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Summer Sky  作者: あっきぃ
本編
3/28

アクシデント

七月に入ったということで、あっちもこっちも“もうすぐ夏休み”、などと浮かれきったことを言う。


言っておくが夏休みは実質、始まるのは八月。まだ一カ月も先のことだ。


日本人は気が速いと諸外国で言われているらしいが、まったくその通りだと頷ける。


「まだ一カ月も先のことなのに、何であんなにもはしゃげるのかな?」


ここに、俺と同じ考え持ったものがいる。


同じクラスメイトにして、腐れ縁の仲であり悪友である日向真心だ。






真心といえば、明るいクラスのムードメーカーで、誓也とは小学校一年生から現在の高校二年生に至るまで、

一回もクラスが違ったことがないという、所謂“腐れ縁”の友人である。


素直ほどではないが、幼馴染と言ってもいいだろう。


成績はちょっと悪いがスポーツ万能で、男女問わず結構人気のある生徒である。


しかし、俺には何故かむやみやたらにツッコミを入れてくる。


イジラレ役になった覚えはないが、真心は俺をいじるもしくは貶すことが何よりの楽しみらしい。


正確にはいじるとか貶すというよりも、ただ単にちょっかいを掛けてくる程度なのだが。


「先生、沢中君がまた居眠りしようとしています」


ほら、また。というか、数学の担当教師には黙っておいて欲しいもんだ。


何せ居眠りが見つかったらペナルティが…。


「沢中、後で宿題出すから職員室に来い。来なかったら留年な」


ちょっと待て!居眠りしようとしただけだろうが!


俺の心の叫びも虚しく、出される予定ではなかった十枚のプリント用紙を数学教師から貰ったのは、

これから二十分ほど過ぎた時のことである。








「よっ、宿題の提出期限はいつまでだね?沢中君」


放課後になり、真心が誓也の側へとやってきた。


「よっ、じゃねぇよ。お前の所為だぞ?真心」


「あの教師の授業中に居眠りしようとしていたのが悪いんじゃん」


的を射抜かれ、返す言葉もない誓也はじろりと真心を睨むことしかできなかった。


しかし、睨むと言っても心底嫌悪した睨み方ではない。


誓也は確かに、真心を“煩い奴”とは思っているが、決して嫌いだとか苦手だとかという感情はない。


小学生からの付き合いということもあって、誓也と真心には強い友情意識のようなものがあった。


無論、それは互いに無意識でのものであるが。


「はあ…宿題、次の授業までに出来っかな」


「次の授業って…明後日じゃない?うわぁ~大変、大変」


「他人事だと思って…そうだ、歩美姉さんに聞けば教えてくれるかもな」


素直は、成績はそんなに悪い方ではないが、数学だけは苦手だと言っていた気がするし、

勉強自体苦手である真心は当てにならない。


第一、今回の事の原因は真心なのだ。彼女に聞けるはずもない。


男子の友人どもは馬鹿ばかりだし、ここは成績も優秀で年上の歩美に聞くのが一番手っ取り早いだろう。


そんなことをぼんやりと考えつつ、そろそろ迎えに来るであろう歩美の姿を誓也は教室で待っていた。


「誓也ってさ…」


「ん?」


「歩美先輩のこと、好きなの?」


突拍子もない真心の質問に、誓也は呆気に取られた。


一体、何を言い出すんだ突然。


「はあ?何でそうなるんだよ」


真心の質問に誓也も質問で返した。


しかし、真心の表情はどこか真剣な眼差しで、これは空気的にちゃんとした答えを言ったほうがいいと、

誓也は本能的にそう感じた。


「別に好きじゃねぇよ。確かに友達としては好きだけど、お前が聞いてるのは異性としてだろう?」


誓也は正直に歩美への気持ちを言うと、真心は目を見開いた。


「そっか…。そうなんだ」


何故か安心したような、嬉しいような真心の反応に誓也はいつもの如く疑問に思った。


(相変わらず変な奴だな…)








