不穏なスコール
「ちょ…っ!優輝、なんなんだよ一体…!?」昼休みのチャイムが鳴り、しばらくした後に、優輝が3年1組の教室に入ってきて誓也の右腕を引っ張り、浮かれた表情のまま、1年生の教室の階へとやってきた。
「転校生だよ、転校生!!」
今にもスキップし踊りだしそうな優輝の様子を、誓也は呆れた瞳で眺めた。
大体、誓也にとって転校生、しかも学年の違う生徒が転校してきたからって、そこには何の興味も湧かなかった。
1人で勝手にやってくれ…と、優輝に言い出したいところだが、それをするとまたネチネチと嫌味を言われ続けそうで、その選択もできない。
気が付けばあっという間に転入生が来たというクラスまで来ていた。
クラスに入る寸でのドアの前で、優輝は適当にそのクラスの女子に声を掛け、転校生のことを聞く。
「ねぇねぇ君、このクラスに今日転入してきた子がいるって聞いたんだけど…」
廊下側のすぐそばの席に座っていた女子生徒2人が、きょとんとした顔で優輝と誓也を見てきた。
一瞬、”嫌”な顔をされて。女子は素っ気なく答える。
「ああ、その子ならさっき食堂に行きましたよ?早速友達が出来たみたいで…」
明らかに嫌な表情をする女子生徒2人に、優輝はぱっと明るい顔を見せて言った。
「そう!ありがとう、じゃね!」
食堂に行った、ということしか今の優輝には頭に入っていないらしい。
なぜ自分まで女子にあんな”嫌”な顔をされなければならないんだ、と誓也は胸中溜め息を吐く。
(まったく…慌ただしい奴だ…)
2人が食堂にやってきた時には、既に大勢の生徒が席を確保しており、無論女子生徒も沢山いた。
そこで誓也は上機嫌で食堂を見渡す優輝の馬鹿さ加減に憐れみを覚えた。
「どこかなぁ~どこかなぁ~」
「優輝、お前転入生を探すのはいいが…」
「ん?何?」
「名前くらいは聞いておくべきだったんじゃないのか…?」
「……」
誓也のツッコミに、一瞬にして優輝の輝かしい表情は急降下していった。
例の転入生の居所を突き止めたのなら、今度は名前を聞くべきだったろうに。
優輝は涙目になった。
「なんでそれを早く教えてくれなかったんだーー!?」
「普通気付くだろ……」
絶叫し、終いには玩具を買ってくれない子どものような泣き声を上げ、優輝は地に伏した。
誓也はそんな悪友の行動に呆れる半面、こんな痴態を晒している高校生と一緒に行動していることが恥ずかしくなった。
何とかして他人のフリを決め込みたかったが、一歩遅れて優輝が誓也の両足にしがみ付いてきた。
「おい、離せ!他人のフリが出来ないだろうが!!」
「誓也~!!」
食堂の生徒の視線は、誓也と優輝に注がれた。その視線の中には、例の転入生の姿もある。
「何、あの騒いでる男子…」
早速できた友人が言葉を洩らすなか、希望は2人の男子生徒の様子を見ながら、声を堪え笑っていた。
特に、受験シーズンの時、青龍神社で知り合った沢中誓也を眺めながら。
放課後の1年生の階。希望は友人もでき、不慣れながらも充実した1日を終えた。
「希望ちゃん、今日早速だけど、寄り道とかしてかない?」
社交的な一面が利いてか、希望は早速寄り道を誘われた。
本来の希望の性質上、誘いは受けて何ぼという感じだが、流石に転校初日での寄り道は、まだ引っ越してきたばかりで、恐らく家で忙しなくしているであろう家族に気が引ける。
「ごめん。まだ引っ越してきたばっかで、家がゴタついてるんだ」
希望はありのままの断りを入れ、そそくさと教室からあっという間に靴箱のもとへたどり着いた。
希望が外靴へ履き替え、いざ家へ帰ろうとして視線を校舎の方へ向けると、そこには見覚えのある顔があった。
(あ……沢中誓也……!!)
