希望のノゾミ
希望には秘かな憧れがあった。それは、好きな人と学校帰りにデートをすること。
たとえそれが、他人の恋人であろうとも。
「これからか?どこに行くんだ?」
希望の急な誘いに、誓也はさして驚くこともなく、ただ疑問だけがよぎり首を傾げた。
誓也の胸中を察してか知らずか、希望はわざとらしく考える素振りをする。
そして用意しておいた言葉を彼に言った。
「そうですねぇ~…先輩のお好きな場所でいいです」
「俺の好きな場所……」
自宅。真っ先に思い浮かんだのは、やはり住み慣れた我が家だったが、そういうわけにもいかない。
少し考え込むと、色々なスポットが頭の中に浮かんできた。
ゲームセンター、CDショップと特にこれといって特徴のない店。
そんなところに連れて行って希望が楽しいのかは知らないが、誓也は思い浮かんだ場所を言った。
「へぇ~。ゲームお好きなんですか?CDって、どんな音楽聞くんですか?そうだ!先輩のお誕生日はいつですか?血液型は?好きな食べ物は?」
「……とりあえず、歩きながら話すか」
一気に質問攻めに掛かってきた希望に圧倒されそうになりながら、誓也は何とか平然と言い放った。
はじめに二人が向かった先は、誓也行きつけのCDショップ。
好きなアーティストの音楽関連商品が発売するたびに、誓也が利用する店だった。
田舎島では、都会のような大きいデパートなどはほとんどなく、誓也の行きつけの店もこじんまりとした雰囲気を醸し出している。
そんな店を目の当たりにした都会育ちの希望は、一瞬目を丸くしたがすぐに隣にいる誓也の方を覗きこんで話しかけてきた。
「どんな音楽を聞くのか、教えてくださいね?」
上体をやや屈めて希望は誓也を見ている。つまりは上目遣いだ。
可愛い女の子が上目遣いで見つめこられると、初心な男子なら誰もが気恥ずかしさを感じるものだが、誓也はあまり気に留めず”ああ”と短く答え、そのまま店に入っていく。
誓也の動揺した姿を見たいと思っている希望にとっては、正直面白くなかった。
(まだまだ!これからよ、これから!)
しかし感情が高ぶる一方で、希望は自分でもこんなふうに思うことを不思議に思った。
なぜこんなにも、自身は誓也に執着しているのだろうかと。
初めて出会ったのは彼が修学旅行で本州を訪れていた時である。
たった数回しか会話を交わしていないし、再会したと言っても、たとえそれが運命だと感じても、彼には既に恋人がいる。
(何で私、こんなに無意味なことを頑張っているんだろう……?)
誓也は希望の行動を疑問視し、希望は自身の行動に疑問を抱きながらも、二人の寄り道は続いた。
CDショップの次は、ゲームセンター。
希望はそこで一緒にプリクラを撮りたいと言い出したが、当然のことのように誓也はそれを却下した。
希望は頬を膨らませたが、それでも誓也はツーショットで、しかも女性との写真を歩美以外と撮るつもりはなかった。
ゲームセンターで誓也自身が気に入っているアーケードゲームをプレイした後、希望は誓也に再びお願いをした。
「プリクラはいいので、せめてあのクレーンでぬいぐるみを取ってください」
彼女が指差したクレーンゲームは、最近テレビのCMでもよく利用されているマスコットキャラクターであるウサギのぬいぐるみ専用のクレーンだった。
クレーンの中のウサギを見た時、誓也はあることを思い出したが、あえて口には出さず希望に反応を返した。
「そうだな。色々付き合ってもらったし、何色が欲しいんだ?」
マスコットキャラの色はホワイトやらピンクやらと5色以上のバリエーションがある。
さすがに好みの色があるだろうと思い、誓也は希望にそれを聞いたが、返ってきたのは意外な一言だった。
「先輩が選んじゃってください」
「……そうか」
誓也は目に留まった色を選び、そこに神経を集中させクレーンを操作していく。
クレーンがぬいぐるみに引っかかると希望は感動したとばかりに声を弾ませた。
「すごい!クレーンに商品が掴まってるところなんて今まで見たことない!」
元々この手のテクニックを要したゲームを得意とする誓也は、クレーンで商品を取れることが当たり前のような感覚でいたが、希望の感激した様子をみて幼少期の頃を思い出した。
当時、自分がまだ小学生だった頃。
月に500円程度のお小遣いを貰い、ワンコインでできるクレーンゲームをやるのが楽しみで仕方なかった。
帰り道、素直と愛とそして歩美の4人とで、商店街のはずれにあったクレーンゲームを楽しんだ。
最初は中々コツが掴めず、口を尖らせながらも懸命に商品を取ろうとしていた。
『歩美お姉ちゃんは何が欲しいの?』
『わたし?わたしはねぇ~……』
当時から変わらないのんびりとした口調で、歩美は機械の中にある欲しいものを指差した。
希望が所望したぬいぐるみを取ると、自分がなぜこんなにクレーンゲームが上手いのかという理由を思い出す。
