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A06

 日の出と共に多くの人達が動き始める気配を感じる。


 そういえば柱時計も据え置き時計も見た事が無い。部屋の備品にもそれらしいものは無かった。

 そして柏手を打つ音。

 窓を覗くと何人かの使用人と思われる人達が東に向かって手を合わせている。

 男性も女性もいる。この邸に来てから初めて男性を見た。

 二礼二柏手一礼。神社の参拝などでは礼儀として本殿、日常では神棚の御神体に向かって柏手を打つのだが、ここでは毎日、日の出に向かって打つのが様式のようだ。

 日本でもたまにそういう人がいるが。


 しばらくして客室から音が聞こえはじめ、朝食の準備が進められている事がわかる。

 この声はイレーヌさんとエレノアさん、それにメアリー女中頭だろう。

 あ、家人とか側用人と言ってたから側用人頭かな。

 他何人かいるようだ。

 たまに「入ってはなりません」とエレノアさんの声が聞こえるから、またアベイユがちょっかいを出してきているのだろうと想像した。


 朝食は麦ではない穀類らしきものの粥と、絞りたてのミックスジュース、それに羊のチーズとシンプルなものだ。あっと言う間に平らげると、そういえば昨日から歯を磨いてない事を思い出して寝室に戻り、ショルダーバッグから携帯用洗面道具類を出した。


 寝室に声が掛かった。


「お声を掛ける事をお許し下さい。高貴な方、入ってもよろしいでしょうか」


 イレーヌさんだ。


「どうぞ」


 というと、昨日の二つの衣装とはまた違う、膝まである茶色いなめし皮のブーツに白いズボンのような物を履き、皮手袋を付けた手から肘まで届く金属製の手甲、胸を釣り上げるように巻かれた薄緑色の一枚布の上にはなめし皮の胸当て、背中には白いマントを羽織り、両腰には七十センチほどの剣らしきものが一本ずつ差されていた。レイピアだろうか。

 刀身は細い。

 エレノアさんも同様だ。

 なんだか物々しい。


「私共もお供を致します故、このような装束で失礼致します」

「名乗りを上げる事をお許し下さい。エレノア・ノーズテルでございます」


 二人とも昨夜のイレーヌさんと同様、寝室に入ってくるなり左膝を床に着け、右手を胸に置き挨拶をした。

 騎士位階があるのかどうかはわからないが、礼儀正しい挨拶の仕方なのだろう。

 昨日とは違い、物腰柔らかというよりは武人そのものだ。

 どうにも人に傅かれる事に慣れていない僕は、立つように促した。


「お支度はお済みのようですね」

「間もなく使者の方がお見えになります。窓の外をご覧になりますか?」


 エレノアさんに促されて窓に近づいた。二人とも僕の二歩ぐらい後からついてくる。


 馬車?

