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A08

「サリナ主幹!」 唐突に馭者の一人が叫んだ。

「早速おいでなすったか。街道に出るなんて珍しい。これもオマエがいるせいだ」


 窓の外を見ると、二つの赤い物体がこちらに向かって突進してくる。


「猊下をお守りしろ!行くぞ!」


 サリナさんは扉を開けると錫杖を持って外に出る。


 赤い物体は体長十メートルはありそうな牛のような生物だ。だが、角と足が六本ある。


 「猊下は外に出ないでください」

 「ここは私たちがお引き受けいたします」


 イレーヌさんとエレノアさんが扉を閉めて、迫りくる怪物に立ち向かっていく。二人の僕に対する敬称が、いつのまにか≪猊下≫に変わっている。


 他の側用人の男性達も、神官達も既に臨戦態勢だ。鳥達も心なしか目が吊り上っているように見える。

 サリナさんはズンと錫杖を地面に突き立てると、左手を空に向けて祈り出した。


 ええええーこんなのが出てくるの?地球にこんなのいないぞ。

 僕のせいだって言われても言い掛かりにしか聞こえない。

 でもこうしちゃいられない。

 僕も何かしたい。

 ただ守られているのは性に合わない。


 扉を開けて外に出る。


「猊下、どちらへ」


 イレーヌさんに返事をせず、荷車へ走って乗り込む。

 手早く荷解きをして三段目のクーラーボックスを開け、パーツに分かれていた特製武器を順序良く組み立てる。

 これは本来、日本の狩猟では使用禁止で、競技専用品だ。組み立ては何度も練習した。

 威力倍増のコンパウンドボウ。

 並以上の競技者でも引けない、二百ポンド。

 鏃は炭化タングステン合金。箆はチタン合金で麦粒、矢筈まで一体成型。三枚の矢羽は鷹の尾羽。

 弓よりも矢の方が何倍もお高いんですよね。

 なので四本しか作れなかった。鏃の交換は出来ないように溶着してある。


 あ、鏃ってのは的に当てる先っぽの事でアーチェリーだとポイントって呼ばれる。

 箆っていうのはシャフトっていう長い部分で、麦粒っていうのは中央が太くて両端が細くなってて、空気抵抗を上手くかわしてくれる優れた構造の事です。

 矢筈は矢をつがえる溝のある部分でノックって呼ばれます。

 矢羽はヴェイン、矢自体はアローね。

 箆には僕のハンドルネーム≪マシュー≫を英語表記で、漢数字で通し番号を零号から弐拾四号まで刻んである。今回使おうとしているのは壱号から四号。

 他に用途別の鏃や箆を持ったものが二十一本あるけど今は最も重くて貫通力の高いこいつらで勝負。


 サリナさんの錫杖から光が出はじめた。側用人達も神官達も、光を受けたからなのか動作が機敏になる。

 僕はチラ見しながら幌の中で組み立てを終えると、ガイドに通して矢をつがえ、引ききって一頭目に照準を合わせた。

 さすがに引きが重い。射撃練習場の矢場で試射はしたんだが、いざ実戦となると緊張もあってかなりの負担だ。


 まず一射目。一頭目の首を狙う。

 神官達が五人がかりで当たっているが、二人突き飛ばされた。

 血しぶきは上がってないから致命傷ではないだろう。

 すぐに立ち上がって盾を構える。やっぱりね。


「みんな下がって!」


 僕は大声で叫んだ。残りの三人は飛びのいて軌道を開けてくれた。すかさず放つ。

 牛の左首筋に当たった!と思った瞬間、何故か首筋が爆発?!して頭がもげた。特製とはいえ爆発物なんか仕込んでないぞ?

 考えている余裕は無い。もう一頭はイレーヌさん達が総がかりで剣を突き立てようとするが、まるで歯が立たない。男達も神官達も、盾ごと何度も突き飛ばされてる。僕は幌から出て、二頭目に照準を合わせる。


「二射目いくよ!みんな下がって!」


 僕の号令で、転がっていた人達も一斉に飛びのく。

 今度は腹を狙って放つ。するとまた当たった瞬間に腹が砕け散る。

 いくら威力が高くても、貫通するなら解るんだがなにゆえ爆発?

 リア充だからか?


 エレノアさんが二本の剣で目から頭に止めを刺し、二頭の牛が完全に動かなくなった所で全員が僕に駆け寄ってきて例のポーズ。


「猊下、お怪我はありませんか」

「一撃でお倒しになるとは、さすが猊下」


 所要時間およそ十分の戦闘。だが、動きっぱなしの彼らは相当疲れているはずだ。肩で息をしている。


「皆さん立って下さい」


 よろけながら立つ者、シャキッと立つ者様々だった。僕が心配そうによろけながら立つ神官を見て声を掛けようとすると、


「これしきの事で猊下のお手を煩わせるとは、なんとも面目ございません」


 と震えながら直立した。


「無理はしないで下さい。サリナさん、少し休みませんか」

「うーん、そうだな。みんな動けるようだし、また変なのが寄ってきても嫌だし先を急ぎたいんだが…」

「私どもでしたらいかようにも。猊下のお心のままに」


 イレーヌさんが口をはさむ。サリナさんがイレーヌさんをチラ見して、チッと舌打ちをした。


「しょうがない。オマエの言うとおり少し休んでいくか」

「サリナ様、猊下に向かってなんという口の利きようですか!」


 エレノアさんがサリナさんに剣を向けようとする。こんな所で内輪もめは御免だ。


「ま、待って。エレノアさん、休んで行こうよ。みんなも体を休めて」

「猊下の仰せのままに」


 僕はエレノアさんの剣を収めさせると、全員に休んで怪我の治療をするように伝えた。

 

