雨は夏のスタート
登場人物紹介
沢中 誓也(さわなか-せいや)
高校3年生、3年1組。
「Summer Sky」の主人公。物臭で行動力に欠ける部分があるが、根は優しく責任感も強い。
誓也の先輩(卒業生)
水原 歩美(みずはら-あゆみ)
誓也の恋人。おっとりしているがしっかり者で、誓也を支える。
高校を卒業した後は、島唯一の大学に進学。家政科を専攻。
同年代の瀧口祈とは親友である。水原愛の姉。
瀧口 祈(たきぐち-いのり)
容姿端麗、成績優秀な誓也の先輩。
高校卒業後は、歩美と同じ大学の医学科に進学。
同年代の水原歩美とは親友である。
誓也の同級生(高校3年生)
小野 素直(おの-すなお)
誓也の家の向かいに住んでいる彼の幼馴染。
誓也同様、物臭で放っておけば学校もサボる。
今回は3年1組で、誓也と真心とは同じクラスとなっている。
日向 真心(ひゅうが-まこ)
明るく元気な、3年1組のクラスのムードメーカー的な存在。
スポーツ万能だが、成績はあまり良くない誓也の友人。
誓也とは小学生の頃から高校生まで、一度もクラスを離れたことがない。
今回も例のごとく誓也と同じクラス。
誓也の後輩(高校2年生)
星 優輝(ほし-ゆうき)
単位を落とし、留年したため、誓也とは同年代。
愛と同じクラスである。
趣味はナンパと成人誌を読むことなど、心身ともに思春期真っ只中。
水原 愛(みずはら-あい)
歩美の妹。誓也を兄のように慕う甘えん坊。
歩美同様、天然であるがテンションの高さはダントツ上。
子どもっぽいが、姉想いで誓也との交際を見守っている。
誓也の後輩(高校1年生)
鮎川 希望(あゆかわ-のぞみ)
誓也と修学旅行の見学先で出会った少女。
梅雨は、真夏の暑さを少しでも和らげるために、絶対的に必要な自然現象だと思う。
“髪がいたむ”、“心が沈む”などの理由で、この季節を嫌う人も多いが、誓也はさして梅雨の季節に嫌悪感というものは抱かない。
寧ろ厚い真夏が来る前の、クールダウンとしてちょうど良い現象だと思い、割と好きな方だ。
六月の中旬。季節はまさにその“梅雨”の真っ只中にあった。
授業中も、教師の話を聞いていないためか、誓也の耳には窓の向こうからする雨の降る音に聞き入っていた。
土砂降りを忌み嫌う生徒や、湿気により髪が傷むなどと、陰鬱そうな声もざわめきの中にあった。
雨は嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。暑さを紛らわす良い効力となっている。
唯一のデメリットとしては、休日外に出かけられないことだ。
もっとも最近は、就職試験に向けての対策が土日にも学校で行われているため、外出する暇もほとんどない。
誓也と真心は就職志望だが、2人とも本州で働く気は全くなかった。
誓也たちの通う高校では、本州への就職を志望する生徒が多いため、”就職専門クラス”という場が設けられている。
地元に就職するよりも、本州への就職志望の倍率が高いため、地元の就職志望者は、必然的に進学希望クラスの仲間入りとなる。
本州への就職は、地元の就職と比べ難関であるためだ。
2年の進路調査書に、誓也も真心も地元就職を希望したため、素直と同じ進学クラスとなった。
あの夏から1年。今でも歩美との交際は続いている。
土砂降りの中、授業と就職講習を終えた誓也は帰路についた。
「ただいま」
家に着き、玄関に入ると、傘立ての中に傘を入れ、軽く濡れたブレザーを脱ぎ家の中に入ろうとした。
その時。リビングから物凄い勢いで誓也を出迎えた少女が1人。
「誓也くん、お帰りなさ~い!」
満面の笑みで、だか誰もがバカ面だと思うであろうその緩みきった顔は、紛れもなく愛である。
愛はリビングから飛び出た勢いのまま、誓也の胸に飛んできた。
「愛…?何でお前が来てるんだ?」
言うまでもなく、ここは誓也の家だ。
愛にはまだ就職講習などがないため、誓也よりも下校時間が早い。
