あなたは冷たい~紫陽花/祈END
今日は誓也と一緒にピクニックへ出掛ける大切な日だった。
それなのに、何という失態を自分は犯してしまったのだろう。
朝起きて、何となく目尻が熱く感じ、頭も重く感じた。
ベッドから降りて立ったと思えばたちまち眩暈を覚え、ベッドに座り込んでしまう。
夏風邪だった。
「ごめんなさい、誓ちゃん。折角のピクニック日和だったんですけど……」
朝早く起きて、誓也のために美味しい弁当を作るハズだったのに。
逆に彼に気を遣わせて、お粥まで作ってもらってしまった。
「夏の暑い日に粥ってのもどうかと思ったんだが、これが一番胃に優しいから」
それなのに誓也は自分に対する愚痴も言わず、優しく介抱してくれる。
遡ること、2時間ほど前。
今日の朝、何とか頑張って台所に向かったものの、あまりに身体が気だるかったので、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも誓也に断りの電話を入れた。
すると電話越しでも分かるほど、誓也の声は心配そうにうろたえていた。
『今から行きますから。大人しく寝ていてくださいよ』
そして今、こうして自分を看病してくれている誓也がとても愛しく感じる。
「今、冷ましますから」
誓也は祈のベッドの横で、自分の作ったお粥を冷ますためレンゲを持った。
すると祈は口を尖らせて、少し拗ねた顔をして言う。
「それくらいできます……」
「そうですね、先輩は子どもじゃないですから。でも今日は俺に精一杯看病されてください」
「ふふっ…なんですか、その言い方」
誓也がいるだけで、室内は自然と穏やかな空気に包まれる。
彼と付き合い始めてから、今までになかった世界が祈の中で徐々に膨らみ始めている。
頑固で風紀が乱れるのが大嫌い。
そんな祈の心に、誓也は流れるように、当然のようにするりと入ってきた。
「はい、どうぞ。多分、美味いですよ?」
誓也はレンゲを祈の口元まで運んだ。
食べさせてもらうことに恥ずかしさを感じた祈は、一瞬躊躇った後、目を瞑りそっとレンゲを口の中に入れた。
途端、柔らかくて温かい米の触感と、玉子の甘さが口の中に広がる。
「美味しいです……」
熱の所為か、恥ずかしさの所為か祈は顔を赤く染めて言った。
お粥を食べ終わった後、祈は再びベッドに横たわり、誓也はひたすら彼女の横にいた。
時折、会話が止まり無言の状態になる時もあるが、それでも祈は嬉しかった。
風邪を引いたり、何か病気をして弱ったりしている時、何故か無性に寂しくなる。
祈も同じだ。
「そろそろ、冷却シート取り替えますか」
「あ、そうですね。もう全然冷たくないんです」
そう言うと、祈は自分の額に張り付けてある冷却シートをそっと剥がした。
すると、今まで生温かかった自身の顔全体が、急に熱くなってくるように感じる。
「うう~ん……」
自然と呻き、少しでも顔を冷まそうと自分の両手を顔で覆った。
しかし、熱のある祈の身体は全身が火照っており、両手も熱い。
「熱いです……」
思わず呟くと、それと同時に額にひんやりとしたものが降りてきた。
「あ……」
誓也の手である。祈の手とは違い、誓也の手は冷たかった。
「冷たいです」
冷たくて、心地よい。その冷たさの中には、確かに人の温度も感じられる。
「祈先輩」
優しい手と、優しい声が祈の心を幸福感で満たした。
「次こそは、美味い弁当期待してますよ?」
からかい交じりの彼の言葉に、祈は笑顔で返した。