い。ホング、済まないが依頼しても良いか?」
「分かったよ。仕事なら大歓迎だ」
気前よく承諾したホングは、早速女性の元に向かった。まだ、ロープで縛られて転がっている。
「警備の仕方が甘いぞ。俺が直々に見てやらないでも無いが、別料金だ」
ナオトギは自分のアピールを始めた。
「ちっ、ケチだな。頼んだ……アキが忍び込めないくらいとかは言わないが、一介の盗賊は入れさせるな」
「良いだろう。アキは盗賊なのか?」
「ち、違うよ!」
「見習いだろ?」
「それは、ダメだな。いつか捕まえてやるからな?」
庭の木々の配置から警備ポイントまでを何やら語り出したナオトギは放置して、テレサさんの様子を見に行った。ネラーラさんとテレサさんが奥の間にいて、一緒に手を握り合っていた。
「大丈夫ですか?」
「はい。精霊様にお助けされて何とか……」
「掴まれた腕に傷が……治しますね」
盗賊が扮していた女性給仕が掴んだ時に爪が食い込んだのか、小さな傷があった。が、よく見ると血の跡だけで傷は綺麗に治っていた。霊酒のおかげだろう。
「軽く精神を落ち着けるように魔法をお掛けしましょうか?」
震えているテレサさんに僕が提案したら、ネラーラさんが嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、テレサ。お願いしてみましょう」
「お母様、分かったわ」
寝室に移ってもらって軽く精神治療を掛け、眠らせた。
「盗賊達も眠ってましたが、眠らせる魔法ですか?」
「本当は治療なんですけど、みんな眠ってしまうので……」
僕がそんな告白をしたら、
「あらまあ」
と、ネラーラさんが笑った。信用出来る女性従者達にテレサさんの後を任せて、ネラーラさんは僕と一緒にヴァリーの元に戻った。ナオトギとホングの尋問で、女性が身元を詐称している事が分かった。旅行中に襲った女がここへの紹介状を持っていたらしい。流れで似た年格好の女性が忍び込む事に。
そして、宝物庫の位置を探っている間、ヴァリーのお祝いが開かれる情報を掴み、その日に襲ってお祝いを頂く事になったという。
ちなみに宝物庫には大した宝は無いらしい。僕の持ち込んだお酒が一番価値がありそうだと、ヴァリーが呟いた。一番の財産は人だというのは何となく分かる。
三十六人の盗賊団は無事に捕まえて牢屋に入った。魔法契約をして刑期が決められ、罰が科せられる。残念ながら人を殺している人が多いので、一生刑期から逃れられない人が多いとのこと。
三日後にはホングとナオトギと三人で、翼竜に乗せて送ってもらいラークさんの神殿に戻った。
「疲れたろう? 皆で温泉に入って行くと良いよ」
「ラークさん。ありがとうございます」
神殿に着いたらラークさんが声を掛けてくれたので早速、温泉に入りに向かった。ナオトギはラークさんに返事をする事も出来てなかった。
「やっべぇ」
「どうしたの?」
「何か睨まれてたけど、大丈夫か?」
どうやら睨まれたらしい……。その理由は僕には計り知れないので考えるのは止めた。まあ、今回の騒動くらいはいつもに比べたら全然余裕だ。悪神が出た訳でもないしね。




