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Summer Sky  作者: あっきぃ
本編~B version.
12/28

真夏の夜空~B version.

『み~つけた!』


君の隠れそうな場所は、すぐにわかるよ。だって、僕はいつも君の姿を見ているから。


大好きな人だから。大好きな、女の子だから…。


僕はいつも探している。歩美お姉ちゃん、次に僕を探すのは、お姉ちゃんの番だよ。


だから、僕を早く見つけ出して。


「…う、う~ん…姉、さん…」


誓也は慣れない看病に少し疲れたのか、そのまま眠ってしまっていた。


自分にとって、何者にも代えられない、たった一人の女性の夢を見ながら。大好きな、彼女だから…。


出来るだけ心配はさせたくないし、迷惑も掛けたくない。


けれど、自分以外の男性に彼女が心を向けるのは嫌だから。


だからあえて、迷惑を掛けてしまう。






夢の続きは、彼女がもっと大きく成長した、今の姿になってのものに変わった。


放課後、今日は何やらしんみりした、少し落ち込んでいるような顔をしている。


滅多に見ないその表情に、誓也は心配になって声を掛けた。


いつもは笑顔で、教室に迎えに来てくれる彼女の表情が、今日は暗い。


「歩美姉さん、どうしたんだよ?暗い顔して…」


すると、歩美は俯いていた顔をそっと上げた。その瞳には涙を溜めている。


何か嫌なことでもあったのだろうか。まさか、誰かに嫌がらせをされたり、とか…?


もし彼女にそんな悲しい思いをさせた奴がいるとするなら、許せない。


しばらくして、歩美はその涙の理由を涙声になりながら話した。


美術の成績が、また一つ落ちたらしい。そういえば、苦手だって言ってたっけ。


しかし、意外と微笑ましい理由だったので、拍子抜けして誓也は苦笑してしまった。


「もう…笑い事じゃないの」


これまたあまり見ない歩美の怒り顔に、誓也はまたしても吹き出してしまった。


彼女は、どんな表情をしても可愛いから。








「……あっ…」


現実的な夢だったので、全く違和感を覚えなかった夢から、誓也はふっと目を覚ました。


首を横にして眠っていたため、若干寝違えたらしく、少し痛い。


(歩美姉さん、今頃心配してるかな…)


