第一部第四話 圧倒 又は 怪異
読みやすい文章って、どうしたら出来るのでしょう?
<2015年3月下旬 東京 池袋 Bar紅>
やると言うからにはやるのだろう。
和樹の宣言に合わせて、貞雄と達也の二人はすんでの所で自らの身体が動くのを制した格好をしている。
クソッ!本気かよ和樹!?脅かすってレベルじゃねぇぞ!!
貞雄は心中で叫びながらも、その後に予想される惨状に嘆息し、思わず視線を外してしまった。
あーあ…キレちゃったよ和樹…どうすんだべ。
まぁ…よく解んねぇけど、この女が悪いんだろ…。
既に彼の中では、我が友の敵は我が敵、敵性の存在が心強い仲間に粉砕される様を想像して、思わず顔を綻ばせてしまい、自然と顔を俯けた。
僅か数秒の交錯だった。
左脚を俊敏に踏み出し、腰を入れた右ローを繰り出した和樹。
これまでも、街場のヤンキー程度ならばこのローキック一発で打ち崩してきたのだ。
対する女は間合いを見切るかのように僅かに後退さる。
しかし、もう壁際まで1mもなく、ほぼ店の出入口を背負った形だ。
外された勢いそのままの右ローを軸足に、左後廻し蹴りを女の左側頭部に浴びせるように見舞う。
ッガインッ!!!
女は左手に握っていた革ケースを軽く持ち上げ、右手を添えてケースで受け止めた音だ。
女はほんの僅かに、右脚を後ろに下げ、身体を強張らせた。
瞬間、和樹は咄嗟に蹴り脚を納め、僅かに距離を置き身構える。
蹴りを受けられた瞬間…イヤな予感がした…。
クソックソックソッ!なんだよ!なんなんだよこの女は!!
チキショウ!やられるかと思った…なんだよ今のプレッシャーは!
それに…あん中はなにが入ってんだ!?鉄板蹴り上げたみてぇだ!
僅かに左脚に痺れを残したまま、いよいよ頭は沸騰してきた。
激しく鉄を打つような音に気を取られ、貞雄と達也が視線を戻した時には二人は元の体勢に戻っていた。
しかし、視線は和樹から外せなくなった。
…この女………殺ってやる!!!!!
柄にもなく生の感情を周囲に無言でぶつける和樹に、二人は息を呑む。
和樹の身体が、いままさに爆発せんとしたその刹那…
女が一挙に距離を詰め、左手に握る細長のケースを和樹の右脚に向けて突き出した。
右脚にあらん限りの力を込めて、前に飛び出そうとした和樹の機先を制した格好だ。
やや身体を前傾姿勢にしていた和樹は右脚に鋭い衝撃を受け、否応なしに前方へつんのめる。
右脚を崩され左脚で身体を支えて膝立ちの姿勢の和樹は、思わず外した視線を目の前の女に戻そうとしたが。
その一瞬…
ッズガッ!!
ッガタガタガタガタゴトゴトッ!!!
女の右ミドルキックが、和樹の左側頭部にめり込み、身体ごと吹き飛ばされた和樹はカウンターチェアに衝突して動きを止めた。
貞雄と達也は呆気に取られて和樹にもたらされた惨状を眺め、そして女の挙動を見つめるしかなかった。
…なんなのよ、コイツは………。
あの、二発目の蹴りには少し驚いちゃったじゃない。
最悪…ケース傷んでないよね…。
女は目の前の三人に知れぬように動揺を押し隠して、努めて冷静で端正な顔を保っている。
…全く……手間掛けさせて…、でも、この子たちは奴らの眷族じゃなさそうね。
スレイブどもなら一人ずつ襲ってくるなんておかしいし…。
女一人だけが理解出来る理屈で、彼女自身の頭を冷やしていく。
奥に、たぶんまだもう一階下のスペースがあるのかな。
間違いない…アイツがいる、さっきから気配が漏れてきてるし…。
しかし、まだ問題は残っている。
一人は片付けたが、まだ行く手を阻む者が二人。
片方はまだ冷静さを保っている様子だが、拳を固く握り締めているのが見て取れる。
しかしもう片方に至っては、顔を真っ赤に血を昇らせ、今にも掴みかからんばかりの雰囲気だ。
…こっちの眼鏡クンは話せば解ってくれそうな感じだけど、あっちのマッチョクンは無理そうだなぁ…。
女のこの心配は、しかし杞憂である。
なぜならば、絶対に今の状況で二人が動くことはないからだ。
ヤるかヤられるか、どちら側でも後悔しない程の覚悟を持つこと。
他人の喧嘩に茶々を入れるほど無粋な真似はない。
三人が三人ともに同じ感覚を共有し、黙契とも呼べる連帯感で繋がっている。
仮に彼女が後ろを向いて扉に手を掛け、じゃあねお疲れ様、と言って出ていっても彼らは止めないだろう。
また、更に言うならば、彼女が和樹を殺めんとしたとしても、彼が絶命するその瞬間まで助けに入ることはないだろう。
むろん余人には理解の及ばない、彼らなりの美意識なのだ。
…なんかメンドくさくなってきたな……二人ともやっちゃおうかな。
どうせ起きたら全部忘れてるでしょ…、たった二人、チャッチャと………
…ガタッ……
そんな物騒な意識が、脇から聞こえた物音で中断される。
…ウソ……だ…。
…ホントに人間?一般人でしょう?割りと強めに蹴ったのに……。
和樹が、片手を倒れたチェアで支えながら立とうとしている。
いや、まだしばらくは無理か。
側頭部を蹴り抜かれ、脳が揺れている。
しかし、彼の目は今までに無いほどに力強く見開かれている。
…コイツは……危険だ………。
知れず彼女は和樹に警戒を向けた。
状況がまた動くかと思われたその時、カウンター脇の奥へと続く扉が開いた。
タカシが姿を見せた。
その眼は…赤々と光っていた。
…タカシ……君か?
