配達する僕、破る彼女
僕は高校でポストマンと言う仕事についた。
このポストマンとは学校非公認の役割であり、他人に手紙を送るのが仕事である。
ある時は恋文を。
またある時は果し状を。
そのまたある時は連絡事項を。
ある人から、ある人へ手紙を送る。その人が伝えたい想いをその人に代わって届ける、それが僕の仕事だった。
このポストマンと言う仕事は、この学校が創立当初からあるもので、この学校が建てられた戦後の時代ではおいそれと他人と会話するのもはばかられ、手紙を当てよう物ならば教師達に見聞されてプライバシーの欠片も無かった。そんな時代があったからこそ、想いを文で伝える際に確実に相手に伝える学生、つまりポストマンが生まれたのだ。ちなみに女性であろうとも、呼び方はポストマンらしい。
僕は在校生を集めた生徒総会にて、その栄えあるポストマンに選ばれてしまった。僕は新入生で、右も左も、まずこれがどう言った仕事なのかも分からなかったが、先に居る先輩達に教えられながら、先生に見つからないための隠し通路や効率の良い渡し方を覚えた。そして2年経って高校3年生になった今では立派にその役目を果たしている……はずである。
現代において、やっぱり多い手紙は恋文。「好きです、愛しています」と言うのがひしひしと伝わって来る恋の手紙。流石に中身を見聞するのは失礼だと思うが、その手紙の色合いや形などから恋文と言うのは分かって来る物だ。
例えば色合いが白や桃色だったり、折り目や文字が綺麗だったりと、相手に自分を良く見せようとする書いた人からの想いが伝わって来るのだ。
そして今の季節は、新入生や在校生の間に1年で最も変化があるとされる春。今年の1年は可愛い子が居るではないかと言う在校生からの視線と、カッコいい先輩が居たのと言う新入生の視線がぶつかり合うこの時期は、特に恋文の配達を多く頼まれる。
このような大切な物を渡す役目を得るだなんて、僕は幸せだと思う。そう思いつつ、僕は手紙を彼女に渡す。
「――――――またですか、先輩」
数十枚にも渡る恋文達を一睨みした後、彼女はその手紙を見もせずに破り捨てた。
それが彼女、ここ数日、僕が沢山の恋文を配達している新入生、聖川歩である。
さらさらの黒髪と、高校1年生にしては大人びた顔立ち。身長も高いがそれでいて高すぎる事もなく、深窓の令嬢と言う言葉が相応しい今年の新入生の中でもNo.1とも言っても良いほどの美少女である。多くの羨望の眼差しと恋愛感情を向けられる彼女に、自分の事を知って貰おうとするために恋文を書く生徒は多い。
そしてその全ての恋文を、彼女は読みもせずに破り散らかすのである。
「せめて読んであげた方が、書いた人も喜ぶと思うよ」
と、僕はせめて彼女に手紙を読んでから判断を付けるように勧めるが、
「こんなに多い手紙ですが、書いてある内容はほとんど変わりません。
『付き合ってください』、『彼氏は居るんですか』、『好きなタイプはなんですか?』と言う質問と、『私はこう言う人間です』、『私はあなたとこうなりたい』、『私はこう言う事が得意です』と言った自己アピール。どれもこれも、だいたいが似たような内容なのを数十枚、数百枚と読んでいる時間はございません。ですので、下手に希望を持って貰うよりかは普通に破いて捨てた方が、諦めもつくと言う物でしょう」
と言って彼女の恋文破りは続くのだった。最近では彼女に手紙を読んで貰えれば脈ありとさえ思う生徒が居る事を伝えると、彼女はより一層ラブレターを破る力を込めるのであった。
そんな彼女だが、どうやら友人関係には事欠かないらしい。
ああ言う事務的な対応口調でどうやって友好的な友情関係を作っているのかは分からないが、クラス内で特に大きな虐めにあっていると言う噂は、彼女のクラスメイトであるポストマンから聞いても出て来ない。
「彼女はですね、ああ見えて付き合ってみるととっても面白い人なんですよ。特に知識を偉そうに語るのでも無く、人に冷たいと言う訳でも無く、しいて言いますと彼女はクールなんですよ。別に近寄ったら食われると言う事も無いですし、簡単に言いますと彼女の良さはそのクールさと親身さのギャップにあると思いますよ?」
と、彼女のクラスメイトのポストマンは僕にそう語ってくれた。仕事を教えながら何気なく聞いた話であったが、どうやら彼女はそれなりに良くやってくれているようだとその時は思っていた。
夏になっても聖川歩の人気は下がる事を知らなかった。
普通ならば、どんなにやっても落ちない難攻不落の壁だとか、どんなにやっても近づけない高嶺の花だと思い、諦めて恋文が減るのが普通だが、どうやら彼女のその親身さを知った者達は恋文を送るのを止めないと言う選択肢を取ったらしい。
「私としては迷惑でしかないですよ、先輩。そろそろ私に送るの止めてくれませんか? 私に送っても読まないのは分かりきっていると思うんですが」
僕が持ってきた恋文をいつものように破きながらそう言う聖川さんに、僕は届けるのが仕事だからと言っておく。
「そうですか。破かれるのが分かっていても、それでも送る他人のために私に配達してくる先輩の事が、私はあまり嫌いではないかも知れません」
そうかなと曖昧に答えつつ、僕は「じゃあ、また次の配送で」と言って教室に帰って行った。
