テーマパーク・シャッフル
マリンリゾートという一つの夏休み行事が終了すると、次にも続々と夏休みならではのイベントをやりたくなるのが、年ごろというものだ。
しかし、次は一体どこへ行こうか?
もし、どこか出掛けるとして、あの物臭な彼は、誘いに乗ってくれるだろうか?
夕飯の買い出しの帰り道、歩美はぼんやりとそんなことを考えていた。
(あ…そういえば…)
夏休みのことを考えていると、忘れかけていたことを急に思いだした。
スーパーのレジで貰った福引券のことだ。
期間限定で行っている福引券の配布で、一定の金額の買い物をすればその分の福引券が貰える。
歩美は二枚、受け取っていた。
本当は愛にやらせてあげたいが、驚いたことに福引自体が今日の夕方までだったので、歩美は自分でやっていこうと思っていたのだ。
「えーっと…確か、この辺り…」
街の一角に福引をしている屋台を見つけた。
歩美は福引券を定員に手渡すと、ゆっくりとガラガラを回す。
一回目は参加賞のポケットティッシュ。歩美も特賞が当るとは思っていないし、次も参加賞だろうと二回目のガラガラを回した。
「三等賞、大当たり~!」
福引の三等賞は、島一番の遊園地の招待券だった。
招待券は十枚。“夏休み、何度も行き放題!”というシールがラッピング袋に貼ってあった。
しかし、一人で行ってもつまらない。二人で行くとしたら五回いけるが、誓也だけを誘うのは恥ずかしいし、何よりそれを愛が許さないだろう。
だから、今日ここ“スカイランド”に来たのは、歩美を含め、海に一緒に行った七人。
「歩美姉さん、誘ってくれてありがとな」
「ううん。みんな一緒のほうが楽しいでしょう?」
「それにしても、福引で賞を取るなんて!さっすが水原先輩っ!」
前回、海に行こうと五人の女性陣を誘った星優輝も、もちろん歩美の誘いを受けた。
しかし。俺が思うにおそらくコイツは、何か企んでいるに違いない。
一年生の時から、男子の友人と話す際にはいつも優輝が隣にいたのだ。
彼の行動パターンは何となくではあるが、誓也には予想がついた。
何をするのか、という点についてはおぼろげにしかわからないが、おそらく今回も、くだらないことを考えているに違いない。
七人は遊園地に入場し、目の前にあるアトラクションの数々に視線をきょろきょろと向けていた。
「諸君!ここで俺に提案がある!」
きたきた。今回は一体、何をしようというのだろう。
「なによ星、あんたまた何かやる気?」
俺の胸中とシンクロしたように、真心は優輝の叫びにすかさずツッコミを入れた。
「ふふっ……――これだぁっ!」
不敵な笑みを浮かべた優輝は、何処から取り出したのか七本の箸を右手に握りしめていた。
何となくそれを見て、優輝の企みが見えてきたが、その箸の意味を問わずにはいられない。
「何だ?それ…」
「見て分からないか?くじだよ。この箸の先端には三色の色の内の一色がついてある」
つまり、優輝はこう言いたいのだ。
同じ色の箸を引いた二人、もしくは三人が一組となり、この遊園地を巡る。
男子よりも女子の比率が明らかに多いことを承知しての、彼の提案だ。
「面白そうじゃない!やりましょう!」
この優輝のくだらない提案に、意外と喰いついたのはさっきツッコミを入れた真心である。
それにつられて、水原姉妹も優輝のくじ引きに賛成した。
残りの三人は、こういったことには流されてもいいと考える人物で、これに伴い優輝の新たな野望が成った。
「それでは皆様!箸を掴んで~…せーっの!」
「私、遊園地なんて久しぶりです。沢中君はどうですか?」
結局、二時間ごとに、休憩所に集まってさっきのくじをしながら、二人ないし三人で行動を繰り返すことになった。
誓也のファーストは祈である。
「はい。俺も久しぶりです、遊園地」
実際、こういったところには小学生の時、誓也と素直の家族同士で行ったきり、来ていない。
「私、あれが好きなんです」
祈が好きだと言って指差した先、そのアトラクションはコーヒーカップであった。