結局、数学の宿題は歩美がマンツーマンで一枚目から十枚目まで教えてくれた。


提出日である今日、誓也は何の心配ごともなく一日を過ごせそうで、清々しい登校をしてみせた。


「歩美先輩が教えてくれたんだ。それ…」


数学のプリントを見て、真心は横目でじろじろと嫌な視線を送ってきた。


「まあな、歩美姉さんのお陰で助かった」


「それは、それは。良かったですね」


「言っておくが問題を解いたのは全部俺だからな!歩美姉さんは解き方を教えてくれただけだ」


真心のことだ。きっと歩美が誓也の代わりに問題を解いたものだと思ったに違いない。


だが、残念だったな真心。事実、俺はこの問題を教わりながら解いたんだ。


断じて、誰かが代わりにやってくれたとかいうことはない。


「ちっ…」


「何だよ“ちっ”って!お前やっぱり良からぬことまた企んでたろう!」


今日も一日、夏の空は笑っているような気がする。








三時間目は合同体育の授業である。一組と二組、つまり誓也と真心のクラスに加え、素直のクラスと合同の体育だ。


教師は男女両方を見るのではなく、男子の担当教師と女子の担当教師に分かれての授業になる。


つまり、男子の受ける授業と女子の受ける授業では全く内容が違うのだ。


今日の男子の授業はグラウンドでの長距離走。誓也が最も重く感じる授業である。


女子の方も、どうやら走るらしく教師がストップウォッチを片手に授業内容を説明している。


今日はこの島にしては珍しいほどの真夏日で、実に気温は三十五度近くあった。


普段、涼しい気温が続きその気温に慣れている島の住人は、こんな日は大人しくクーラーに当たっていたくなる気分だ。


外に出ただけで、汗が滲み出てくる。こんな日に長距離走をする羽目になるとは、一体誰が予想しただろう。


早く終わって、家に帰りクーラーの効いた部屋に寝転がりたい。いや、その前にシャワーを浴びたい。


教師がホイッスルを吹いたと同時に長距離走が始まった。


壮大なグラウンドを、実に十週もしかければいけないという過酷な内容である。


誓也は熱さと辛さを紛らわすため、女子の授業を見ながら長距離走に挑んだ。


女子の方はタイマーを取る短距離走であるらしい。


二人ずつ走るということで、自分の出番を楽しげに会話しながら待つ女子たちが恨めしい。


そんな中、素直と真心の姿を発見した。


素直は面倒くさそうにしゃがみ込んだまま、自分の出番が来るのを待っており、

真心は数名の女子と楽しげに会話しながら待っていた。


…しかし、真心の出番が迫ってきたと思われた時。


スタートラインへ向かう途中、真心はばたりとグラウンドに倒れてしまったのだ。


(え?)


急なアクシデントに、周囲の生徒も教師も心配そうに真心に集まっていった。


(どうしたんだ、あいつ)


そんな光景を目の当たりにしたものだから、誓也の方も心配になり、走るのも忘れ真心の方を見守っていた。


一人の男子生徒が誓也に走りながら“おい、走れ”と、注意を促してきたが、誓也には聞こえなかった。


真心は倒れていたが意識はわずかにあるらしく、素直に支えられながらグラウンドから退場していった。


一番の可能性としては、この熱さによる日射病である。


だが、あの健康的でバカみたいに元気のいい真心が倒れるなんて。


この後の体育の時間、誓也は真心のことが気になって仕方無かった。








体育の時間が終わり、四時間目に入った。


四時間目は現代文の授業であったが、真心は保健室にいったままなのだろう、戻ってこない。


兎に角、この授業が終わったら昼休みに入る。


その時に保健室にいって様子を見に行ってみよう。


誓也は割と好きな現代文の授業も、上の空で真心のことを気に掛けていた。


真心の姿のない五十分の授業は、心なしかいつもより長く感じる。


そうしてやっと鳴った四時間目終了のチャイム。


誓也は保健室に小走りに向かった。


「失礼します」


保健室の入り口にノックを入れた後、消毒臭いその室内に入ると真心の姿は見えない。


「どうしたの?」


保健室の先生は、辺りを見回す誓也に問い掛けた。


「あの…日向さんは何処に?」


「ああ、あの子ならほら、一番端のベッドで眠っているわ。軽い日射病ね」


やはり誓也の予想した通り、真心は日射病で倒れていた。


「眠っているんですか?」


「ええ、でももうじき目覚めると思うわ。そうだ、君。ちょっとお留守番お願いしていいかしら?」


「は?」


「お昼ご飯、ちょっと食べに行ってくるから。出来るだけすぐ戻ってくるわ」


そう言って少しだけ申し訳なさそうな顔をした保健の先生は、承諾を得ることなく出ていった。


“お留守番”と言われても、本当に何もしないでただここにいるだけでいいのだろうか?


誓也は首を傾げつつも、真心が眠っているベッドを覗きこんだ。


「誓也…」


すると、薄っすらと目を開けた真心がダルそうな表情でこちらを見ていた。


「…起きてたのか?」


「今起きた」


寝ぼけたように真心が言うと、誓也は近くの椅子に腰掛け彼女の容態を聞いた。


「もう、平気なのか?」


柄にもなく心配の言葉を掛けた誓也に、真心は少し嬉しそうに笑った。


「ふふっ」


「何だよ…」


「なんでもない」


「へぇ…本当に何でもないのか?」


目を細めて真心にそう言うと、本当に平気そうな彼女を見て、誓也は心中胸を撫で下ろした。


これなら一人でも教室に戻ってこれそうだ。


「大丈夫そうだな。じゃあ、俺行くわ」


お昼もまだ食べていなかったので、誓也はそのまま立ち上がった。


「ち、ちょっと!」


すると、真心は何を思ったのか少し焦ったような声を上げて、誓也を止めた。


「何だよ?」


「あ…いや、その。やっぱちょっと頭がクラクラする、かも…」


「はあ?今お前“なんでもない”って…」


「いいから!もうちょっと話し相手になりなさいよっ!」


今度は赤面しながら言う真心である。


もとから真心とは付き合いが長いものの、実をいうと誓也は、彼女の複雑な乙女心までは分からなかった。


というより、気付いていないのだ。


態度は結構、周囲から見たらあからさまであるが、この鈍感な男は気付かない。


「はあ…お前って本当、意味わかんねぇ…」


口ではお互い、憎まれ愚痴ばかりであるが、今回のアクシデントを前には真心の分かりづらい“甘え”に誓也も応じることにした。


他愛のない昼休みの会話。それが終わる頃に、真心は誓也の耳に届かないほどの小さな声でこう呟いていた。


「ありがとう」

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