 門の方から何か近づいてくる。馬の動きじゃない。馬の輪郭じゃない。。

 鳥だ。

 二足歩行で申し訳程度の両翼、体表は薄茶色の羽で覆われていて鷲のような短い嘴がある。

 そんな鳥が六羽立てで黒い部屋付きの荷車を曳いている。

 馭者はおかっぱ頭の男性二名。どちらもイレーヌさんやエレノアさんと同じような服装だがマントは灰色だ。


「お声を掛ける事をお許し下さい」


 寝室入口から声が掛かった。昨日は見かけなかった女中さんだ。イレーヌさん達より少し年上だろうか。


「ご使者が到着なさいました。玄関へお回り下さい」

 僕がイレーヌさんの顔を見ると、深く頷いたので、歩き出す。

 女中さんの後ろには短髪の男性が四人立っていた。

 背は一六五センチぐらいだ。性差があるのか、男女でやはり差異があるようだ。

 武装も左腰か右腰にやや幅広の剣らしきものを差し、反対側には何に使うのか分からないホルダーが付けられている。


「お荷物はこちらの者達がお運び致します」


 四人共ザッと音を立てながらまた例のポーズ。どうにも慣れない。


「よろしくお願いします」


 と僕が声を掛けると、四人同時に


「はっ畏まりました」


 と歯切れの良い返事が帰ってきた。四人とも例の騎士風装束なので気圧されてしまう。


「こちらへ」


 名前が分からない女中さんが先導し、僕が続く。

 やはり二歩程遅れて二人が続く。

 女中さんが四人の間を通って行くのでそれに倣って通り過ぎる。

 振り返るのも怖いのでそのまま歩いて客室を出ると、またザッと音がして男性四人が動き始めたようだ。


 玄関ホールに着くとアンナさんが待っていた。ゆっくりと優雅に一礼する。


「昨夜はよくお休みになられましたか?」

「ええ、とても」


 僕はちょっと睨みつつ返事をした。眠れるワケないだろおお。


「それはようございました。当家としても高貴な方をおもてなし出来た事を栄誉に思っております」


 アンナさんはしれっと笑顔で受け答えする。でも目が笑ってないぞ。


 玄関の両扉が内側から女中さん達の手によって開けられた。

 ああ、そういう仕組みだったんだね。玄関には玄関扉を開ける係がいたワケね。


 玄関まで歩くと、正面には例の鳥車?が止まっており、荷車の扉が開いていた。荷車の後にも座る所があり、恐らく座って来たのであろう人が向かって右に二人、向かって左には先ほど見た馭者の二人が例のポーズで向かい合って座っている。やっぱりホルダーがついており、武装は剣ではない。棘の付いていないモーニングスターのような打撃武器。

 玄関ポーチの一段目にもう一人、小柄な女性が目に入った。見事な銀髪を三つ編みにしている。金のボールが付いた錫杖のような杖を目の前に置き、灰色だが光沢のあるフード付きのローブを身に付け、例のポーズでこちらを向いて座っている。髪が地面スレスレだ。


 気配を察したのか、顔を下に向けたまま口上を切った。


「アンナ様、御無沙汰いたしております。カルパス司祭より命を受け、猊下をお迎えに参上いたしましたサリナ・ヘカットにございます」

「まあ、貴女が神殿から出るなんて珍しいわ。司祭さまは息災ですの?」

「何事も無く。猊下を自らお迎えしたいとダダをこねられて殿中では『縛りますよ』と脅しを掛けております。腰もお悪いというのにまったくあの不良司祭ときたら…失礼いたしました」

「ほほほ、相変わらずお元気そうね。高貴な方に御挨拶を」


「お初にお目に掛かります。第三十八分院図書寮所属、サリナ・ヘカットと申します。これより猊下を神殿第三十八分院へお連れし、お目通りかなった只今を以て猊下の側付きとなるよう命を受けて参りました。これよりは私になんなりとお申し付け下さいませ」


 猊下?猊下だって?聖職者になった覚えは一度もないんだが。

 側付きって何だ。

 もう神殿で生活するのが前提になってやしないか?

 当面は仕方無いとしても、いずれは元の世界に帰るんだ。望みを捨てたら何事も成就しない。

 いつまでもいる訳じゃないのに召使もどきなんて要らない。


 荷物は別の鳥車に積まれた。こちらは白い幌付き四羽立てだ。

 別の出口から運び出したらしい。

 男性達は馭者役と警戒役として乗り込んだ。

 サリナさんに促されるままにちょっと豪華な鳥車に乗り込むと、進行方向を向いて座らされた。


「ではアンナ様、幾久しく」

「ええ、道中の無事をお祈りしてますわ。高貴な方もお元気で」

「お世話になりました」


 僕は優雅なお辞儀に見送られて鳥車に揺られる事になった。


 門の前に盾を持ち、鳥にまたがり、灰色のマントを身に付けた男女が二人ずつ。自らも盾を左右どちらかの脇に抱えるように身に付けている。

 ホルダーの使い方がわかった。騎乗の際の盾用ホルダーだったのだ。

 盾の構造もなんとなく想像出来た。


 門の両脇には、昨日はいなかった番兵らしき人達が立っていた。


 先頭に男性二人、次に僕とサリナさんが乗った部屋付き荷車が続き、女性が二人、僕の荷物を積んだ幌付き荷車、最後がイレーヌさんとエレノアさんのコンビという、ミニキャラバンのような、しかし物々しい隊列でオルコット家を後にした。


 向い合せにサリナさん。気まずい…


「…い、いいお天気ですね…」


「猊下がお健やかでなによりです。今日と言う日が『おひさま』の御照覧ある晴れ晴れとした天候である事は誠に喜ばしき………ってやってらんねーわ!」



「…は?」

「大体あたしは本に埋もれて生活してんのが一番の幸せだっつーの!なんでどこの誰だかわからん得体の知れない神姿のお守りなんぞしなきゃならんのだ!アンナもアンナだ!わざわざあたしを指名して迎えに来させるなんて嫌がらせにもほどがある!あいつの性格は一生変わらんんんんんん!」


