第一部第七話 登場 又は 再会
なんか、文章が冗長な気がするんですが…どうでしょ?
<2015年4月 東京都文京区内 某公立高校>
始業式の翌日、アイツら三人はきちんと朝から登校してきた。
教室は進級に伴うクラス替えを反映してか、昨日からの喧騒を引き摺っている。
いや、喧騒の原因はそればかりではない。
なんでも早朝出勤した教員が発見したそうだが、校門の一面にビッシリと、ある写真を拡大印刷したA4紙が貼り付けられていたそうだ。
今年度から三年生に進級した不良たちが、下半身を剥き出しにした顔付きの写真だったそうだ。
校門前の写真は教員が全て回収したので、本来ならば登校前の生徒たちが知る由も無かったのだが…。
彼らは徹底していた。
校門に注意を引き付け、これで全てであろうと思わせておいての不意討ちだ。
実際は校舎内、教室・事務室、玄関、食堂に至るまで、無数の場所に隠され貼られていたのだ。
今では宝探しのように全校生徒の噂に上っている。
おそらく昨日の惨状を考えれば、翌日すぐに登校できた先輩方はいるまい。
今日の内に、先輩方の耳には入るだろう。
それでも尚、今回の一件にめげずに卒業を目指して頂きたいものだ、と思う。
……なんで、私の机の中にまで入ってるのよっ!!?
学年で一二を争う有名優等生の少女が、声にならない怒りを吐き出す。
少女の名前は、北條 舞。
同じく同学年で最も有名であろうと思われる、悪童三人組の幼馴染みである。
その三人組と言えば、なんの因果か、昨年度に引き続き四人揃って同じクラスである。
自分は別にしても、この三人を揃って一つのクラスに編成するとは、教員方の常識を疑うところである。
昨日の始業式前に、新たに学年主任となった日下部先生と保険医の高橋先生からは、頼むぞ、と直々に何事かを頼まれた。
…甚だ心外である、という心境だ。
教室内の最前列窓際には、サダ君 本木貞雄君が陣取っている。
朝からずっと立つこともなく、ノートPCを弄っている。
あの位置はコンセントが一番近いのだろうと思うが、黒板に掲示された席割りでは違う男子が座る筈だ。
声を掛けるべきか、それとも本来のサダ君の席に着くべきか、なんとも決めかねた雰囲気で立ち竦んでいるクラスメイトを見ると哀愁を誘う。
右斜め前方では、タツ君 山下達也君が忙しなく動いている。
昨年度まで使用していた教室のロッカーに保管していた筋トレグッズを運び入れ、つい先ほどこの教室に落ち着いた様子だ。
各種用品が所狭しと机上に並べられ、どこから手に入れたものか、布巾を片手に次々とダンベルなどを拭き上げている。
あろうことか、真後ろの男子の机上まで占拠した挙げ句にその男子にまで手伝わせて余念の無い姿には感嘆の念を禁じ得ない。
そして左斜め後方には、ヤツが座っている。
ヤツの名前は、カズキ 安藤和樹だ。
これは酷い…、と言わざるを得ない。
カズキはと言えば、足を組み、黙って文庫の類をずっと読み耽っている様子だ。
別に誰かを威嚇しているわけでも、恫喝しているでもない、静かに読書を続けている。
しかし、酷い。
およそ半径1m以内に近寄るものはなく、最寄りは右斜め前方に座る私が一人ポツンと座っているきりだ。
しきりにミクちゃんや女子の皆が向こうから手招きしているが私は動くつもりはない。
男子たちに至っては、まるで教室の左隅が目に入らないかのように振る舞っている。
…情けないな、このクラスの男たちは、と憤りを覚える。
………ガラガラッ!