誓也は意外と楽しそうにしている祈に、内心では驚いていた。
正直、歩美との付き合いで一緒に来ているものかと思っていたからである。
「乗りますか?コーヒーカップ」
ああいったアトラクションは、一般的にカップルや気の合う男女がお付き合い前に乗って、互いの距離を縮めるために利用するものであることが多い。
必ずしもそうではないと頭では分かっているが、誘ってみればなかなかに照れ臭いものである。
「はい、乗りましょう!」
あまり意識していないのだろう。
祈は普段の固い態度からは想像できない程、ノリノリでコーヒーカップへと向かった。
「わぁ、本当に久しぶり…!」
誓也と祈はカップに乗り、アトラクションの起動を待つ。
しばらくすると、カップを乗せた床面が一定の回転を始めた。
祈はよほど楽しいらしい。笑みを絶やさず、声を出して笑う。
「楽しいですね、沢中君!」
「ええ」
遊園地で楽しいというよりは、穏やかな気持ちになったことは、誓也は今までなかった。
祈先輩との、なかなかに楽しかった時間も過ぎ、誓也のお次の相手は真心だ。
「何処に行く?」
無駄に明るく元気な真心のことだ、きっとジェットコースターやフリーフォール辺りをチョイスするだろう。
「さっき素直と一緒に、ジェットコースターは乗ったのよ。だから、フリーフォールがいいかも!」
「それじゃあ、行くか」
予想した通り、真心が乗りたいアトラクションは絶叫系のマシンであった。
さっそくフリーフォールの元へ向かうとその途中、ふいにアルバイトの店員らしき男子に声を掛けられた。
男性は全身に白い包帯を巻き付けており、その包帯のところどころに赤い絵の具が塗ってある。
ミイラ男の仮装であろう。そう、男性が二人を誘ったのはお化け屋敷だった。
「どうする?話の種に行ってみるか」
スカイランドのお化け屋敷は中々の好評で、結構怖い方だと、噂で聞いたことがある。
しかし所詮は作りモノ。誓也は会話のネタになりそうであるため、軽い気持ちで真心を誘った。
なぜが隣にいた真心は、少し顔色が悪い。
「おい、具合悪いのか?」
遊び疲れか、また日射病なのかと誓也は心配したが、真心が次に発した言葉に唖然とした。
「こんなの作りモノよねぇ!そう、話しのネタになるんだから!さ、さぁ、い、行くわよ!!」
そうして、誓也は真心に腕を掴まれ「呪いの館」と看板が立つ、屋敷の中へ入っていった。
「きゃあああ!」
お化け屋敷の中は暗く、寒く、不気味なBGMが流れていた。
今、悲鳴を上げたのは紛れもなく真心である。
彼女は誓也の腕にしがみ付き、次々と現れる作りモノのお化けに驚き続け、叫び続けていた。
(コイツ…怖がりだったのか…)
お昼過ぎ、昼食を手っ取り早く済ませ、三度目のくじ引き。誓也と愛は同じ色を当てた。
「わぁ~い、誓也くんとだ!」
相変わらず無邪気で、子どものような愛のはしゃぎぶり。
これから二時間の間、きっと恥ずかしいことがたくさん起きるであろうことを覚悟し、誓也は愛を連れぶらぶらと遊園地内を歩く。
「愛、何か乗りたい乗り物はあるか?」
ある意味、聞くのが誰よりも怖い気がする。
回転ブランコならまだ乗れるし、コーヒーカップにも祈と乗れた。
しかし。
「メリーゴーランド!」
愛は高校二年生の物臭な男子には、最強にキツイ乗り物をチョイスしてきた。
「…他には?」
「ゾウさんヘリコプター!」
お前はいくつだ!?と、今日ほど愛に叫びたくなった日はない。
「でもメリーゴーランドがいい!」
先ほどまで愛と行動していたのは、歩美と素直だ。
歩美が愛に付き合えるのは仲の良い姉妹だから当然として、素直は一体どうしていたのだろうかと誓也は思った。
いや、きっと素直のことだから、上手い言い回しで乗らなかったに違いない。
しかし、そんな利口な口は誓也には持ち合わせてなく、加えて愛のわがままに弱い。
「行こうよ、行こうよ!」
両手で誓也の左腕を掴んで、愛はメルヘンなアトラクション、メリーゴーランドへと向かう。
(もう、どうとでもなれ!)