しかし、だからといってなぜ愛が?愛が来ているということは、それと同時に。
「お姉ちゃんがね、今日は誓也くんのお母さんの代わりに沢中家の晩ご飯を作ってくれるんだって!」
「歩美姉さん、来てるんだ」
恋人が自分の家に来て、料理を作っている。
それだけのことでわくわくしてしまうのは、やはり自分もバカな男なのか。
愛に手を引かれながら、誓也はリビングへ入っていった。
そのリビングから見えるキッチンにあった後ろ姿は、紛れもなく彼の恋人の歩美である。
「お帰りなさい、誓也くん」
見慣れた優しい二つの瞳とおっとりとした声が、誓也の帰りを柔らかく迎えた。
「ああ、ただいま」
その光景を誓也の真横で見ていた愛は、感心したのか感動したのか、歓声にも似た声を上げた。
「すご~い!まるで奥さんと旦那さんみたい」
その言葉に頬を赤く染めた歩美に対し、反応に困った誓也は適当な冗談でその場を凌ぐ。
周囲からも、“夫婦”とからかわれるようになってきているし、誓也はこういった場の対応の仕方が順応になってきたのだ。
「…それじゃあ愛は小うるさい姑役にでもなるか?」
「ひど~い!私うるさくないもん!!」
いや、煩いだろう…という心の中でのツッコミはさておき、気になることがある。
「父さんは?今日は仕事休んだって聞いたんだけど…」
今日、仕事を休むと朝一で公言していた父親の姿が無いのである。
すると愛は怒った表情を180度変え、楽しげに誓也の父親が出掛けた先を言った。
「誓也くんのお母さんのところ、お見舞いしにいったの!」
誓也の母は、3日前に盲腸で倒れこの島唯一の総合病院に入院していたのだった。
いつも喧嘩もすることがあるが、なんだかんだ言いながら妻のことが心配であるらしい。
仕事を休んだ理由もそこにあったのかもしれない。しかし…。
「盲腸くらいで大げさな…」
誓也が生まれる前の話だが、随分と仲の良い夫婦だったと小野家の両親からも聞いていた。
それから約20年間も付き合っているのなら、父親からしてみれば、たかが盲腸、されど盲腸なのだろう。
結婚か…。誓也には、今はまだ遠い未来のことのように思える。
結婚し、家庭を持つということは、それなりに大変なのだろうから。
まずは就職をしないことには、どうしようもならないだろう。
どんなに”夫婦”とからかわれても、今はまだ”からかわれる”だけだ。
何にせよまだまだ誓也には、先のこと。
土砂降りの雨の中、誓也たちの通う高校の前を通り過ぎる大型トラックが一台。
引っ越し業者のトラックである。そこから学校の姿をまじまじと見つめる目があった。
「ここが明後日から通う学校?」
聞こえてきた声は可愛らしい高い声だ。
するとその声に反応した、彼女の父親らしき人物が、申し訳なさそうに答える。
「ああ、そうだよ。頑張って美桜に合格したのに、ごめんな…」
「ううん…パパの仕事の都合だから、しょうがないよ…」
少女はしょうがない、と言いながらも表情と声色は”しょうがなくない”と言っているようである。
どうやらこの夏、どこからか転入してくる生徒らしい。
梅雨の時期には珍しく、晴天に恵まれた爽やかな今日。
屋上では久々の昼食となった。そこには誓也、素直、真心、愛、そして留年した優輝の姿が見られる。
優輝は学校の情報には敏感なほうで、何処からともなくまだ噂も立っていない情報も持ってくることが多い。
今回の情報、それは。
「転入生?」
「そうなのだよ、沢中君!梅雨の時期に転校してくる、何とも可憐な1年生がいるのだとか!」
これも、まだ噂にもなっていない情報だった。
初めて聞く誓也たちは、最初こそ興味を引いたが、次第にまた”可愛い子”に現を抜かす優輝に呆れ、冷やかな眼差しを送った。
すると、優輝と同じクラスである愛は、もう先に聞いていたのか、例の話を進める。
「何でも埼玉の女子高から来た子なんだって」
