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黄昏に出で暁に去る  作者: ちあき
第一章 第一部 東京編
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第一部第二話  日常 又は 休日

宜しくお願い致します!

<2015年3月下旬 日本 東京 池袋繁華街>


「マスターいるかな、この時間に…」

「いたらむしろマズいだろ、また怒られんぜ?こんな時間に来るなってよ」

「別に良いだろ、春休みなんだし、学校サボってるわけじゃねぇしさ」

「和樹が正解!学校サボってまで入り浸ってんのは貞雄だけだもんな、パソコン狂いめ。なんであんな薄暗いトコで朝から籠ってられんだよ」

「達也はサボって道場行ってるだろ!ほっとけよ、落ち着くんだよ、あの雰囲気」


とりとめも無い会話が流れていく。

安藤・本木・山下の三人、この界隈でも有名な三人組は、サンシャイン通りを横一列になって歩きながら談笑している。


判る者はそうと知り、視線を外すか道を変える。

この一年近くは、都内全域で活発に活動している三人だ。

腕試しと言っては喧嘩自慢の連中に勝負を挑んでいるという噂で、彼らが負けたという話は全く聞こえてこない。


三人は池袋東口から徒歩十分ほどの、ある場所へ向かっていた。


「…まぁ、補習の最終日をサボって来たけどな!」

「「ブハハハハッ!!」」


三人は、着こなしは様々だが、揃って制服姿である。

貞雄がフり、達也がボケて、和樹がオトす。

今日も絶好調の三人は今夜に池袋西口公園で予定されている、試し合い、に備えて鋭気を養いに早めに池袋に入ったのだ。


時間は間もなく午前十一時である。

学校では補習の最終日だったが、一年次に学業又は生活態度が不良であった生徒への進級に向けてのガイダンスが本日の内容と知り、実益は皆無と判断し登校から三十分で下校した。

ちなみにこの三人の場合、前者は山下、後者が安藤と本木に該当する。


目的の場所が見えてきた。

Cafe&Bar KURENAI~紅~ 営業時間 15:00~24:00

ずいぶんと前に一世を風靡した音楽バンドのファンであるマスターの命名からなる、そこそこに繁盛している店である。


もとは貞雄と数年前にネットで知り合ったマスターが、二年前に開業したバーであり、最初の一年ほどは個人的にマスターと親しくなった貞雄一人が、自分だけの憩いの場として通っていた。

が、高校入学祝いにとマスターに友人共々招かれてからは、三人揃ってしばしば訪れている。

店では比較的この三人は大人しく、一度店内で無理やりなナンパを始めた男を和樹が無言で叩き伏せたこともあったが、マスターもこの三人の噂を知りながらも無闇に三人を恐がることもなく、むしろ憎からず思える程度の親しみを感じている。


マスターも若い頃はそれなりの場数を踏んでいるのであろう。

客層はマスターと同じ年頃、二十代後半程度の男女だが、なかなか厳つい見た目の者たちも混じっている。

「俺らが何歳になっても、みんなで集まってバカ騒ぎ出来るような場所が欲しくてな」とは、いつかのマスターの弁である。


日中はカフェとして、日没からはアルコールも提供する。

ほぼ年中無休だが、開業から一年以上はマスターが一人で開店前の掃除から仕込み等々営業までを切り盛りしており、貞雄などは見かねて無給でホールの手伝いをしたこともある。