見知っている二人の脳裡に浮かぶ疑問。
「誰だテメェッ!!」
貞雄がこれ以上ないほどの狼狽を見せて叫ぶ。
達也はその本能で危険な匂いを嗅いで取り、和樹を庇うようにその前に立とうと動く。
無意識の動きだろうが、喧嘩の最中に割って入る動きを示したことは只事ではない。
「貴方は…誰ですか?」
タカシの声、タカシの姿である。
ただその両の瞳だけが、妖しく赤みがかって色付いている。
その目がこの場にいる四人を見据えている。
『I was look`in for you,my same tribe…』
「え?…えっと、貴方は、僕の邪魔をするんですか?」
「探していた、と言ったのだ…」
タカシは常と変わらぬような声音だが、他の男たち三人には全く話が見えてこない。
女はと言うと、さっきまでの雰囲気が嘘のように、氷のような刃のような、尖った声音に変わった。
「いや…どうでもいいんですけど、貴方は僕と同じ匂いがしますね。…ルールには従ってもらわないと…」
「お前たちのルールなど知ったことか…。答えろ…お前を変えたマスターは何処にいる?」
ピクッとタカシの身体が僅かに震えた。
「参ったな…誰にも僕の目が通じない…まだまだ力不足か…」
いよいよ意味の通じない呟きがタカシの口から漏れる。
そして次に放った言葉は、
「コイツラハボクノエサダ」
腕自慢の男たち三人の背筋をゾッとさせるような、闇の奥深くから響くようにくぐもって彼らの耳に聞こえた。
次の瞬間、この瞬間から僅か数秒の内に目の前で起きた現象を、悪童たち三人は生涯忘れることはないだろう。
タカシが重力を無視するかの如く、両の脚で床を踏み切り身体を斜めに滑らせるように両腕を前に突き出しながら、女へと素早く飛び掛かった。
和樹は、僅かの内に回復した意識と余力を投入し、傍らに転がるチェアをひっ掴み、横投げに勢い良く投げつけた…女へと向かって。
達也は、その怪力を活かして自らの背後にあった、ボックスシート用の大型のローテーブルを持ち上げ、天板を前に向けて突進した。
タカシと女の両方を壁際まで力任せに押しやろうという意図だ。
貞雄の意志はこの期に及んで、はっきりと見極めていた。
自分たちにとって危険なのはこの女ではなく、この赤い目の男だと。
素早く腰ベルトから携帯している特殊警棒を抜き放ち、タカシの姿をした赤い目の男へ振りかぶった。
「ギィーーーーーーーーーッッッッ!!!」
「ゥラァァァァッッ!!!」
「ガァァァァァーーーー!!!」
「ッッチィッッ!!!」
四人の気合の乗った叫びが、空間で交錯した。
そして、この場の過半数にとって不本意な決着を一人の女がつけた。
自分を庇うかのように、右斜め前から間合いに侵入してきた貞雄を相応に加減した前蹴りで弾き出す。
その間に左手をケースの先端へ滑らせ、ジッパーを開く。
身体を半身にしてタカシを無視したまま、寄せてくる達也を睨みながら右手をケースの中へと差し込む。
一気に抜き放つ。
剣だ。
日本刀ではない、両刃の、漫画や映画の世界でお目にかかるような、細身だがやや肉厚の、無骨に鈍く光りを放つ、剣だ。
右手一本で下段から逆袈裟に切り上げられたそれは、達也が咄嗟に身を引き手離したテーブルを両断した。
視界の端に飛び込んできたカウンターチェアを左手で受け止め、なお身体を微動だにさせない。
そして目の前に迫る、赤い目の男。
一歩踏み出し、振り上げていた右手を一気に降り下げる。
ッズチャァァッ!!
……ドスドスッ!
男たち三人が、今までに聞いたことの無い、身の毛もよだつような音が聞こえた。
タカシは脳天から両断され、分離した二つの肉体が地に落ちた。
…ぅ……あぁ…………マジかよ。
……あっぶねぇ……この女、俺ごと切るつもりだったんか!?
……クソッタレクソッタレクソッタレクソッタレクソッタレ!!!
