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季節は秋。夏の晴れやかな空はなく、秋のどこか涼しげな空が見守っていた。
「まさか先越されるなんて~!もう本当に悔しい!!」
教室で涙目になっているのは真心だ。
そしてその横で涼やかな表情をしているのは、就職の内定が決まった誓也である。
「人間、本気になれば何でも出来るもんね」
平然と感心の意を表す素直に、真心はこれまた悔しそうに言った。
「このバカが私よりも早く就職決まるなんて!これは夢よ、悪夢よ!!」
「そこまで言うか……」
なんと、誓也はまだクラスでも数名しか貰っていない内定を貰ったのだ。
成績も素行も、誓也より良い真心が、悔しがらないはずがなかった。
けれどそんな中、誓也は自慢げに語ることもせず、下校の準備を始めていた。
「あれ、誓也帰るの?愛と鮎川さんがもうすぐ来ると思うけど……」
「悪い!俺用事あるから」
そういってカバンを持ち、教室のドアに駆け寄った時、タイミングが良いのか悪いのか、愛と希望に出くわした。
「あ、沢中先輩。もう帰るんですか?」
「う~ん……あ、そっか!誓也くん今日は――」
「ごめん、行くわ」
愛が何かを言い出す前に、誓也は教室から出て行ってしまった。
颯爽としているその姿に、希望はどことなく男らしさを感じた。
「ホント、3か月前の人間とは別人みたい」
「ねえ、愛ちゃん。誓也がこれから何しに行くか知ってるの?」
「うん!お姉ちゃんから聞いたんだけど、指輪を買いに行くんだって!」
「それってもしかして……婚約指輪?」
「いくらなんでも気早すぎるんじゃ……しかも2人で買いに行くんですか?」
「うん!でもね、お姉ちゃん……とーっても幸せそうだったよ!!」
街のとある一角。よく待ち合わせ場所に利用されるアンティーク調の時計がある所。
静かに待ち人が来るのを待つ歩美の姿があった。
そして。
勢いよくこちらへ走ってくるのは紛れもなく誓也である。
その姿を見つけた途端、ぱっと表情が明るくなり歩美は大きく手を振った。
「はぁ…はぁ…ごめん、待たせた……」
「ううん!それより誓也くん」
膝に手を置いたまま、息を切らしている誓也に歩美は声を弾ませて続ける。
「就職内定おめでとう!!」
今日、誓也は就職の内定が決まったことを一目散に歩美に報告した。
メールは至って淡々と、たった一行に収めての内容だったにも関わらず、彼女から返ってきたメールは絵文字のハートマーク、感嘆符の嵐で文字だけでもその喜びが伝わってきた。
「これはもうお祝いね!今日は沢中家と水原家で盛大にお祝いするの!」
「そんな……いいよ」
息が大分整ってきたところで、誓也はテンションの上がった歩美の制止に掛かる。
「え~?いいじゃない!折角就職決まったのに……」
誓也のことをどうしても祝いたいのか、歩美はそれだけで涙目になってしまった。
「おい…泣くなよ。……はぁ…分かった、分かった。んじゃ喜んでお祝いしてもらおうか」
そうやって言うと、潤んでいた目が急に輝きだした。
「うん!」
「それより歩美」
それはそれとして。本来の目的をちゃんと見据えて誓也は言った。
「買いにいくぞ」
何を買いにいくのか。それを忘れていたのか、歩美は一瞬目をきょとんとさせた。
しかし思い出した時には、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯く。
「う、うん……」
秘かに貯めていた、いや貯まっていた小遣い。
それにプラスし夏祭りが終わった直後に始めたアルバイト代を合わせ、高価なものは無理だが、なんとか指輪に掛かるお金を稼ぐことができた。
「でも……もう少し後でも良かったんじゃ…」
「婚約して3カ月も経っているのにか?」
もうこの会話を先ほどから何回も繰り返している。
その度に歩美は納得するが、その直後にもう一度問い返す。その繰り返しだった。
これでは自分と婚約したくないのか……という、不安な気持ちに誓也は襲われた。
(ま、不味い!話を変えるんだ!)
そこで思い付いた話題が、一つだけ浮かぶ。
「なぁ歩美。あの時の続き、話してくれないか?」
「あの時……?」
「花火大会の時、言ってたろ?星占いの話」
「あ!」
そう誓也が話を振ると、歩美は思い出したとばかりにあの時言えなかった占いの続きを語り出す。
「あのね。あの時の星占い、ハッピーアイテムは花火。そしてその後の結果にね」
嬉しそうに話す歩美の笑顔に、誓也も”今日は一日中頬が緩みっぱなしになりそうだ”と自嘲気味に思った。
すると、今さっきまで感じた不安も解消されていた。
歩美は歩美で、占いのことを語り続ける。
そして話が終盤に差し掛かった時、隣にいる婚約者の瞳を見て言った。
「”あなたにとって、人生を分ける大事なことがあるでしょう。ですが、必ず「はい」と答えてください”」
「……」
「占いの言うとおりにして良かった……」
恥ずかしそうに俯きながらも、その表情は幸せに満ちている。
そんな彼女の顔を見て、誓也も今までにない幸福感に満たされていた。
「占いって案外、侮れないな」
「うん……」
それ以降、2人は無言のまま、目的地を目指した。
そして、しばらくしてから2人はどちらかともなく手を重ね、宝石店の入り口を通った。