ほんとうの鏡への冒険
──4月17日。晴れ。
ぼくの家の屋根裏の部屋には、鏡がいっぱいある。お父さんのコレクションなんだ。
今日、友だちにその話をしたら、見たい、って言うから、学校が終わったあとみんなを案内することにした。
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家に帰ると、お父さんは用事でいなかった。お母さんに言ってから、みんなで屋根裏に上がった。
ぼくと友達の4人で、部屋に入ったら、ぼく以外が声をあげた。部屋いっぱいの鏡にびっくりしたみたいだ。
「ほんとだ。こんなにたくさんあるんだ」
みんな口々にすごいと言うから、ぼくはすこし胸をはって言った。
「不思議な鏡ばっかりだよ。見てみよう」
まず、ひとつ目の鏡をのぞきこんだ。
「なに? これ、あたしじゃないよ?」
映っていたのは、アヤちゃんじゃなくネコだった。
「どれどれ」
ぼくがのぞくと、ちいさい犬が映った。フトシがのぞくと女の子、リコちゃんはよろいを着た人だった。
「おかしいね。だれもちゃんと映らないじゃない」
「他にはどんなのがあるの?」
他にも、『人間が映らない鏡』や、『あべこべの鏡』、ぼくらが『大人になって見える鏡』とかもあった。
「こっちも見てみようぜ」
またべつの鏡をのぞき込むと、どこか知らない、砂がずっと広がっている景色が見えた。手前には、木が生えていた。
「これ、葉っぱがゆれてるよ、どういうしかけ?」
「外国なの?」
「そうだよ。これは、ピラミッドっていうんだよ」
「ねえねえ、これ見てよ」
アヤちゃんが言った。
「この鏡ね、景色が変わったよ?」
こんどはピラミッドじゃなく、ものすごく大きな滝が映っている。すごい勢いで水が落ちている。
「ここを押すと景色が変わるよ」
鏡の横のボタンを押すと、こんどは湖が映った。青空をそのまま映したような湖だ。
「すっげー」
みんな次々にボタンを押した。そのたびに景色が変わる。
「色んな国が見られるんだね」
またボタンを押した。こんどはどこかの森だ。
「あれ?」
「どうしたの?」
「この鏡、手が入るよ!」
「うっそー!?」
アヤちゃんが、鏡にさわろうとすると、手がそのまま中に入った。アヤちゃんは手を出したり入れたり、上下に動かしたりしてみた。
「ほらほら。やってみなよ」
「ほんとだ」
フトシもアヤちゃんのまねをした。
「ねえ、中に入ってみようよ」
アヤちゃんが言ったが、ぼくはお父さんの鏡だから、勝手に入らないほうがいいと思った。
「やめとこうよ」
ぼくは言ったが、フトシがぼくたちの間にわりこんできた。
「おれ、入ってみる!」
「フトシくん、やめときなよ」
リコちゃんがフトシの服をギュッと引っ張った。
フトシは鏡に手を入れて、そのまま進むと、肩、頭、体と順番に入っていき、ついに足までぜんぶ入ってしまった。
「じゃあ、あたしも」
アヤちゃんがフトシにつづいた。
「じゃあ……あたしも」
ぼくをチラリと見てから、リコちゃんも後につづいて鏡に入ってしまった。
ひとり残されたぼくは、しかたなくみんなについて行った。
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「ここ、どこなんだろうね」
「どこかの森だね」
みんな、まわりをきょろきょろしているけど、木がたくさんあるばっかりで、先は何も見えない。
「ひょっとすると、この先に魔女の家があるかも?」
フトシが言うと、アヤちゃんは笑って、リコちゃんは怖そうな顔をした。
「みんな、あんまり遠くへ行っちゃダメだよ。鏡の出口がどこにあるか、わかんなくなっちゃうよ」
ぼくが言うと、みんなふり向いて、『出口』を見た。
そこには鏡とおなじ形と大きさの穴がうかんでいて、屋根裏の部屋が見えている。これに入ればもどれるんだ。
「それもそうだな。ここ、なんにもないし、帰ろうか」
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「みんな、おやつにしない? ジュースもあるわよ」
屋根裏に、お母さんが入ってきた。
「あら、みんな外に行ったのかしら?」
お母さんはきょろきょろぼくたちを探した。
「それにしてもこの部屋、鏡がいっぱいでせまいわね」
お母さんの腰が、鏡のひとつにぶつかった。ちょうど鏡のボタンがあるところだ。
カチリ、とボタンを押す小さな音がしたけど、お母さんは気づかない。
「あら、いけない。お父さんの大事な鏡ですものね」
すこし場所が変わってしまった鏡を、お母さんはもとにもどした。
「あの子たち、いつの間にか外で遊んでいるのかしらね」
お母さんは部屋を出て行った。
鏡に映る景色は、さっきまでと変わっていた。
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「あ! 鏡の出口が、ない!」