 念の為にまだ元気なイレーヌさん、エレノアさんに歩哨を頼み、僕は倒れている牛の死骸に近寄って行った。サリナさんは女性の神官に何か言ってから、僕の後についてきた。


 …なんだこれ?内臓が飛び散っているかと思ったら、赤い砂のようなものが散らばっているだけだ。


「どうやらこいつはオマエの仲間じゃなさそうだな。見ろ」


 そういうとサリナさんは、もげた方の牛の首を錫杖でゴロンと転がして切り口を上に向ける。


 覗きこむと、中に黄色く光る石のようなものが入っていた。

 錫杖の石附で思いっきり光る石を叩くと、ビキンと音がして割れ、光は消えた。同時に、体だったものは二頭とも砂のように崩壊していった。


「オマエ、よくこんなの一撃で仕留められたな。見直した」

「僕も爆発するなんて思わなかったよ。強化してあるっていっても、普通に狩猟用の道具だからね」


 そう言って、何も汚れが付いていない矢を二本とも回収した。

 よく頑張ってくれたと矢に声を掛ける。

 振り返って、錫杖の金の玉から出ていたあの後光のような光はなんだったのか聞いた。


「サリナさん、あの光って」

「あれは『おひさま』のご加護の一種で、人の力を少しばかり助けてくれるものだ。まさか使う事になるとは思わなかったがな」


 魔法のようなものかな。アンナさんが幻術とか法術道具なんて言ってたから、この世界にはそういう術があるんだろうな。ていうか見たんだから信じないわけにはいかないな。


 「オマエの矢も何かご加護があるんだろ?普通の矢は刺さったってあんな風にはなりゃしない」

 「いや、至って普通の矢だよ。殺傷能力は高いけど、それは速さと正確さが伴わなくちゃならない。だから弓が普通の人じゃ引けないぐらい強いだけなんだけどね」

 「どれ、貸してみろ」


 そういうと、僕の左手からコンパウンドボウをもぎ取った。


 「くっ、コノォ、くくくくくぅっ…オマエ、どんだけ馬鹿力なんだ。鍛えているのはわかるがヒョロいではないか」


 ヒョロ…細マッチョと言って欲しかった。

 サリナさんは一センチも引けなかったコンパウンドボウを投げ返すと、右手を痛そうに振っている。

 いやその、この弓にはコツが必要なんだ。僕の骨格にあわせて作ってるから、体格の小さいサリナさんには、どう転んでも引けないのさ。


 日本では弓による狩猟は禁止されている。

 理由は、一撃で致命傷を与えられない場合、矢をつがえている間に逃げられてしまうからだ。

 そのあと、射られた獣は長ければ一週間ぐらい苦しみ、どこかで息絶える。

 海外でもこれは問題で、動物虐待ではないかという声があり、日本と同じように猟銃以外での狩猟を禁止している国は多い。

 僕が所属している射撃練習場でも、コレを持って行った時に指導員から反対意見があったが、オーナーが見てみたいと言ってくれたおかげで試射だけはできた。ただし、後から大目玉をくらって、もう少しで退会処分と出入禁止になる所だった。でも爆発なんかしてない。矢場の砂が崩れただけだ。


 女性神官はサリナさんの命令に従って、拳が入るぐらいの皮袋の中に石を入れた。荷車の側用人達に何か話し、荷車の脇に結わえつける。

 僕は散らかした三段目のクーラーボックスを片付けてまたシャーシをセットし、コンパウンドボウと矢を四本だけ持ち、乗って来た鳥車に戻った。他の人達も所定の位置に付き、再び神殿への道程を行く。


「オマエの弓、変わった形をしてるな。弩みたいに滑車が付いてるのに台座は無いんだな」

「これはコンパウンドボウって言ってですね。弩やクロスボウだとつがえるのに時間がかかるから、こういう形をしてます。

 その分どうしても腕力が必要になるし最初にコツがいる。

 僕の体は元からそのコツが身についてるから引けるんですよ。

 他の人は腕力があったって、ちょっとやそっとじゃ引けないよ」

「やはりオマエもご加護を受けてるんじゃないのか。

 あたしの杖もあたし以外が使ったって、ただの棒きれだ。

 その代わり棍や棒は人並み以下だ。ははは。世の中上手く出来てる」


 サリナさんは右腰に収めている棍を触りながら苦笑している。


 …うーん、僕、槍と短剣も使えるんだけど…今は内緒にしておこう。あのモーニングスターのような打撃武器は棍っていうのか。連接棍だ。農機具だね。


 鳥車は出発から約四時間かかって、神殿第三十八分院への正面道路に差し掛かった。石畳の道路なんて久しぶりだ。轍もなくて舗装したてのような綺麗さだ。


「ふーっ。ここまでくれば一安心だ。これでジジイに対してなんとか面目を保ったぞ。後はオマエ、なんとかしろ」

「えええ? 何言っちゃってんのサリナさん。お役目でしょう」

「やかましい。やりたいようにやれって言っただろ。あたしは忙しいんだ。寝るのに」

「寝るのかよ!ってもう着いちゃうんですけど」

「ぐー」


 主従逆転してませんか?サリナさん!


 サリナさんは、ほぼ徹夜のせいなのか戦闘のせいなのか、疲れた様子で錫杖を握ったまま寝てしまった。

 自由だ。あまりにも自由過ぎるよサリナさん。



 もう門が見え始めてるんですけどね!サリナさん!

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