 サリナさんは激昂しながら一気に捲し立てた。過去に何があったんだろうか。


「いいか?オマエがどこの誰かなんてあたしには一切関係ない。

 お役目だから仕方なくお付き合いだ。床も一緒にしろと言えばしてやる。

 どうせオマエなんかジジイがこっそり娼館通いをするための目晦ましに使われるだけだ。

 オマエみたいな看板がいりゃジジイめ好き勝手出来るからな。雑務もきっとやらされる。

 あたしも付き合わされる事になるとは思うけど、自分のやりたい事はきっちりやらせてもらうからな!」


 ええと…つまりどういう事?


「オマエ何にも知らなくてココに来たんだろ?」

「まあ…」

「そういうヤツは大抵神殿に持って来られる。八州ん中じゃ第三十八分院が一番権威があるから島中からやってくる」


 ほほう、他にも僕のような境遇の人間がいると言う事か?「持って」ってのが気になる。


「ま、人らしいのはオマエが初めてだけどな」


 思わず両手を地面に付きたくなった。ってより、ここって島だったんだ。


「幸いオマエは言葉が通じるようだ。大抵は獰猛な獣だったり、わけわからん彫像だったりするんで討伐対象になったり破壊対象になったりするんだ」


 物騒だな。


「オマエは神姿だからそうはならなかった。民にも畏怖対象だ。覚えがあるだろ?オマエの姿を見ただけでみんな平伏したはずだ」


 ああ、羊舎の人達とか女中頭のメアリーさんとか。他の女中さん達は恐れて出て来なかったってワケだ。


「事情は色々聞いてる。

 イレーヌに断り入れたんだって?ありゃ昔からプライドが高いから、女の意地を見せて来るよ。『是が非でも子種を』とかなんとか言って。お役目だけじゃなくてオマエを気に入ったんだ。エレノアもそうさ。だから貴重な腹心を二人もオマエの為にアンナは差し出した。

 アンナは嫌がる部下に無理強いするような女じゃない。嫌がらせするなら思いっきりやる。今回のあたしみたいにね!」


 アンナさん、いいとこあるじゃん。でも情報早過ぎないか?


「不思議そうな顔してるな。

 オマエの事は多分、もう島中の貴族と司祭は知ってる。

 王国にも連絡が行ったかも知れない。王族や貴族、それと神殿は通信機があるから、非常事態の情報だけはすぐにわかるのさ。

 おかげでこっちは夜中に叩き起こされて寝不足だよ」


 そりゃ済まん事で。


「まあ、そりゃ仕方ないとして、オマエの仲間がいるよ」


 えっ?同じ境遇の人がいるって事かな?


「神姿じゃないけどな。正確に言うと人でも無い。猫だ」


 ね、猫?


「ただし喋る」


 …はぁぁぁぁ?


「そういうヤツはたまにいるんだ。で、そのうちの一匹が今、あたしの所にいる」


 つまり?


「あたしはそういうヤツのお守り役を押しつけられてる訳だ。ま、アイツは使えるからいい」


 なかなかシビアな仕事人だな、この人。


「オマエと一緒で四女に見つけられて連れて来られた。同類だな」


 オルコット家って四人姉妹?他にも兄弟いるの?


「アバは時々不思議なモノを拾って来る。液体だったり道具だったり」


 そうか、アンナさんもアベイユも、こういう事態には慣れているワケだ。

 だから落ち着いて対処できた。なによりアンナさんは本当に女主人としてよくやってるんだと思う。

 僕が神姿とやらだからといってひるんだりしない。

 父親の留守を預かり、領民に余計な心配を掛けないために毅然と振る舞っていた。

 もう立派な君主補佐だ。


「動物とすぐに仲良くなる。だがアンナはそんな事に一切触れなかっただろ?情報統制もお手の物だ。アンナはあれでもアバの理解者だ。勘違いするなよ?あの女はアバ以上のお転婆だ」


 どういうエピソードがあるのか知りたいな。


「おいおい話してやるよ。付き合いが長いからあの女については良く知ってる」


 道中はアンナさん他オルコット家の人々、この国の成り立ちなどを色々とサリナさんに聞かせてもらった。


 大した女優だよ、アンナさん。


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