埼玉と言えば、誓也にも優輝にも修学旅行での思い出がある。
テレビでやっていた御当地美人特集の、巫女さんに会うために、青龍神社に行ったことがあった。
優輝たちはその巫女にメールアドレスなどの交換を要求したが、その子に恋人がいると公言され、かなりショックを受けていたことも…今となっては良い笑い話だ。
そういえば、誓也もあの時、少しだけ会話を交わした少女がいた。
(なんて名前だったかな…)
少し生意気そうだけれど、確か可愛い子だった気がする。
しかし、半年以上の前のことを、誓也が覚えているはずがなかった。
何となく気になり、記憶を探ってみるがそれでも思い出せない。
そうしてボーっとした表情をしていると、優輝が誓也の肩を抱き、ひっそりとその転校生について話し始めた。
「楽しみじゃな~い?田舎の子とは一味違うキツそうな感じも刺激的だったりして~。あ、恋人がいる沢中君には無縁のことか…」
いつかの修学旅行でも、こんな嫌味を言われたことがあったような気がする。
優輝の嫌味は、もう耳にタコが出来るほど聞き慣れていた誓也は、そんなことなどお構いなしに、ボーっと空を眺め続ける。
優輝が誓也にも文句をぶつぶつと言っている間にも、話は素直の一言で終わりを迎えた。
「まあどの道、1年生でしょ?私たちには関係ないし」
「そうよ!それに、留年野郎と違って誓也たちは就職試験だって控えてんだから!」
転校生がどうの、という話を見事へし折り、能天気でお気楽な優輝に嫌味にも似た喧嘩を吹っ掛けたのは毎度おなじみの真心だ。
そしてこれまた、お決まりの展開が始まる。
「うわ~、田舎の子なのにぃ~…そのキツい性格直さなきゃ、彼氏なんてできましぇ~ん!」
「なんですって!?」
優輝のいちいちムカつく言葉の連動に、真心は今回も恒例の如く”噴火”し、彼女のアクロバティックなプロレス技により優輝は”撃沈”していった。
この日常風景に、恋しい一人の姿がないことに、誓也はやはり寂しさを感じる。
昼休みが終わり、授業が終わり、就職講習が終われば…今日は歩美に会えるだろうか。
(夏の空も、平和すぎて笑っているな…)
放課後、就職講習が終わった誓也は真っ直ぐに自宅へ帰った。
もしかしたらまた歩美が来ているのではないかと、少しばかり期待していたが、はずれだったらしい。
自室に戻ると、窓から少し離れた水原家を眺めた。
「はあ…」
しばらくすると、晴れ間だった空は一気にどんよりとし始め、強い雨が降ってきた。
開けていた窓は、そうしているわけにもいかずやむを得ず締める。
途端に、それまではっきりと見えていた水原家が、雨と窓の影響でぼやけて誓也の目に映る。
いつも近くに住んでいて、会おうと思えばいつでも会えるはずなのに、なぜか物凄く歩美を遠く感じた。
それは彼女が卒業してから始まったこと。
いつも一緒に学校から家に帰っていたはずの彼女が、突然いなくなった時からだ。
大学に通っているということもあり、帰宅時間も高校とは異なる。
大学でも色々と付き合いもあるらしく、帰りが遅くなることもしばしばあるという。
(大学って、大変そうだな…)
就職を考える誓也にとって、それは全くの無縁の話のように感じ、大学に入るわけでもないから、とりわけ興味も湧かない。
就職をしたら、今まで以上に会う時間も減るだろう。
だからこそ、誓也は寂しかった。
こんなことを言えば、歩美に幻滅されるかもしれないが、情けないことに寂しいと思ってしまうのだ。
(別のこと、考えるか…)
これ以上気持ちを沈めたくなく、誓也は夕飯のことを考えながら自宅の風呂場へと向かった。
翌日のことである。
今年、晴れて高校生になった1年生、3組の教室、教壇の前にセミロングで髪の一部をサイドテールに束ねた少女が立っていた。
「埼玉の国立美桜女子大学、附属高等学校から転入してきました、鮎川希望です。よろしくね!」
それは、去年の冬、誓也が修学旅行先で出会った、鮎川希望、その子である。