しかし、この半年程まえにアルバイトを一人雇い、日中の早い時間はマスターは買い出しなどで不在も多くなった。


和樹らは何度かお昼時に押し掛けてはランチのお世話になっており、平日はその度に学校をサボって来たことのお小言も頂戴したものだ。

アルバイトを雇ってからはランチ帯の不在も多く、そもそも営業時間外でもある為に足は遠のいていたが、今日に限っては夕方までの時間潰しの場所に選んだのだ。


店は、雑居ビルの地下一階にある。

地下二階もあるが什器や飲食物の保管場所だそうだ。


入口へと続く地下階段を下りながら、達也がボヤく。

「なんでこんな暗いんだよ、下りなのに…危ないよな、電気つけりゃいいのに」

「そりゃ営業時間外だからな」


和樹の的確なツッコミに貞雄は笑いながら、店の扉を開く。


「おはよー、タカシ君!」

「あぁ、こんな時間に誰かと思った。君たちか、おはよう」


タカシと呼ばれた男が挨拶を返しながら、少し戸惑いがちに内に招き入れた。


例のアルバイトである。

三人も営業時間内に訪れた時には何度か顔を合わせており、珍しい高校生常連客として顔を憶えられている。

中肉中背の、いたって平凡そうな二十歳前後に見える若者である。

どちらかというと、ヤンチャな男女が集うこの店には似つかわしくない風体だが、危なげなく営業している姿は貞雄たちも目にしている。


「マスターは?買い出しっすか?」

「ううん、昨夜ハネてからお客さんと麻雀って言ってたから。まだ家で寝てるかもね。買い出しは僕が発注で済ませてるから」

掃除機を端に寝かせ、タカシはカウンターに入り、三人はカウンターに並んで腰掛ける。

営業時間外だが、マスターとこの三人の親しさを知るタカシは別段に困る風でもなく、和樹の方を向いて順に注文を聞く。


「なに飲む?奢りは無理だけど」

「いやちゃんと払いますよ、俺はトマトジュース」

「俺は…おすすめのノンアルコールカクテル!!」

「ジントニック」

「「おいっ!!」」


ちなみにこの三人の内、酒が飲めるのは貞雄だけである。

意外なことに和樹は全くの下戸、達也は飲めるには飲めるが高校入学祝いの席をこの店で設けた際に店内で酔って暴れ、以来マスターと二人からは禁酒を言い渡されている。


「アハハッ、お酒は出せないかな。マスターに怒られちゃうもの」

「いいっすよ、半分冗談っす」

「半分ってなんだよ…これから出陣控えてんだぞ」

「下戸にはわかんねぇの。夜までには酒も抜けてるし」

「それ以前に不健康だっつの。朝から酒とか…」

「健康オタクの筋肉マンは黙って禁酒してろよ…」


和樹と貞雄は懐から煙草を取り出し、それぞれ火をつけ一服つけ始め、タカシは黙ってカウンター下から灰皿を用意する。


「でも、ホント仲良いよね、三人ともさ。いつも三人なの?」

「見ての通り、腐れ縁っすよ」

「いやぁ、それでも羨ましいよホント。一人で来ることなんてないよね?」

「まぁ…そうっすね。貞雄は何度か一人で来てるかもだけど…最近はねぇのかな」


タカシが和樹に話し掛け、自然、達也と貞雄は二人でバカ話を始める。

昨晩の喧嘩はどうだのこうだのと、極めて不穏当である。


「さっき出陣って?また喧嘩なの?お客さんの内でも有名だよ、三人ともさ、ムチャクチャ喧嘩強いって」

「ハハッ。いやぁ…まぁ、喧嘩?…かな?」


結成何周年だかの記念集会中のカラーギャングに殴り込みを図ることを、果たして喧嘩と呼べるのか否か、埒もない疑問が和樹の頭に浮かんだ。

なお、今夜の記念集会にサブリーダーの二人は昨晩からの急病の為に欠席の予定で、記念集会の会場を西口公園に選定した当代のリーダーは、何者かに拉致され、数日前からある廃ビルの一室で今夜の集会のご案内を発信し続けている。

