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A09

「起きた」

「早っ!」


 サリナさんは一行が門の前に止まると、パチッと目を開けて首を左右に捻って音を鳴らした。

「寝る」って言ってから三分も経ってないと思うんですけど。


 窓の外を見ると、番兵らしき人達が例のポーズで一行を迎え入れた。


「お帰りなさいませ、サリナ・ヘカット主幹」

「カスパル司祭様が首を長くしてお待ちです」


 口々にサリナさんが帰ってきた事をねぎらう言葉などが聞こえた。

 サリナさんは窓を開けて小さく手を振る。人気者なんだろうか。


「司祭様に出かける時は供の者をお連れくださるように言って下さい」

「出て行かれる際には大門から出て行くように言って下さい。裏門はもう出入禁止にしたいです」

「司祭様に…」


 サリナさんの顔が首筋から見る見る赤くなっていく。馭者役に「出せ」と言うと窓を閉めてしまった。


 「ジジイ…また何かやらかしたな」


 声が低いんですけど。




 神殿。

 神殿って一体ナニ?


 後々分かった事だが、記しておこうと思う。


 神殿第三十八分院は、分院と名が付いてる通り、ユスカド王国にある本院の分かれである。

 ダーランド八州国には功績多く古い第三十八分院を始めとして五十六の分院がある。

 第三十八分院は番号が比較的古い分院なのだが、二百年程前から続く人口増加により分院の数も増加しユスカド関連四ケ国中に余州も含めて分院は六百を数え、飛び番号となって面倒になった本院が、本院、功績多い第四分院、ダーランド八州国の第三十八分院、ナンカ大公国にある第十五分院、パルテ大公国にある第三十三分院を除き統廃合され、番号付与を整理して、ダーランド八州国は七百番台の分院となっている。欠番や空き番号がある。

 固有名は付けずに、番号だけのシンプルな縦構造だ。

 宗派対立も無い。

 本院を司るのは司祭長と呼ばれ、神殿組織全体を統括するがほぼ名誉職であり、それは分院の司祭も変わらない。

 非世襲制で、例外はあるがほぼ年功序列で決まる。

 実際の統括や運営は司祭長や司祭の下に院の規模によって人数が変わる司祭補と呼ばれる役職の人達がおり、各分院の生え抜きで構成された評議会は司祭長や司祭の権限を制限したりも出来る。この人達に年齢も経験もあまり必要は無い。

 完全能力主義。小規模な分院には神官以下、又は祇官しかいない場合もある。

 実務に関しては実力と本人の希望で、司祭補の下は神官、民との接触が多い祇官がいる。

 武官は祇官の一部であり、通常は殿兵と呼ばれて、棍、棒、盾で武装し神殿内部の交通案内・物流整理に従事したり、修繕手配・清掃を担当しており、それほど数がいる訳では無い。

 各国組織内での位置付けは、祭政不一致を原則としているが、ご意見番のような事もあれば、政治的不和の仲裁、飢饉や災害の際の避難所や周辺国家の難民の一時保護など、国政では手が届きにくい場合に力を発揮する。

 王を始めとする為政者の良きパートナーと言ったところだろう。


 運営費用は四ヶ国別々に各国政府が各院から上がってきた予算案を元に寄付という形で割り振り最終決定する。

 その他に国民からの寄付があり、これらは国民(信者というべきかはまた別の議論が必要になる)に開示され、監査により他宗教からの介入や不正が認められた場合は厳罰が課せられる。

 神殿従事者は原則として私有財産は一代限りで、死亡した場合は没収となり、子や伴侶が就労していない場合や心身に不都合がある場合に限り国とは別に神殿が助成する義務がある。

 監査は本院の異端審問資格を持った神官が当たる。本院の監査は先述の、功績多い四つの分院が共同で当たる。

 という規定はあるものの、実際に異端審問の事例は長い歴史の中でも数える程しかないそうだ。

 何が異端か、という問いにはまた述べる機会があるだろう。

 それは神殿本来の存在意義とも密接に関わってくる問題でもある。


 教義の基本は至って単純。太陽と月と星を主軸にした自然崇拝であり、主神である太陽に向かって二礼二拍手一礼すれば誰もが信者となる。これを以て洗礼としている。

 太陽が出ていない場合は御神体として金色の丸い物に向かって同じ所作をする。

 銅貨三枚で買える黄銅の円盤で代用する者が最も多く、次いで金貨、太陽を映す丸い鏡として白銅製、銀製、現身として金の円盤の順で普及している。

 神殿ではこれらの御神体を製造・販売しておらず、ユスカド文化圏の鋼業従事者が製造・販売している。神殿はこれを不満無く黙認している。


 宗教としての名前は無く、敬虔な信徒や神殿では自らを教典に従って神々に対しては「生ある子」「我ら生ある子ら」と呼ぶ。


 敢えて名付けるとすれば現世利益教、または現実肯定教。単純に「神殿」と言えばイコール「宗教的な何か」と言う思考が各国国民の共通認識である。


 輪廻や転生は物質面では積極肯定。精神面では中道を取り、火葬を奨励。

 地動説を肯定し、四ヶ国の民全てが公教育により、太陽も今住んでいる所も、勿論、月や星でさえも天体である事を知っており、天動説を唱えるものは誰一人としていない。

 偶像禁止規定も無く、逆にユスカド文化圏で凡そ百メートル毎に設けられる高さ五十センチ程度の石の道標には、男女が笑顔で手を取り合っている図柄が採用され、民が一礼したり供え物をする道祖神や大地神になっている場合があり、神殿はこれを教義にかなっているとして容認している。