教室前方の扉が開き、学年主任でありクラス担任ともなった日下部先生が入室された。
生徒たちは、楽しげに、或いは、哀しげに着席した。
先生はサッと教室を見渡し、溜め息を押し殺しながらホームルームの音頭をとり始めた。
「…であるからして、不審な置物や掲示物を発見した際には、それを検めるようなことはせず、速やかに先生たちに知らせるように」
言い終わらぬうちに、女子からは忍び笑いが、男子たちからは乾いた笑い声が漏れる。
クラス担任からの幾つかの伝達事項も残り僅か、ホームルーム終了まで時間も迫って来た為に、教員は駆け足気味に続ける。
「あー、続いて、この春休み期間中に、夜間敷地内で不審者が目撃されている。屋上や体育館脇で、煙草でも吸っているのか、近隣住民の皆様から連絡があった。春休み前からも目撃されてたという話も聞くが、深夜に校内に侵入しようなんていう者はこの場にはいないと信じているので……」
ここでも教室内で笑いが聞こえた。
「ほらほらー、笑い事じゃないぞー」と、笑いながら生徒を窘める教員も如何なものか。
「えー、最後に」と、教員が一呼吸を置いて続ける。
「最近、我が校だけでなく、文京区内の中高生の家出騒ぎが続いてる。昔っからある話かもしれんが、そんな事を考える前に、先生や親御さん、友達に、悩み事があれば相談するように。誰にもなにも言わずに、消えてしまったら…」
「それアレじゃね!?あの女が言ってたっ!?なぁ、和樹っ!?」
「………違うから、静かに聞いてなさい……」
おもむろに反応を示した達也に、和樹は淡々とした顔付きで諭し、教壇に立つ教員に向かって手振りで続きを促す。
「あー、だから、黙っていなくなったら先生たちも助けてやれないから、その前に…
「あっヤベッ!?幹事クンってどうしたっけ、和樹!?」
「いいからっ!黙ってろっての!!」
「…プッ、やめてよ!」
笑ったのは教室中央に位置取る優等生だけである。
「あー、山下よ?なにか思い当たることでもあるのか?」
「いえっ!全然っす!さっぱりわかんねっす!」
「そ、そうか?先生にはそうは聞こえなかったんだがな…」
「大丈夫っす!全然問題ないっす!」
達也の全く気持ちの籠っていない答えに、教員は溜め息をつきながらホームルームを締めに入る。
…あのバカが、デカイ声で騒ぎやがって…と心中で呆れている和樹。
…まぁ、こんなモン読んでる俺もどうかしてるか…、と一人ごちる。
手に取っているのは、一昨日に書店で購入した新書である。
タイトルは、吸血鬼伝承 その民俗学 である。
何事も理詰めで考える和樹が、思い余って自らの疑問を解決する一助となれば、と意を決して購入した一品である。
読んでみるとこれが、また面白いのだ。
あくまで吸血鬼という存在を架空のものとして捉えながらも、何百年も前からその形態を変えずに語られ続けてきた、一種の恐怖を象徴したモニュメントとして、民俗学を切り口にその存在を考察している。
他愛もない都市伝説から、実際の歴史上の出来事をも絡めて、吸血鬼という存在を体系的に認識していくことで、その成り立ちまでも言及している。
一説には、古代エジプトにまでその伝承の起源を遡ると言うらしい。
しかし、とりわけ和樹の目を引いたのは、次の一節だ。
「吸血鬼の普遍的な特徴として挙げられるのは、日光に弱い、という点である。そもそも十字架や聖水といったものは、中世期にキリスト教が広く欧州に伝わったことから産まれた、いわば後付けの…」云々のくだりである。
……なるほどね、まぁやっぱり日光は基本だよな。
和樹は一人納得しながら、何度もその一節を読み返していた。
…やっぱりだ…持つべきものはネットだよな…
貞雄は久し振りにクリックとタイプを止め、顔を上げた。
先ほど教員が興味深いことを言っていた。
…黙っていなくなる…ね…あり得る話だわ、この分布は異常じゃね?