リコちゃんが指をさしたほうを見ると、さっきまであった出口がなくなっている。
「どうして?」
「わからないよ。どうしよう?」
「あれがなくっちゃ、家に帰れないよ」
──しかたなく、みんな歩き出した。あっちこっち行ったけど、まわりはぜんぶ木ばっかりで、どこまでもおなじ景色だ。
見たことのない色の鳥がいるし、変な形の草も生えていた。
だんだん、みんな疲れてきた。アヤちゃんが地べたに座りこむと、みんなもそれに続いた。
「もう、うちに帰れないのかな」
フトシがまっさきにベソをかき始めた。アヤちゃんとリコちゃんが、フトシをはげました。
ぼくだって泣きたい気持ちだ。ぼくは空を見て、涙が出ないようにした。
晴れた空には、飛行機が飛んでいる。遠いよその国でも同じように飛んでるんだな、とぼくは思った。
「……ねえ。あれ、車の音じゃない?」
リコちゃんが言った。
「なにも聞こえないぜ!」
「しっ! だまって……」
みんな耳をすました。ぼくにも聞こえる。車が走る音だ。
「ほんとだ! どっちだろ?」
「こっちだ! いそげ」
草をかきわけて、みんな音のする方にいっせいに走り出した。すこし走ると森が開けて、道路が見えた。
「あ、あそこ。車だ!」
1台の車が通りかかるのが見えた。みんな大声を出した。
「おーい! おーい!」
ぼくは両手をバンザイしてふったけど、車は行ってしまった。
「行っちゃった」
「とにかく、道路に出ようよ」
ぼくたちはすべりながら道路まで下りて行った。
「ここはどこなんだろう?」
「外国かな?」
「なんか見おぼえがあるぞ。……ほら、あの電柱!」
ぼくらは電柱に近づいてみると、『アキラ』『フトシ』と落書きがしてあった。
「これ、家の近くじゃないか」
「じゃあ、あの森は?」
「ぼくの家の裏にある山だよ!」
「な~んだ!」
みんなが口々に言う。
そのまま道路ぞいに歩いて行くと、すぐに家に着いた。
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「ただいま~。あっ、お父さん」
家には、お父さんがもう帰っていた。お母さんもいっしょだ。そういえば、さっき通った車はうちの車だった。
「あら、あなたたち。やっぱり外で遊んでたのね」
「お母さん、もしかしてさっき屋根裏に行った?」
「行ったけど、あなたたちいなかったわよ」
「鏡を動かしたの?」
「さあ? おぼえてないわね」
「母さん、鏡を動かしたのかい? ちょっと見てくるよ」
お父さんが屋根裏に行ったので、ぼくたちもついていった。
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「景色が変わってるよ?」
あの鏡の景色は、裏山じゃなく、どこかの町が映っていた。
「お母さんがさわったんだな」
「だから出口が消えたのかあ」
ぼくはお父さんに、さっきまでの冒険を説明した。
「そうだったのか。じゃあ、これからはお父さんといっしょじゃないと、この部屋に入っちゃだめだよ?」
「はーい」
ぼくたちはいっしょに返事した。
みんなで部屋を出ようとしたときに、アヤちゃんがお父さんに言った。
「ねえ、おじさん、この鏡はなんなの?」
アヤちゃんがさしたのは、さっき見たとき、ネコになったり犬になったりした鏡だ。
「あっ、それは……『うそつきの鏡』さ」
「うそつき? ふうん……あれっ!」
アヤちゃんが鏡をのぞきこむと、さっき映ったネコじゃなくトラになっていた。
「どれどれ?」
ぼくがのぞくと、ぼくが映っているだけのふつうの鏡になっていた。
「おれも」
フトシはドレスを着た女の子で、リコちゃんがのぞくと、よろいを着てた人が剣をもっていた。
「ね、こんなふうに、この『うそつき鏡』は、みんなのいろいろ違ったかっこうを見せてくれるのさ」
「ふうん」
いろいろなかっこう……。ぼくはそのままだったけど。
「さあみんな、今日はもう帰ろうね」
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夕ごはんのときに、ぼくはお母さんにも今日あったことを説明した。
「ごめんごめん。あそこせまくってね。ほら、お母さんやせてるから」
お母さんが言うと、お父さんが笑った。ぼくも、なにがおかしいかわからないけど笑った。
「でも、お父さん、気になるんだけど」
「なんだい? アキラ」
「あの、『うそつきの鏡』ってさ、ぼくが見たときは、ぼくそのままだったよ?」
「ああ、あれか。じつはね、アキラ、あの鏡は……」
いったん言葉を止めて、お父さんはしんちょうに言った。
「……あれは『ほんとうの鏡』なんだよ」
ぼくはそのあとお風呂に入って、宿題をして、今日のことを日記に書いてから寝る。
ベッドの中で考えるんだ。
あの鏡で、今度はほんとうに外国に行けるかなって。