素直の看病をしているうちに、誓也は寝入ってしまったらしい。


柔らかいベッドを枕代わりに眠っていたため、目覚めは良かった。


そっとベッドで眠っている素直を見つめると、まだ熱があるようで息苦しそうな寝顔を浮かべている。


熱が引かないためか、額に貼ってあった冷却シートも乾ききっていた。


新しくシートを貼り直してやると少しだけ表情が柔らかくなったようだ。


「……はあ…」


それでもまだ熱の下がらない素直を放っておくわけにもいかず、勉強会に行くことはやはりできない。


これでは宿題は、自分一人の力でやらなければならなくなる。


陰鬱な気分になる一方で、逆にそのほうが良いかもしれないとも思った。


そうすれば、歩美の負担が減るだろうから。


しかし、先ほど夢に出てきた所為か、彼女に会いたいという気持ちもある。


「歩美姉さん…」


誓也は素直の容態を見ながらも、頭の中では歩美のことを考えていた。


しばらくの間そうしていると、小野家の玄関チャイムが鳴った。


時刻はもう夜の十一時。こんな時間に一体、誰がと誓也は不審に思いながら、玄関の外をドアスコープから覗き見た。


「あれ…?」


そこには見慣れた人物が心配そうな顔をして、立っている。それは紛れもなく、歩美であった。


誓也は玄関を開け、家にその人物を招き入れた。


「歩美姉さん…」


彼女は両手にファイルを抱き締めている。


「素直ちゃん、大丈夫?…お粥でも作ろうと思って来たんだけど…」


こんな夜遅くにまで、彼女は素直の心配をしてきてくれたのだ。


しかし、きっと理由はそれだけではないだろう。両手に抱き締めているファイルはおそらく。


心底、歩美に感謝し、素直の状態を説明しながら部屋へと向かった。


素直の熱は未だ下がらず、眠り続けているため、お粥を作っても彼女が食べないうちに冷めてしまうだろう。


現に、さっき誓也が作ったお粥も素直は一口、二口しか食していなかった。


「そうなの…じゃあ目が覚めるまでは、そっとしておいた方がいいのね…」


歩美はベッドで眠る素直を心配そうに見つめると、彼女の頭を撫でた。


そうして少しの間、素直の頭を撫でていた歩美はすっくと立ちあがり、茫然と見守っていた誓也の方へ向き直った。


今までの心配そうな暗い表情ではなく、優しい笑みを浮かべている。


「それじゃあ、素直ちゃんの机を借りて始めましょうか」


歩美はそういうと、素直の机に自身が持っていたファイルを置き、ベッド付近の椅子を机の椅子の隣に並べ、席を二つ作り上げた。


やはり。歩美が抱えていたのは誓也の宿題を終わらせるために用意した勉強道具だったのだ。


「歩美姉さん…」


どうして彼女はいつも、俺のことを放っておくことをしないのだろう。


どうしていつも、来てくれるのだろう。


「宿題。素直ちゃんの看病ですっかり忘れていたでしょう?」








夏休みの、やりたくはないが、やらなくてはならない宿題。


歩美に教わりながら、誓也は得意科目から片付けていき、終盤で苦手な科目の問題を解いていく。


特に苦手な教科は、夏休みで遊び呆けていたため、学校で習ったことをすっぽりと忘れている。


「姉さん、この問題なんだけど…」


授業中、教師に教えられたことを今度は歩美に聞く。


確かに勉強は嫌いだが、教わる相手が歩美なら授業中程の憂鬱さは感じない。


歩美の方を見る度、彼女の優しい微笑みが見えて、とても癒される。


こんなことを、もう何度も繰り返してきた。


歩美が問題の説明をしてくれているにも関わらず、思わずそんな彼女に見惚れることも、何度もある。


「誓也くん…?」


今まさにその状況であることに気付き、慌てて誓也は問題に向き直った。


「ああ、はい…ゴメンナサイ…」


お泊り会の時間を削ってまで来てくれた歩美に、これ以上手間を掛けるのは気が引ける。


今日のところは、とことん勉強に集中するべきだろう。


いや、いつもそうしたほうがいいのに違いはないが。


そうやって問題を教わっている間に、素直の容態は徐々に回復していくようであった。


もう時刻は深夜の二時過ぎ。それでも自分が怠けていた分の宿題はなかなか、片付かなくて。


その内、宿題の難問よりも眠気との戦いにもなってきた。


「姉さん、ここは…」


そして新たな問題の解き方を歩美に問う。しかし、返答はなかった。


ふっと歩美の方を見ると、彼女は静かな寝息を立てて、首をこくこくとさせながら眠っていた。


もう日にちを跨いでしまっているし、きっと愛の宿題の面倒も見ていたのだろうから、疲れていて当然だった。


(姉さんが疲れていることさえ、察することができなかったのか…)


彼女はいつも笑顔だから。


そりゃあ、人を心配する時は不安げな表情を見せたりもするが、基本的には自分の体調を無視して人の世話をする人だ。


だからいつも、あまり彼女のことを理解して上げられていないのかもしれない。


誓也は心底、自分が情けなくなった。そして思う。


(いつまでも、姉さんにばかり助けられていちゃいけない…)


正直、そう思ったのは今回のことに限らなかった。何かと彼女に面倒を掛けた時は、いつも思うこと。


それは彼女に構って欲しいからという願望もあるが、自分の怠け癖も確かに影響している。


誓也は眉を顰め、隣で眠る歩美を見た。


「歩美姉さん、寝るんなら下のリビングで横になった方がいい」


軽く彼女の肩を揺すって、誓也は小声で話しかけた。


「…ん…あ…ごめんなさい、眠っちゃった…」


熟睡していたわけではないので、それだけで歩美は目を覚ました。


「いいよ、それより寝るんなら、下のリビングにソファーあるだろ?…それとも家に帰るか?」


「うう~ん…でももう目が覚めたから、素直ちゃんにお粥でも作ろうかな」


そう言って歩美は、椅子からすっくと立ち上がり、料理をするために小野家のキッチンへ向かおうとする。


しかし、そんなことを黙って誓也が見ていられる筈もない。彼女は休むべきだ。


「えっ…いいって、そこまでしなくても。素直ならまだ寝てるし…」


そう言って、誓也は歩美を制したが、歩美はいつもの笑顔で誓也にこう返した。


「ずっと眠っていて、熱も下がってきてるから、夜中に起きることだってあり得るでしょう?」


そりゃあ、そうだけど…。今回ばかりは歩美の言葉に流されるわけにはいかないような気がする。


しかし、誓也の胸中を無視するように、歩美はそそくさとキッチンへ向かった。


誓也も慌てて彼女を追う。


「勝手に使っちゃって大丈夫かな?」


そう言いながらも、歩美はお粥を作るために色々とセッティングをする。


そんな歩美の声色と表情を見て、誓也は一つの結論に辿り着いた。


「姉さん…少し休んだ方が良いって、目が覚めたって…嘘だろう?」


彼女はいつも、無理をしていないように見えて、無理をしている。それくらいは分かる。


微妙なところでの判断ではあるが、それでも小さい頃から一緒なのだから。


誓也にそう言われると、歩美はふわりと笑って言った。


「あ、バレちゃった?やっぱり誓也くんは凄い」


いつもぽけぽけしていて、常に一定のテンションを保っている歩美を、できることならちゃんと理解してあげたい。


きっと祈が良き理解者なのだろうが、ならば自分はどうだろう。


幼い頃からずっと一緒に居て、好きと自覚しながらも”そうじゃない”と自分の心に否定し続けている自分を、歩美はどう思うだろう。


できることなら、これから先、ずっと。


「なあ、歩美姉さん…」


幼い頃、歩美と愛と素直と自分の四人で、かくれんぼをしていた時のことを思い出した。


先ほど見た夢のことだ。誓也がオニの番になった時、一番最初に誰を探しにいっただろう。


「俺には、もう…隠し事とかしてほしくないんだ…」


あの頃、隠れていたのは歩美の身体だけだった。


でもいつからか、歩美はその身の代わりに、心を隠すようになってしまっていたのだ。


「誓也、くん…?」


誓也の真剣な態度に、歩美は少し困惑しているようだ。


歩美の中では年上だから、という理由もあるのだろうし、もっと深い理由もあるのかもしれないけれど。


「姉さん…俺は頼りないし、いつも迷惑ばかり掛けているけど…姉さんのことは好きだから。だから…」


これからは、無理はしないで。俺が姉さんを、支えるから。

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