貞雄は自作の都内地図を形作ったファイルを眺めながら、思考に埋没していく。
一週間ほど前から、正確には、クレナイ事件の翌日から調べ始めた内容を一つのデーターに落とし込んだのだ。
行方不明者ならびに、身元不明の死体の発見の都内分布図である。
この図を作成する為に、自分がつねに参加しているネットフォーラムの他、有象無象のネット掲示板やら、挙げ句に父親が出入りしている医師会からも情報を収集していた。
とは言え、この大都会東京では、失踪届けや無縁仏など星の数ほどある。
そこで対象者を年齢別に検索して、初めて分かったことがある。
厳密に言うと、十代から二十代の、失踪届けを出された後に、病気か事故死体で見つかって遺族が確認できた案件の検索である。
圧倒的に、文京区と豊島区が多いのだ。
しかも、同条件で過去三ヶ年を洗い出したが、昨年の春から急増していることが分かった。
…コイツはもしかして…もしかすんのかよマジで…
貞雄は自分の調査結果に戸惑っていた。
…まさか、とは思う。
今だって、吸血鬼云々など信じてはいない。
しかしもしあの女の言っていたことが真実で、自分たちが知らなかっただけ、という非情な現実があるのだとしたら……
…辻褄は合うのだ、この街に、吸血鬼がいると考えれば…
なにか様子がおかしい…、と舞は睨んでいる。
特に和樹だ。
いつも気難しい顔をしているが、今朝のような、まるで寄らば斬ると言わんばかりの雰囲気を発することなどそうはなかった。
昨日言ってた、クレナイ事件?が関係あるんだ…、とも思う。
残念ながら、あの後に何度聞き返しても何も教えてくれなかった。
タツ君はなんて言ったんだっけ…なにかが斬られて、灰に?……
……意味が解らない。
後でもう一回、今度はサダ君に聞いてみよう、と意気込む。
なんだかんだでサダ君は甘いからな、きっと教えてくれるし、と随分と楽観的に考えている舞であった。
……あ~、ダルいなぁ、今日は体育無いのかよ……
黒板横に掲示された時間割表に目を遣りながら、達也は溜め息をつく。
ホームルーム中には、和樹に怒られてしまった。
どうにも昔から、思ったことをすぐ口に出しては和樹や貞雄に怒られている気がする。
しかし、一つだけ。
最近はこればっかりを考え思っているが、口には出していない。
……あのタカシ君みたいな化け物、他にいねぇんかな…
自分と相手がいて、イッセーノで比べた時に、とちらが強いのか。
最近はそればかりを考えている。
タカシ君は空を飛んだように見えた。
だからどうした。
足首引っ掴んで、引き摺り下ろしてやる……
タカシ君の両手の爪は鋭く尖って見えた。
だからどうした。
根こそぎ生爪掴んで、肉ごと削いでやる……
和樹や貞雄には頭の回転では劣ることは自覚しているが、その腕っぷしと獰猛さには誰にも引けを取らない男は、ひたすらにその暴力じみた本能をひた隠していた。
「ホームルームは以上っ!次は英語か…お前らツイてるぞぉ。たぶんお前らが最初に見るんじゃないか?…」
そう言ってクラス担任は意味深な顔をして教室を出ていった。
一瞬、教室内にざわめきが戻ったが、すぐに一限の予鈴が鳴った。
英語教員の若い男性教諭が、なにが嬉しいのか、普段見せないような笑顔で教室に入ってきた。
「はい。おはよう!昨年に引き続き、よろしくお願いします。仲本です。」
教員が簡単な自己紹介を終えて、教室内を見渡す。
「はい!注目!」
若い教員が精一杯の声を張り上げて注目を集める。
「今年から一年間、英語の授業のサポートとして、海外からの講師が入ります。昨日の始業式では都合がつかなくて紹介出来なかったんだ。たぶんみんなが初めて見る生徒じゃないかな?」
「Ms.Freeman. Please come in !」
教員のややズレたイントネーションの掛け声を聞いて、教室の扉が開く。
どよめく教室。
「すごーい!チョー美人!」「マジで!超ヤバいじゃん!」
「うおーっ!色々教えてくれーっ!!」
金髪碧眼の、美しい白人女性が入ってきた。
「コンニチハ。アンナ=フリーマン デス」
きちんとしたお辞儀をしてみせ、上げた顔にはとても穏やかそうな柔和な笑みを浮かべている。
「「「あっ!!アンナちゃんだっ!!??」」」
舞たちの声が弾けたと同時に、
……ガタガタンッ……
……ドゴン、ゴロンゴロッゴロッ……
貞雄は急に腰を浮かせ前を見詰めている。
達也はダンベルをその手から滑り落とし、呆けている。
……パタム…………
和樹は静かに本を閉じ、その目に暗い炎を灯した。
『………d damn it!』
呆気に取られた男性教諭の傍らで、真顔に戻った女性から聞こえた何事かは空耳だと思われる。