 名付けも洗礼名などは無く、乳幼児の洗礼作法自体が無い。祭祀に伴う儀礼や作法は、ほぼ人間関係や自然との接し方を説く教典に基づく一部の外典からの教義に基づくものであり、二礼二拍手一礼は、儀礼的というよりも象徴的な行動で、崇拝対象を度外視した形骸と見做す事も出来る。


 そして重要な事だが、創造神や造物主、創生神話的逸話が、教典はおろか外典にも一切記されていない。

 英雄や使徒は、戯曲や詩の中にしか現れず、民もそれを単なる物語として楽しんでいる。


 誰が考え付いたのか、神殿の教典や外典には成立当初から大らかでありながら自然科学、社会科学がふんだんに採用されており、王国歴を採用し始めてから外典の一部を改定したのは監査資格や番号の割付手直し以外、本当に稀な事だという。


 まさに哲学体系、法律体系、数学を始めとする自然科学体系の羅列であり、貫かれた意志は森羅万象を肯定し受け入れ、その後は自分で考えて行動しなさいという少し不親切で投げやりなものだ。

 指針としてそのまま受け入れるのでは無く、教典自体に「これはあくまで参考である」と書かれているという、否定の否定、メタ哲学とか禅問答のようであり、まるで仏典のようだが、少なくとも僕の関わった人達は編纂者の意志通り主神を中心に他の神をも肯定しており、そういった一種の気風が史料によると王国建国より古いのだから恐れ入ってしまった。


 未開地?とんでもない。

 ここは高度な哲学を基盤に偏狭な思想を排除した理想郷だ。


 では、サリナ・ヘカット個人はどういう位置付けなのか。

 それにはまず神殿の業務(神事と言うべきか議論の余地はある)を説明しなければならない。


 ほぼ部署ごとに分かれていると言った通り、神殿の内部機構には、最も権威の高い記念行事や不正の糾弾・断罪・内部監査などを行う異端審問寮、書類・過去の遺産・事物の分析など全般を扱う図書寮、民の名付け・冠婚葬祭などの清め・儀礼を扱う祇礼寮、食事や備品などの調達・調理を担当する膳寮、前述の殿兵が所属する殿寮がある。そして各寮の司祭補資格を持つ者で構成される評議会(僕は予算委員会と呼んでいる)がある。

 異端審問寮と図書寮は神官で構成され、祇礼寮、膳寮、殿寮は祇官で構成される。神官と祇官は同列で、どこが優位という事は無い。


 サリナ・ヘカットの所属は図書寮で、官職は神官、役職は主幹、資格は司祭補で、事務能力も予算編成も相応の実力者。だが、司祭補の資格を持ちながらも評議会には代役を立て自らは出席しない一方、歴史・語学・法術のエキスパートとして教典の現代語訳や対照辞書の編纂を担当し、本院からの信頼も厚く、カスパル司祭を唯一「蹴っ飛ばせる」人物として他の神官や祇官からも恐れと共に尊敬を受けている。

 また、その容貌の為に幼い頃より神殿で育ち、神殿内部や異常事態の対処法を熟知しているため、異形の生物や事象が発生した場合の対処を誰よりも上手く処理できるとの評がある。という事にして異端審問官が厄介ごとを押しつけている節もある。

 彼らにとってはカスパル司祭も厄介ごとの一つである。

 本院や各国の分院から転院要請が来る事もあるが、全て門前払いだそうだ。当然、評判は各国要人にも届いている事だろう。


 僕の第一印象は、「華奢な体格とは違って同い年とは思えない貫録」「とにかく偉い人」といった漠然としたもので、怒らせたらいけない人なんだろうとか、鳥車の中での印象は、「もしかしたらぐうたらな人?」と言った失礼なものだった。


 言い方が難しいが、神殿も国民もこの世界では「醒めた宗教」を是認し、原理主義や過激派を組織するような「熱い宗教」とは一線を画していると思われ、サリナさんの態度は「疲れたサラリーマンの態度」そのものである事を、後から気付かされた。


 おっと、長い説明になってしまった。

 要するに神殿は現状、「人の世は人が造るもの」「ただし人が全てを支配できるわけではない」「後はアナタ次第」というとてもシンプルな思想を植え付ける為の装置であり、サリナさんはそれに則って動いているだけなのだ。


 …というと、サリナさんが全てを悟った賢者様か、稀代の高僧のように見えてしまうが、正面にいた小さなお爺さんに向かってずかずか歩いていくと、


 「こんのクソジジイ!あんたがしっかりしてないからアンナなんぞにあたしが呼びつけられなきゃならなくなるんだよ!そこになおれぇっ」


 と、広い接見の間で怒りにまかせて司祭様の尻を蹴っ飛ばしたのを見て、居並ぶ異端審問官や各寮の司祭補達がタメイキをついているのを僕は見逃さなかった。


 その後もサリナさんの司祭様へのお説教…というより罵詈雑言は続く。

 司祭様は床に伏せたままだ。


 誰か止めてあげて…


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