密会~グラジオラス/希望END
希望が自分自身、ロマンチストな一面を持っていることには最近気付いたのだが、自覚してからは更にそれが加速したように感じた。
彼女がいつも好んで観る映画は、大体アクション映画だった。
しかし、それさえも代わり、
「誓也先輩!今が旬の恋愛映画、一緒に観に行きましょうよ~」
今日は快晴。最高のデート日和となった。
だが希望は心中、相合い傘ができないと愚痴をこぼす。
「まあ、いいや。今日のメインは映画なんだし。それに昼からは雨が降ってくれるかも!」
そんな時のために、希望のバッグの中には常に折り畳み傘が入っている。
しかし、今日の天気予報では一日中快晴と報じられていた。
それにもかかわらず、望みを捨てないのは、やはり彼女のプラス思考な性質にあるのだろう。
「悪い!遅れた!」
「もう!誓也先輩ったら……5分遅れた代わりに、今日は5回キスしてくださいね!」
今日2人で観ることになっている映画は、男女の複雑な三角関係を描いた昼メロをイメージさせる愛憎劇である。
「おい……鑑賞できるのは15歳以上って、どんな内容なんだよ……」
「それは観てからのお楽しみです」
希望は不満そうに映画のパンフレットを見る誓也を、いつもの如く適当にあしらう。
実は希望もテレビのCMを見ただけで、詳しいストーリーは分からない。
(だって面白そうだったんだもん。その前にネタバレとか、絶対嫌だし)
程なくして、映画会場は暗くなり、スクリーンには映画を観賞する上での注意事項や他作品のCMが流れ始めた。
だが、このCMなどの放映は10分前後続く。
あまり気の長くない希望にとっては退屈極まりない時間だった。
そんな退屈を紛らわそうと、自然と手が隣にいる誓也のそれを弄っていた。
「おい。なんなんだ」
「先輩の手って、子どもみたいに柔らかいですよね。いつも思うんですけど」
小声で会話をしながら、なおも自分の手を弄る希望に誓也は次第に呆れてきた。
だが、誓也が”はあ”と溜め息を吐くのと、ほぼ同時に希望の手の動作は止まった。
「先輩、始まりますよ」
映画が中盤にまで差し掛かってきた時、段々と濃くなっていく三角関係に誓也も希望も釘づけになった。
妻を差し置いて、親友の妻と浮気をした男と、その不倫相手である妻が密会する場面である。
パンフレットには”15歳未満の方はご入場をお断りしております”と、赤字で書かれていた。
案の定、かなりきわどいシーンに差し掛かってきたのだ。
「……」
希望は顔色も変えず、スクリーンに集中している。
しかしその横に座る誓也は、かなりの冷汗が出て、目を両手で覆いたい気持ちになる。
(恋人と不倫の映画見るって、どうなんだろう……)
今さらながらにそう思えてきて、あたりを再度見回すと、鑑賞者は中年の女性が圧倒的に多いのに気付く。
恋愛映画は恋愛映画でも、もっと違うチョイスがあったのではないだろうか。
例のきわどいシーンが過ぎ去るまで、誓也はずっとそのことを考えていた。
「最後は衝撃の展開でしたね!続編も出るみたいですから、その時はまた見に行きましょう!」
「いや、見ないから……」
「あの不倫相手と密会するシーン……いいなぁ。私もあんなことしてみた~い」
「いや、やめてくれ……」
「誓也先輩!今度、夜中にこっそり家を抜け出して、私と密会しません」
「いや、しないから……」
映画を観終わった後、2人は喫茶店で先ほどの映画について話していた。
だが、映画の感想はほぼ一方的と言っていいほど、希望しか言わない。
しかし、もうあんな恥ずかしい映画を見るのは嫌になり、誓也は少しずつ話を逸らしながら、喫茶店から外へ出ようと希望を誘導した。
そして2人が外に出ると、先ほどまでは曇りのない青空が広がっていたのにも関わらず、不穏な雲が空を一面支配していた。
「雨が降りそうだな……」
誓也がそう言った時である。ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
「あ……」
「あ~あ。先輩がそんなこと言うからですよ?」
誓也をからかいつつも、希望はバッグの中に入れてあるピンクの折り畳み傘を取り出した。
「お、持って来てたのか」
「はい」
そう言って希望は折り畳み傘を広げ、誓也とそれを共有しながら街を歩き始める。
希望が望んだとおり、今日の天候は大逆転。2人は同じ傘の中にいた。
天気予報が大外れしてくれたことに寄り、希望は密会ならぬ、密着に成功した。