誓也はやけくそになって、愛と一緒に思い切ってメリーゴーランドへ乗り込んでいった。
「ほら!乗るぞ、愛」
そうやって、誓也は人間二人を何の表情も変えず乗せる白馬の上に、愛と二人で乗る。
「えへへ」
ただ単純な回転を繰り返すだけのメリーゴーランドに、愛はいたく楽しそうに、誓也の背中の温かさを感じながら、笑っていた。
「ここのイルカのショー、ちょっと興味があったの。誓也、一緒に見ない?歩き回るよりはいいじゃん」
愛のペースにすっかり巻き込まれた後に、そう言ってくれるのはありがたい。
メリーゴーランドに乗った後にはゾウさんヘリコプター…その後は。
いや、もう思い出すまい。
「助かる、素直」
それにしてもイルカのショーか。夏ならではのイベントだな。
そういえば、最後にここに来たのも素直とだった。もちろん当時は保護者付き。
その時も、何かのショーを見た気がする。
「始まる」
こういうところでは、さすがに女の子らしい一面も見せる素直である。
イルカの誘導する指導員の手さばきも見事であるが、やはり主役のイルカの芸の素晴らしさといったら堪らない。
先ほどの疲れも吹き飛んでしまうほどのパフォーマンスだ。
「ねえ、誓也。覚えてる?」
水の色が幻想的な空間を作っている最中。ふいに素直が声を掛けてきた。
「最後にここに来た時も、こんなふうに隣に座って…あの時は当時流行っていた特撮のショーをやっていて、あんたすごい楽しんでたじゃない?…私は退屈だったけど」
「…そうだったか?」
そう言われて思い返してみれば、確かにそうだったかもしれない。
確かあの日は、風邪が直ったばかりの素直と一緒に、小まめに休憩を取りながら行動していた。
俺はそんな素直が心配で、楽しむよりも彼女の顔色を常に窺っていた…ような気がする。
両親も俺の胸中を察していたのだろう。
だから素直に気を使うばかりではなく、誓也も楽しめるようにと男の子向けのショーを見に行ったのだ。
「あの頃から…」
「ん?」
素直は小さい声で何かを呟いていた。
それが聞きとれず、隣を見て素直に問い返したが、彼女は目を閉じ口元を緩めるばかりで、再び言葉を紡ぐことはなかった。
「いよいよ最後!」
これで最後のくじとなる。くじは元々、同じメンバー同士が連続で当ったら、やり直しとなる。
幸いにも誓也は今まで、スムーズにペアを組めていた。
あと一緒にこのスカイランドを回っていないとしたら、優輝と歩美になる。
ここまで来たら、くじを引く意味もないだろうとも思うが、まあいいだろう。
「せーっの!」
誓也が引いた箸は赤、そして同じ色を引いたのは。
「歩美姉さん。よろしく」
歩美である。
もう夕日も沈みかけ、時刻は午後の六時を回っていた。
そのため、ジェットコースターやフリーフォールなどの激しいアトラクションは、運行を終えている。
歩美のことだから、そんなに激しい乗り物は好まないだろう。
この時間帯に歩美と一緒になれたのは良かったと誓也は思う。
「誓也くん!急いで!」
すると、歩美は三組に分かれた後、すぐさま誓也の手を掴んで観覧車の方へと向かっていく。
なぜこんなに急いでいるのだろう?
誓也は目を丸くしながら、歩美に手を引かれ、導かれるままに付いていった。
観覧車へ乗ると、歩美は走った影響で少し乱れた息を整える。
「どうしたんだ?歩美姉さん。そんな急いで乗らなきゃいけないのか?」
「う、うん…あのね、夕焼けを見たかったの」
なるほど。確かに観覧車の一番上から見る夕焼けは綺麗だろう。
もう日が沈んでしまうから、歩美は焦っていたのだ。
ゆっくり、ゆっくりと二人を乗せた観覧車は浮上していく。
そして。
「わぁ…」
茜色に染まった夕焼けは、絶景だ。
この島から見るから、余計にそう感じるのかもしれない。
もともと、本州の方へは住んではいないが、中学校の修学旅行で行ったことがある。
汚くて、モヤモヤしていて、煩いところだった。
「俺…やっぱりこの島が好きだな」
夕焼けの景色から、そんな深いところまで考えて、誓也はそっと呟いた。
すると、歩美も優しい笑顔で同感する。
「私も」
その後、観覧車が地上に降りて行くまで、誓也と歩美は無言で外の景色を眺めていた。