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A07

 サリナさんの話は延々と続いた。もちろんアンナさんの武勇伝や愚痴も含まれていたが。


 おかげで輪郭がおぼろげに見えてきた。


 今いる場所はダーランド八州国と呼ばれている。


 別にダーランド国でいいじゃないかと思うのだが、そこには宗主国との関係性がある。


 宗主国はユスカド王国。アンナさんが嫁ぐ予定の国だ。八州国から見て東南東にある大陸で建国された。


 王家はモリヤ家。千八百年近く続く由緒正しい家柄だ。現王はアーガス・エル・モリヤ・ユスカド陛下。


 王国はその版図が広大になり過ぎたため、王家の手に余るようになり、王国歴千百年に大公家を分離し、南を割譲してナンカ大公国として治めさせた。

 次いで西にパルテ大公国を建設し、勢力の均衡を図る事になった。

 一見中世風の装束や建物なんだが、ガラス窓が沢山使われていたりして、諸侯が乱立して統一国家を武力によって造り上げた僕のいた世界の中世ヨーロッパとは全然違う。


 国力がそれぞれ上がり、外洋への進出が可能になると、王家が最初に見つけたのがこのダーランドという島だった。およそ三百年前だ。

 察するに面積六万五千平方キロ、ほぼセイロンスリランカと同程度の島だ。

 当時、公爵家に次ぐ地位にありながら、領地を持たない八人の有力な宮中貴族や王族がいた。政情不安を恐れた王家は、この八人を辺境侯として新島に派遣し、治めさせようとした。


 政治は辺境候の合議制によるもので、政務の中心はこのダール州で行われた。

 当初は諍いが絶えなかったが、神殿第三十八分院の仲介で持ち回りの総代制度を設ける事によって諍いは徐々に減り、王国から正式に公爵に次ぐ地位として八州候が新設され、島は八つの州に分割統治されるようになり、絶妙なパワーバランスを保つ契機を造った第三十八分院は総目付としての機能も受け持つようになった。

 情報の集積なども行われ、何かあった場合の問題解決や大事の仲裁などを引き受けている。司祭は世襲ではないが水戸の御老公のような立場だ。最高裁判所と言ってもいいかも知れない。

 いまでは八家とも仲が良いそうだ。


 八州候総代は、州令と呼ばれる各家の当主が世襲で継承している役職の八人全員の一致と、宗主であるユスカド王の信任を得て初めてその座に就く。


 今の総代はユージン州令、モリアーティ家当主ランス・モリアーティ卿。

 文武に秀でた傑物だそうだ。


 ダール州が南の玄関口で主に王国との繋がりや、大陸諸国との連携を担っているのに対して、ユージン州は北の玄関口で、北方の国々からの脅威から島を守る海上警察のような仕事を請け負っている。