むろんこの三人の仕業であり、当代リーダーにつけたアダ名は、幹事さん、である。

既に当代の連中よりも腕が立つと聞くギャングOB連中に照準を絞っているのだ。


「羨ましいよ…身体が強いって。憧れるな…」

「タカシ君もそこそこタッパあるんだし、鍛えりゃ良いじゃん」

「なかなか続かないよね。僕にも三人みたいな友達がいれば楽しいんだろうけど」

「んじゃ…今度一緒に遊びましょうよ。俺らもまだ一週間は春休みだし」

「あー…ちょっと厳しいかな」

「なんでっすか?別に喧嘩行こうとかじゃないすよ?」

「身体がね、日光に弱い体質なんだ…」


タカシの告白に、思わず驚いた風情で和樹は目を見開いた。

タカシはと言えば、手を休めることなくカウンター周りの水拭きをしているが、その目線だけは和樹に向けている。

ほんの僅かに声を潜めて、和樹は問い掛ける。


「そいつぁ…知らなかったっす。なんか、そういう病気みたいなのもあるんすよね…。こいつらは知ってんすか?」

「ぅうん。マスターにしか話してないよ」

「あー…でも、日常生活とか、大丈夫なんすか?ってか家どこでしたっけ?普通に出勤とかヤバいでしょ?」

「うん…だからね、マスターに甘えさせてもらってる。この下で住んでるんだ。実家は…田舎だし、色々あって帰れないんだ」


タカシの発言は隣でバカ話に興じていた二人にも聞こえたようだ。

肝心なくだりは耳に入らなかったらしいが。


「あー!聞いたっすよ、こないだ!タカシ君って住込みでバイトしてんでしょ!?半年ぐらい前に初めて客で来て、マスターが初対面だってのに即決でアルバイトにしたんでしょ!?」

「マジかよ!?男気すぎるなマスター!?ってか住込みなん?」


病気のくだりは聞こえていなかったのだろうが、不躾な乱入に和樹は眉を顰めている。

タカシは、しかし、二人に顔を向けにこやかに答える。


「うん、もう半年以上かな。マスターにはホント感謝だよね」

「でもどこで寝泊まりすんの?」

「えっ?この下だよ。けっこう広いんだ。お客さん通すことはないけどね、下は覗いたことないでしょ、三人とも」


タカシの答えに、なぜか、貞雄が吹き出して応じた。

「ウッソ!?この下ってアレでしょ?旧VIPルームの成れの果て」

「VIPって!クラブじゃねんだからよ」


事情を知らない達也に貞雄は、オープン当初の裏事情を語り始める。

なんでも当初のマスターの意向では、VIPにあたるような上顧客を掴まえて特別に案内出来るような個室を、地下二階に設けたそうなのだ。

しかし、オープンして蓋を開けてみれば、集う客層はかつてのヤンチャな旧友か、カフェ利用の学生ばかり。

早々に計画は頓挫して、処分に困った調度品はそのままに、オープン二ヶ月でお披露目もないまま地下二階は物置と化した、という経緯があったのだ。


貞雄の説明に達也は爆笑し、和樹も僅かに笑顔を見せる。


「あ…和樹君も笑うんだ…」

「なんすか、それ?俺だっておかしけりゃ笑いますよ」

「ぅうん、なんかさ、和樹君はクールなイメージだし」


和樹の笑顔も苦笑に変わってしまうが、タカシは続ける。


「和樹君とも仲良くなれると嬉しいな、良かったら午前中とか遊びに来てね。営業前なら暇だし、ドリンクもサービスするよ?って言ってもなかなか昼間は外に出れないから、店でお喋りしか出来ないけど」

「いや、全然オッケーっすよ、また今日みたいに三人で賑やかしに来るよ」

「あぁ、うん。でも大勢はちょっとまだ苦手なんだ。この病気のせいで、まともに友達なんかいなかったし…良かったら最初は一人で来てね?」

「あー…うん、構わねぇけどさ」

「よかった…ちょっと下で今朝の納品の片付けしてくるから。みんなゆっくりしてってね」


タカシの優しい声音に三様の返事を送り、奥へ入るタカシを見送る。

「あーい」「ありがとー」「ども…」


隣では相変わらずの調子でバカ話を続けているが、和樹は一人顔を険しくし、煙草を取り出している。

こんな雰囲気の時は考えごとをしているな、程度は二人も察することが出来るので無駄に話し掛けるような真似もしない。


なんか…調子狂うな…、と和樹は思う。

自分で言うのもなんだが、この中で一番取っ付きにくいのは自分だろうな、程度の自覚はあるのだ。

友達にと自分を指名してきたタカシもだが、それをすんなり受け入れた自分こそ不思議である。


そんな簡単に仲良くなれるもんじゃねぇけど…別に病人だからって同情するつもりはねぇし…自問自答が続く。

なんか…スルッと入ってくんだよな、あんまし絡んだこと無いタイプだし、あの声とか、顔とか…マスターもやられたんかな…


…まぁ、友達が増えんのは、嬉しいかな…


そんな心境に至った時、険しい顔付きも緩み始めたその時、この場の三人にとって、災厄と呼べるナニカを運んできた人物が、静かに店に侵入した。




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