理由は2つ。幼い子どもというのは、少しでもカッコいいと思われたいから。
そしてもう一つは。
(喜んで欲しかった……)
歩美に喜んで欲しいという、ただそれだけの願い。
そんなことを茫然と考えていると、いつまでもぬいぐるみを見つめている誓也を怪訝に思った希望が話しかけてきた。
「あのぅ~……それ、私にくれますよね?」
「あ、ああ……」
ふとした瞬間に自分の過去に浸っていたことを恥ずかしく思い、誓也は俯いたままぬいぐるみを希望に渡した。
しかし、希望に渡した途端またもや別のことが誓也の頭に浮かんだ。
今度は歩美のことではなく、今一緒にいる彼女のことだった。
「希望、君ってここにきてまだ日が浅いよな?」
「?……はい」
「ついて来い。この島を案内してやるから」
そうだ。どこの地方にも必ず観光地がある。
この小さな島でもそれなりに観光客も来ているし、観光の名所、と言えるほどでもないがそれに匹敵する場所もあった。
おそらく希望はまだ知らない場所が沢山あるだろう。
誓也は思い切って希望を、この島の有名な場所へ案内することにした。
この島唯一のマリンリゾートホテル、そして唯一の遊園地スカイランドを通り過ぎた後、初詣に賑わう星山神社に行きついた。
星山神社に着くと希望は鈴を鳴らし、手を合わせ、お願い事をした。
「女子って好きだよな、こういうの……」
「男の人でも好きな人はいますよ?」
「そうなのか……」
「そうですよ!」
希望が掛けた願いは、本当に些細な願いだった。
(あともう少しだけ、誓也先輩と2人きりでいられますように!)
そう強く心の中で願い、希望は誓也の腕に自らのそれを絡ませる。
だが、そうしたのも束の間、誓也はあからさまに眉を顰め困った表情をした。
この前の、ほぼ無反応だった彼とは明らかに違う反応である。
おそらくは恋人のことを思い出しているのだろうが、希望は腕を放すことを躊躇った。
しかしそんな希望の思いとは裏腹に、誓也は拒絶の一言を述べる。
「ごめん、彼女の怒られちゃうからさ。これだけは勘弁してくれ……」
「……彼女さんにバレたんですか?」
「……」
希望の問いに、図星を指されたことが明らかに分かる顔つきになった誓也。
その表情から誓也の胸中を察した希望は、バッと清々しく誓也の腕を解放した。
そして先ほど誓也に取って貰ったぬいぐるみを両腕で抱き締め、希望は俯く。
「一時の感情だから、大丈夫」
それはまるで、自分に言い聞かせているようにも聞こえるが、自分でも何となく気が付いていたこと。
“ちょっとした二目惚れ”。そして”ちょっとした願望”のため。
「?…なんか言ったか?」
誓也は聞き返したが、希望はその声を無視し、顔を上げて一言だけ言った。
「楽しかったです」
そう言うと希望は踵を返し、ご機嫌なステップで星山神社の門前まで降りていった。
取り残された誓也も慌てて、階段を降りていく。
しかし下っている途中、希望は誓也に向かって爽やかな笑みを見せて手を振る。
「また明日!」
そう元気に声を弾ませると希望は足早に誓也の元から去っていった。
「お、おい!」
早々に去っていく姿を見て、誓也は驚いたのか希望を呼びとめようとする。
だが希望はそのまま振り向きもせず、足の速度も緩めることはない。
誓也が唖然としていると、気が付けば希望の姿は随分遠のいていた。
一方の希望は、誓也の姿が完全に見えなくなると、ぬいぐるみを見つめ何かが切れたように空を仰いだ。
(な~んか、スッキリした!!)
きっと、一時の感情だったのだろう。
そしてもうこれ以上、誓也とその恋人の邪魔をするのはやめよう。
「もう満足っ!!」
結局、希望の行動の意図が読み取れないまま誓也は帰り道を歩いていた。
その手には先ほど希望と一緒に寄ったゲームセンターで取ったウサギのぬいぐるみがある。
そして自宅に帰る前に、水原家に寄る。
「誓也くん!」
そう思って玄関前のチャイムを鳴らそうと思ったが、背後からした声を聞くとその手間が省けた。
声の主は歩美だった。大学からちょうど帰ってきたのである。
「歩美。ちょうど良かった、はいこれ」
「ああ!うさぎのラミちゃん!どうしたの?このぬいぐるみ」
「ゲーセンに寄ったから、そこで取ってきた」
さすがに下心はないとはいえ、希望と行ったとは言う気にはなれなかった。
「わぁ……それに私の好きなホワイトラミちゃんだ!」
実は誓也、希望にぬいぐるみを取って欲しいとねだられた時、歩美もこのマスコットキャラが好きだと言っていたことを思い出したのだ。
希望のぬいぐるみを取った後、もう一度プレイし歩美が特に白バージョンが好きだと言っていたので、それを取ったのである。
「ありがとう、誓也くん!」
歩美の嬉々とした表情を見て、取ってきて正解だと誓也は内心思う。
出来れば、歩美の笑顔を一日中見ていたいとさえ思えてくる。
(重症だな……)
日も大分暮れ、空も誓也の心を映すかのように、赤く染まっていた。