 主にこの二州が中心となって外交は行われ、現状はまずまず上手くいっているらしい。


 要するに、この島は出島だ。

 それも、王国にとってはかなり重要なポジションだ。

 浮沈母艦と言ってもいいかも知れない。

 王家が八州とのつながりを強める為にオルコット家との縁組を画策するには十分過ぎる理由がある。


 経済は貨幣経済。

 四つの国全てがユスカド金貨による金貨本位の固定相場制度を敷いている。

 ユスカド王国で取れる金は豊富で純度が高く、銀、銅なども豊富で質が高い。従って周辺諸国の基軸通貨としても使用されている場合がある。

 単位はブランと枚数。

 一ブランは金貨一枚、銀貨百枚、銅貨一万枚。

 主に使われているのは金以上に豊富に産出する銀貨と銅貨で、銅貨一枚で一食分がそろう。

 内容を聞いて見ると盛り沢山の洋風定食だ。

 ファミレスの格安ランチや、期間限定の格安バイキングを思い浮かべればいいと思う。

 銀貨も銅貨も補助貨幣では無い。

 例えば昼食を取ろうとして値段を聞けば、一銅枚ブランだねと答えられる。

 その日暮らしなら宿を取っても一日一人銅貨十枚あれば十分で、野宿なら三枚、小食なら一枚でも事足りる。

 大きな取引には一ブラン金貨百枚分と一万枚分の重さの延べ板が使われる。

 当然、日常生活ではそのままでは使えないため、両替所が国家単位で運営されている。


 なかなかにシンプルじゃないか。

 悪徳両替商などがいて「へっへっへ、お代官様」などと言う事はないらしいからな。

 四ケ国とも特色はあるものの総じて豊かで侵犯騒ぎも無い。

 王家を中心によくまとまり、農政も上手くいっているらしい。

 過分な蓄財は戒められ、返納義務や公共投資、寄付も課されている。

 返納や寄付の多寡によって受けられる公共サービスが変動する事は無いが、名誉は残り、家名は建築物や歴史に刻まれる事となる。

 国民の多くは、皮が残らずとも名が残るこの制度を誇りにしており、勤労意欲は旺盛だという。

 州や国への帰属意識は高く、一定の目的に沿って州の財産への寄与を果たそうとする人たちの集まりと受け取れ、会社国家連合、財団国家連合と呼んでも差し支え無いように思う。


 食べ物に関しても固定相場制で、不作だからと言って青天井に値段が吊り上る事も無い。

 オルコット家の牧草地を見ても豊かさは分かったが、オルコット家に限った話ではないということだ。

 で、有力商人なんかがいるのかと思ったら、ほぼ国営(州営)で、行商などもあまり居ないらしい。

 そんなわけで、税、税というよりは運営費用だが、これらは州令がまとめて払う事になる。

 じゃあいっそ配給制度にして計画経済やればいいじゃないかと思う所だが、それでは向上心が養われないと教典に書かれているとか。

 こんな所でも神殿は活躍する。


 例外は酒場、公衆浴場、劇場、宿屋、娼館だけで、これらは税が絡むと共に規則も厳しいが、基本的に貴族も官僚も一般労働階級も、礼を尽くす事なくのびのび出来る無礼講、癒しの空間だそうだ。

 共通する点は料理を出す事。公衆浴場には二階以上に食堂があり、酒場、劇場、宿屋には一階(大きな所では二階にも)、娼館では各階に舞台があり、テーブル席ではテーブルチャージと共に料理を注文する事になっている。


 不審者がいれば即通報されるので治安も良好。

 常備兵である州兵は警察機構を兼ね備えている。

 少し退屈だし窮屈なんじゃないかと思ったが、僕みたいにふいに現れる異世界住人や、怪物退治などは行われているようで、戯曲家や詩人の脚色した歌舞音曲の類はもてはやされて盛況。


 旅の一座もいくつもあるようだ。

 ジプシーみたいだが彼らはいずれかの国に所属しており、まるっきりの根無し草という訳ではない。時には所属する国に情報を届けたりもする。

 一種の諜報機関でもありそうだ。


 では、そんなに治安の良いはずの国で、今僕の周辺にある物々しさはなんだろうかと思ったら、「類は友を呼ぶ」んだそうで、怪物が一体出たら、必ず三十体はいると思って間違いないそうだ。

 ちなみにこの世界にもゴキブリらしきものがいるという話だ。

 まあ、いるよな。

 で、僕が移動する道中は、もしかしたらそういう怪物が寄ってくる可能性があるので、念の為にという事だ。


 何か釈然としない思いがよぎるんだが、それで余計な心配を住民の皆さんが抱かないようならそれで良しとする。


 住民と言えば、この島に先住民はいなかったのかと尋ねたら、王国が植民する以前は王国からの漂着民の子孫がわずかにいただけで他に人間らしい者はおらず、衝突も無く移住は進められたそうだ。


 問題は周辺諸国と言われる小国と、海賊まがいの北方諸国で、周辺諸国の多くは砂漠に阻まれて往来は少ないし侵攻の恐れは皆無。

 空白地はもれなく王家の分家か、貴族の分家が一代限りの辺境候として赴任しており、総称して余州とよばれて王国直轄領であり、警備は強固にされている。

 陸地に関しては今の所は盤石だそうだ。


 一方、北方諸国は「精強な海軍」を保有し略奪行為を行うため、警戒は怠れない。

 対話の余地が無い「荒くれ集団」だということだ。どんな特徴なのか聞くと、「見ればわかる」との事だった。

 そのうち見る機会があるんだろうか。

「王国に連なる者は…」とアンナさんが言っていた、王国に連なる者の特徴とは違うのだろう。


 そこまで聞いて、ふとサリナさんと目があった。瞳が赤い。見事な銀髪と赤い虹彩。


「ん?あたしは北方集団とは違うぞ。銀髪紅眼灰肌は五千人に一人は生まれてくることが戸籍でわかってる。

 生まれながらに神殿に選ばれし者だのなんだのと言われて幼学舎も親から離されて神殿から通うんだ。ま、飯の心配は無いし、好きな事はやらせてもらえるし一般官僚になるよりはずっと気楽だ。

 家人になったらもっと大変だからな。給料はいいらしいがその分働きは厳しい。自由サイコー」


 サリナさんの親って何やってる人?