「なにしてくれてんだテメェはーーーーーーッ……ガッ…ハ……」
目にした光景に激昂した和樹が女に挑みかかるが、女は逆手に握り直した剣の柄頭で和樹の顎を打ち抜く。
ついに和樹の意識が絶たれた。
「…怪我はないわね、貴方たち?」
女が棒立ちになった二人の男に声を掛ける。
「な…なんなんすか?コレは…?」
「知らない方が良いわ、間違いなくね」
達也は無言でフラフラと彼らの中央に歩み出、その場で屈みこむ。
床一面に積み重なった、灰のようなナニカを掴み、首をしきりにかしげている。
「たいした度胸ね…なにかも判らず、よく触れるものだわ」
「…タカシ君、だろ?」
「違うわ。少なくとも、貴方たちが知る意味ではね」
貞雄は傍らに倒れ込んだ和樹に目をやる。
……息はしてんな…殺されたかと思ったぜ…。
しかし生きていると分かれば薄情なものである。
そこらに散乱した椅子を立て直し、女に勧めながら、カウンターの内へと回り込む。
「まぁ…なんか飲んでってくださいよ。全部説明してもらえるとは思わないっすけどね、一杯やる程度は付き合ってくださいよ」
「本当に…たいしたものだわ貴方たち。日本の若い子たちは皆こうなのかしら」
「いやぁ、そんなことないでしょ。俺らがイレギュラーなんす。んで、どうします?」
「俺はコーラ」
「スコッチを…ロックで」
「あいよ。スコッチは…シーバスの18年か、開けていいんかな…いっか」
達也にコーラを瓶で放り投げ、自らもコーラを手にしたが、女には丁寧にグラスに注いだスコッチを供した。
女は革のケースを拾い上げ、埃をはたいて落とし、剣を納めた。
「ごっつい剣っすね?あ、乾杯?」
「なにも祝うようなことはないわ」
「いやいや、俺たちの出逢いにね」
「普段からそんな口説き方なの?目が泳いでるわよ?」
「……燃えましたよね、タカシ君?」
「そうね。死んだら燃えて灰になるのよ、アイツらは」
「…アイツらって?」
「想像に任せるわ」
「俺の想像力って貧困だからさ、解らんなぁ~。教えてよ?」
「吸血鬼みてぇだっ!?」
肝心のくだりで達也がどや顔で乱入してくる。
「黙って飲んでろっ!!」
冷静そうに思いきや、かなり血が昇っているようだ。
常にない怒鳴り声を聞いて、達也はそっぽを向いて肩を竦めながらコーラを傾け始めた。
…わかってんだよ、そんなこたぁ……。
タカシが斬られた。
それは解る。
だが、なぜ、血が出ないのだ。
なぜ、半分になったタカシだったモノが、急に燃え出したのだ。
なぜ、骨も残さず、灰と塵に変わったのだ。
それらは、さっぱり解らない。
コレではまるで……いや、そんなバカな話があるか。
「こっちのマッチョクンの言う通りよ…信じるか信じないかは貴方たち次第ね」
「…マッチョって…」
達也が床に積もっている灰を見詰めながら呟く。
「信じられるわきゃないでしょ…吸血鬼って」
「じゃあ忘れなさい…どうせ誰も信じやしないわ…」
「……どうすんだよ、店。マスターになんて言やいいんだよ」
「時間が解決するわ…今までもそうだったもの…」
それきり、貞雄も黙りこくって何事かを考え始めた。
女は返事もないままに続ける。
「この店を中心に、この半年間で十七人が突然に行方を眩まして、うち九人が死体で見つかってるわ。被害者は全て衰弱死一歩手前で外に放り出された挙げ句に、誰にも看取られることなく雨や寒さにもやられて死んでいったの。警察では不審死扱いね」
「気を付けなさい。貴方たちの友人が、隣人が、前触れもなく消えたらそれはヤツらの仕業かもしれないわ…」
一息に言い終えた女は、グラスを呷って小気味良くカウンターに音を立てて置き、立ち上がる。
「もう行くわ。いつか、また、何処かで会えるといいわね」
男たちは答えない。
女が扉を開け、振り返ることなく出ていった。
扉が閉まる音が聞こえたきり、しばらく店の内で聞こえる音はなかった。
二時間後に、この有り様を見たマスターが怒鳴り出すまで。
タツヤ「よう負け犬!大丈夫かよ?しこたまヤられたっぽいけど」
カズキ「…………………………」
サダオ「やめとけって…、そっとしといてやれよ」
タツヤ「イヤだね。弄り倒すよ。俺は前回の屈辱を忘れていない」
カズキ「………………」
タツヤ「まぁ、気にすんなよ、負け犬!あっちのがお前より、ちょびっとだけ強かったってだけだよ!相手女の子だけどっ!」
カズキ「………………ェ」
タツヤ「うん?なんだい負け犬クン?」
カズキ「……ドーテー臭ぇから寄んじゃねぇよ、童貞野郎」
タツヤ「……………」
やんのか、コラッ!ジョートーだ、手前ぇ!表出ろオラァ!!