第85話 大海原の2人
あれよあれよと言う間に。
岩亀の背に乗った、レイラとネクリ。
青い大海原のただなか。もう陸地は見えない。
岩亀の甲羅、ゴツゴツしてて、本当に岩である。取っ手みたいな突起物がいっぱいあり、掴まっているのにはちょうど良いけど。
「ねえ、どうしよう」
ネクリは、真っ青になっている。
「私、そんなに泳げないの」
「うん、落ち着いて」
レイラは考える。レイラは泳げる。遠泳をやったこともある。体を鍛えている。体力に自信がある。
しかし。遥か岸までネクリを抱えて引っ張って、ずっと泳いでいけるか? それはさすがに自信は無い。
「ネクリ、大丈夫だよ。まだ、亀は海に潜らないみたい。救援を呼ぶから」
発信機を取り出そうと、レイラは腰につけた防水バッグに手を伸ばす。
が、ない。
「えええっ!」
レイラの顔から血の気が引く。
いざというときの電子機器一式入れた小さい防水バッグ。腰から下げていたんだけど。
無い。なんで?
あ、そうだ。
思い出す。立入禁止区域に入る時、バッグから、警報器を止めるための小道具を取り出した。その時、バッグを腰にしっかりロックしたつもりだったけど、ちゃんと止めてなかったんだ。
で、今、岩亀が急発進した時、吹っ飛ばされちゃった?
「なんてこった」
自分の甘さを悔いるレイラ。一応、訊いてみる。
「あの、ネクリ、発信機とか携帯端末とか、何か持ってない?」
「ない……」
力なく、首をうなだれるネクリ。泣きそうになっている。
◇
「きゃあああっ!」
レイラは悲鳴をあげる。
「じゃあ、何? この岩亀さんが、気分を変えて海の中に潜ったり、私たちを放り出したりしたら、それでおしまいってこと? そんなの嫌っ!」
さっき、この亀は海に潜るのが嫌そうだ、と言ったのも忘れて叫ぶ。
本当に、海の上で2人、水着だけなのだ。
「ちょっと何なのよ。おかしいわよ! ここ超有名リゾートなのよ! 巨大岩亀が出るなんて、聞いてない! 観光客の安全のために、予測できる危険は全部排除しておくべきなんじゃないの? これ、絶対管理責任問題よ! この星って、市民の安全をどう考えてるの!」
目を血走らせるレイラ。ネクリが、小さく言う。
「だから、立ち入り禁止のロープが張ってあったんじゃないの?」
うぐぐ……
レイラ、二の句もつげない。
巨大岩亀だなんて。
おかしい。熱帯の岩亀のことは、レイラも知っていた。甲羅が岩みたいにゴツゴツしてる亀。甲羅だけ見ると、岩そのものに見える。でも。こんな十人座れるテーブルみたいな大きさのでっかい岩亀がいるなんて、聞いたことがない。熱帯だから特殊進化して、でかくなっちゃったってこと?
「ねえ、亀さん、あなた、いったい何なの?」
岩亀は、我関せずと、首を前方に向けている。ゆっくりと泳いでいる。
うん、亀に話が通じるわけがない。
「ネクリ、ごめん」
レイラは、泣きそうになっているピンクの髪の同僚下着モデルの肩を、そっとさする。
「これは私の責任。何があっても、あなたの事は、私が助けるから」
「ありがとう……レイラ」
ネクリの弱々しい声。下を向いたまま。
なんとしても助ける、と言ったものの。
レイラとて、考えがあるわけではない。
「うーん、きっと」
明るい声で言ってみる。半ばやけくそだ。
「この亀、すぐには海に潜らないみたい。きっとずっと浮いてるよ。そのうち、飛行機とかエアカーが通って、見つけてくれるから。ここって観覧飛行とか、釣りも盛んみたいだからね。誰か来たら、思いっきり手を振って、助けを呼ぼう。SOSのポーズ、一緒にやろうね。信じて待とう」
ネクリは、真っ青になって、震えている。
うん。
それはそうだ。気休めを言ってみても、絶望的な状況に変わりはない。
できることが、お祈りするしかないだなんて。