「あたしの親?ああ、官僚やってた。元地方農業執政官で、母は専業主婦。母はアンナの母親の姉だから、あの姉妹とあたしはいとこ同士さ」


 なるほど!付き合いが長いのはそういう事か。


「あたしん家は出来のいい兄貴も姉貴もいるから問題無し。

 あそこん家は女ばっかりで三女のエリザベスは病弱、四女は破天荒で、長女はそこそこ優秀だが嫁入り先が決まってる。

 継ぐのは抜群に優秀な次女のルイザだな。今、督学舎で必死に勉強中だろうよ。

 オマエがいたのは私邸。ルイザは中央執政市のオルコット卿公邸から通ってるんで会わなかっただろ?」


 確かに。そういえば女主人はアンナさんらしくてお母さんにも会ってないな。公邸とやらにいるのかな。


 「フローラ叔母様か…残念だが、もうあきらめた方がいいと思うんだが…」


 ふっとサリナさんが溜息をつく。


 「叔母様は行方不明なんだ…アバが三才の頃、行方不明になってそれっきりだ。九年経った今でもオルコット卿は侍従長に命じて探させてる。

 アバが学校を休むのも、行方不明になったと言われる丘に行くのが目的だからな。そう、オマエが拾われたあそこだ。

 オマエ、元の場所に戻りたいだろ?あの丘に行きたいはずだ。あたしん所の猫も最初はそうだった。

 でも行ったって何かが起きるワケじゃあない。神殿だって散々検証したんだ。火を焚いてみたり水を流してみたり…」


 オルコット家にそんな悲劇が。


 「あきらめろ。それがオマエのためだ」


 また床に手を着きそうな気分になったが、気になる事が聞こえた。ちょっと待て。


 アバ…アベイユが三才の頃から九年経過ってことは、アベイユは十二才?


 どうみても七・八才、贔屓目に見て十才ぐらいかと思ってた。

 そういえばオルコット家の人達も皆小柄だ。一番背が高いと思われるアンナさんでさえ百五十五センチぐらいだった。

 目の前のサリナさんも百五十センチあるかないかぐらいだ。どういう性徴過程を踏むのかわからんな。


 僕の妹は発育だけは良かったし、上級生からの交際申込みがひっきりなしだったと聞いている。外ヅラも見掛けもいいが内面はアレなんで片っ端からやんわり断っていたようだが。


「あ、そうそう、オマエ、神殿はそんな堅苦しい場所じゃないから安心しろ。

 神官同志で結婚したり、嫁や婿を迎えて子孫を残すのは自由だ。

 オマエは神殿に住むことになるが、結婚した神官なんかは門前街で睦まじく暮らして通いで神殿に来てたりする。

 オマエの場合は特別だから司祭のジジイ以上の待遇を受けるよ。アイツは妻を娶らんし、娼館通いをするような…まあ理由はあるんだが、とにかくオマエのやりたいようにやればいい。雑務はあるけどな。

 結婚式だの葬式だの、名付けだのは他の神官や祇官がやるし、部署がハッキリしてるからわかりやすいと思う。あたしは一応、図書寮所属になってるけど、オマエ付きになる事が決まったから当面は寝食一緒だ。

 アンナが供出したイレーヌとエレノア、男達四人はオマエの側用人として控室と待機室に侍る事になるし、神殿側からも有能な神官を八人選んできた。

 あたしも含めて十五人がオマエの下僕だ。あ、猫も入れれば十五人と一匹だな。あいつはお前に興味を持ってる。色々と聞きたいらしいから、たまには相手をしてやってくれ」


 妹が小学校の時ってどんなだっけ?もっと大人びた印象があったよな。中身はアレだけど。

 僕が大学受験の時に確かもう下着は大人向けだったような気がする。中身はアレだけど。

 中身はアレだけど。中身はアレだけど。中身はアレだけど。中身は…。


 「おい、オマエ、聞いてんのか?」



 聞いてます聞いてます。ちょっと昔を思い出して錯乱しかけただけです。はい。

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