校舎には、3人の女生徒と共に帰宅する様子の誓也の姿があった。
彼を見かけるのは2度目のことになる。希望は急いで玄関から誓也のもとへ走った。
そして……。
「よっ!」
「ぬわっ…!?」
いきなり無礼かとも思ったが、思い切って誓也の背中を自身のカバンで叩いてみる。
すると案の定驚いた表情をした誓也が振り返ってきた。
一瞬、彼の頭の上にクエスチョンマークが見えたが、次にははっと顔色を変えた。
「君…」
どうやら、自身のことを覚えているらしい。そのことが無性に嬉しくなった。
「久しぶりです!沢中先輩」
誓也の周りにいる女生徒などお構いなしに、希望は彼の腕を自らのそれに絡ませた。
「……えーっと、名前を覚えてくれていることは大変光栄なのだが……」
誓也は希望の顔こそ覚えていた、いや正確に言うと思い出したが名前までは流石に思いだせなかった。
そう言うと、彼女は一瞬ムスッと顔を顰めたが、すぐに元の明るい表情に戻り改めて名乗ってくれた。
「鮎川希望」
「あ、ああ…そうそう、それそれ……」
2年生の修学旅行の時、埼玉の青龍神社で出会った自分より1つ下の女の子。
まさかこんな場所で再会するとは思いもよらなかった。
こんなこともあるのかと、胸中楽しくなってきていたが、すぐに新たな疑問が生まれる。
なぜ、埼玉に居るはずの彼女がここに……?
「誓也?知り合い……?」
それまで茫然と2人の様子を眺めていた真心、素直、愛のうち、真心がやっと誓也に問った。
「ああ。ほら、修学旅行で……――」
真心の問いに、答えていた誓也の言葉を遮って、希望は誓也の腕から離れ、真心にお辞儀をした。
「鮎川希望です。埼玉の女子高から転校してきた、1年生です」
「あ~!この子が星先輩が言ってた噂の子だよ!よろしく、私、愛だよ!」
希望が優輝の言っていた例の転入生だということを、誓也もそこで初めて知る。
「そうだったのか……まさか君だったなんて……」
そう誓也が話しかけると、希望はまたさっきのように誓也の腕を自らの腕に絡ませた。
その行動を真心と愛は怪訝に、素直は半ば呆れたように見ていた。
「何か運命を感じません?思いがけない再会なんて!私、結構ロマンチストなんです」
“運命の再会”、という言葉を希望が言ったまさにその次の瞬間。
「こらぁ~!誓也くんにはお姉ちゃんがいるんだから、あんまりベタベタしちゃダメ!!」
希望の馴れ馴れしい行為を愛が咎める。
顔を真っ赤にするくらいの大きな声に、下校中の生徒たちの視線が集まった。
誓也と真心はそれを制しようとしたが、その前に今度は希望が言い返すように愛に言った。
「ふ~ん。大丈夫よ、あなたのお姉ちゃんはきっと、あなたみたいにアホ面だから、すぐに沢中先輩が飽きちゃうと思う」
この希望の発言に誓也と真心は呆気に取られ、素直はくすりと笑った。
言われた当人である愛は、あからさまに悔しそうな顔をして、希望を睨んだ。
「ぷー!!何それ?!私アホ面じゃない!」
「……」
しかし、愛がアホ面であることには誰もフォローしない、否できずにいた。
自分の面構えに対して色々と愛が希望に言っていたが、希望はそれを無視し相変わらず腕を絡ませながら誓也の方を見た。
「先輩。先輩の家の方角はどっちですか?」
「ああ、あっちの方だけど……」
誓也が自分の家の方角を指差した瞬間、希望は更に目を輝かせる。
そして嬉しそうに言った。
「奇遇ですね!私もですよ?途中まで一緒に帰りましょうよ」
嬉々としている希望に誓也は嫌悪感というよりは、どちらかというと困惑していた。
確かに、修学旅行で偶然会って、再会するなんてことはごく稀なことではあるのだが……。
「ちょっと!あんた彼女いるくせに、いつまで他の子と腕組んでんのよ?!」
誓也が先ほどから妙に気になっていたことを真心がつっこんできた。
腕を組んでいることで、肘の辺りに感じる心地よい感触があったのも困惑していた理由の一つ。
そして、もう一つの理由は歩美に対する罪悪感である。
「……放してくれないか?」
平然を装いつつ、誓也は優しく希望に言う。しかし、返ってきたのは意外な一言だった。
「今はその彼女さんはいないんですから、問題ありません!さぁ、帰りましょう。”誓也”先輩!」
強引に腕を払うことはできず、誓也は希望のペースに上手く丸め込めれてしまい、腕を掴まれたまま校門から小走りで出ていった。