秋になってそろそろ彼女の人気も打ち止めかなと思っていたのだが、どうやらそう言った事にはならないらしい。頭脳明晰、運動神経抜群、成績優秀、こちらがハッとなるくらいの美少女にしてクールな彼女の魅力と言う物はどうやら留まる事を知らないらしい。
「元々、私は視力が悪いんですよ。両目共に0.3くらいで、日常生活を送る分には申し分ないんですが、流石に読書や勉学の最中には眼鏡をかけないといけませんので」
図書室にていつものように恋文を破る聖川さんの顔には、黒い眼鏡がかけられている。要するに秋になって読書を多くとるようになった彼女が眼鏡をかけ、それを見て消えかけていた恋の炎がまた燃え上がったと言う物なのだろう。
「今まではぱっとしか見ていませんでしたが、こうしてみると前面に書かれている『聖川歩さんへ』と言う文字も酷いですね。書道四段の私からすると、とても読めた字ではありません。こんな酷い字で愛の告白をしようとする彼らが、情けなく思えますよ」
そう言って、いつものように彼女は恋文を破いていく。
「だいたい、先輩はまだそのポストマンをやっているんですね。秋になったら最高学年の生徒は部活なりなんなりを止めるはずですが、先輩はまるで年中無休のポストみたいです」
「いやいや、ポストは言い過ぎでしょう。僕も12月になったらそろそろ受験の事を本格的に考えないといけなくなると思うので、このポストマンは引退しますよ。そろそろ下級生にも頑張って欲しいですし」
だから君とも11月か12月の初めで来る用事がなくなるよ、と僕は伝えておく。
「そうですか。まぁ、先輩もそう言えば受験生でしたものね。どうかこの先の受験勉強もこのポストマンのように、粘り強く頑張って希望する大学に合格できる事を陰ながら祈っておきますよ。後輩として」
彼女とはそう言って別れた。
秋も過ぎて、やがて11月も半ばを過ぎると僕が彼女の元に行くのは無くなった。いや、前ほどの頻度ではなくなったと言うべきだろう。流石にそろそろ恋の炎とやらも補助材が無いと前のように盛り上がらないらしく、それと後輩達にその役目を任せる事が増えたと言うのも原因の1つだろう。今では時々廊下ですれ違うくらいの顔見知りの先輩と後輩と言うような関係になっている。そしてそろそろ役目も終了かなと僕は11月の終わりにそう宣言して、後の作業を後輩達に託すのであった。
そうすると、僕と聖川さんの出会いはほとんど無くなってしまっていて、卒業するまでほとんど顔合わせをする機会も無かった。
そして、3月になって卒業式を迎えた僕は、卒業証書を貰って帰ろうかと思っていると、
「先輩、お手紙です」
久しぶりに会ったポストマンの後輩が僕に手紙を差し出す。貰ったその手紙は茶封筒で、達筆な文字で僕の名前が書かれている。
「あぁ、ありがとうな。一応、見ておくよ」
「じゃあ、先輩。卒業おめでとうございます!」
そう言って、後輩ポストマンはそのまま帰って行った。
その素っ気ない茶封筒の手紙の中身も見ていたが、そこには差出人の名前は書かれていなくて、達筆な文字でただ校舎裏で待っているとだけ書かれていた。
「来てくれたんですね、先輩。ご卒業、おめでとうございます」
校舎裏に行くと、そこには眼鏡を外した聖川歩が立っている。いつものようにこちらがハッとなるほどの美人であるが、その下には破られた手紙が何枚も落ちている。どうやら差出人は彼女のようであるが……なんでこんな場所に?
「これ、ですか。先輩が来るのを待っている間に、ポストマンが来て先輩のようにラブレターを渡していったので。仕方なく、いつものように破っていたわけです」
僕の視線に気づいたのか、聖川さんがそう説明してくれる。
「先輩、その手紙も貸してください」
そう言って、彼女は僕の持っている差出人不明の手紙があり、渋々ながら渡すといつものようにその文を破り捨てた。
「ちょっと、それは君が書いたんじゃないんかい?」
「そうですが、いつまでもあまり字が綺麗でない作品を見られると恥ずかしいので……」
恥ずかしい? かなり立派な文字に見えたんだけれども……。
「いくら私でもこの手紙を書くのにはかなり時間がかかりました。何枚も……何枚も、書き直しまして、納得が行く文字が出来るのに時間がかかりましたし」
納得が出来る文字って……君は書道四段の実力者じゃなかったのかい? と言うと、
「流石に書道四段の私でも、好きな人のためにもっと良い文字を見てもらいたいと思いながら何度も示唆したら、何枚も紙がいりますよ」
「えっと好きな人って……」
「勿論、先輩の事ですよ」
そう言って、彼女はこっちに超ド級の爆弾を投下してきた。僕は固まってしまう。
「先輩、私が先輩の事をあまり嫌いではないと言っていた事を覚えていますか? あれはあまり嫌いではない、むしろ大好きである事を軽く言ってみただけですが」
そんな事が分かるわけないでしょうが……あれ、でもあれって確か夏の出来事だったような気がするんだけれども……。
「随分前から先輩の事は好きでした。初めてお見かけした時から好きだったと思います。多分、一目ぼれだったのかもしれません。そんな人から毎日のように、他の人からのラブレターを貰う私がどんなに惨めだったか……」
「アハハ……ごめんなさい」
「でも、良いですよ」
彼女はそう言って笑いながらこう言った。
―――――――そんな先輩が私は好きなのですから。
温かさを感じる春風は桜の花びらと一緒に、彼女が破り捨てた手紙達も舞い上げる。そんな最中、僕と彼女は校舎裏で2人で愛を囁くのであった。