第76話 万物の王
かなりまずい流れ……だ。どう見ても。うん。
椅子にがっちりと拘束され、革棍棒を突きつけられたレイラ。
この男、レスタードは。
ひょっとしてカオリの敵だったのか。
数列家協会とやらと対立している?
カオリは、戦うと言っていた。何かの問題、トラブルを解決するために、このレスタードに会いに行こうとしていた、そういうことだったのか。
レイラは、一つ息をする。とにかく説得だ。私はこの人に、悪意も害意もない。それを伝える。それしかない。
「あのですね」
レイラは言う。
「罠とか、そういうこと、全然ありません。落ち着いて考えてみてください。もし私が本当にあなたを嵌めてどうにかしようと考えたなら、こんなやり方しません。もっとあれこれ武器を用意して、有無をいわせず襲撃します。友達が病気だとか、そんな口実であなたを引っ張り出そうとするなんて、有り得ません」
「ふむ」
レスタードは、また白い髭を撫ぜる。
「確かに、それもそうかの」
おお。
ちょっと話が通じた。
よし。もっと頑張ろう。
レイラは、言葉に力を込める。
「あなたは何か、数列家協会とトラブルを抱えているんですね? そうだったらその、平和的に、合法的に、話し合いをするべきです。罠に嵌めたりとか、嵌められたりとか、そんなことするべきではありません。宇宙公法に従うのが市民の義務です。わかっていると思いますが、あなたが今やってること犯罪です。あ、いや、私はこのことを告発しようとは思いません。だから安心してください。あなたが市民の義務を理解して、なんであれ法的決着を求めてくれれば、それでいいのです。もし不法に命を狙われているとか、脅されているとか、何かあるなら警察に相談してください。大丈夫です。警察はきっとあなたを護ります。宇宙公法の正義を信じてください」
椅子に拘束されて身動きできない状況でも、ついつい刑事モードになってしまうレイラ。
これでこの人は、市民の義務、宇宙公法の正義に目覚めてくれるか?
それならいいんだけど。市民を正しく導くのも、警察官である自分の務めだ。
「市民の義務、宇宙公法の正義か」
レスタードは、髭を撫でながら、考え込んでいる。そして、ふっと笑みを浮かべる。
「お嬢さん、そんなものは、かりそめにすぎんのだ」
「は?」
「この宇宙、森羅万象を支配しているのは」
教授は革棍棒で、宙に大きな円を描く。遠い目をしている。
「数列じゃ」
どこか、うっとりとした口調。そして自信に満ちている。
「この世界の全ては数列に変換できるのじゃ。それを究めるために、わしは日夜研究しているのじゃ。数列の形、響きはこの宇宙のすべての物質の形、響きなのじゃ。いや、万物が数列の仮象なのじゃ。数列の旋律に乗って踊る符号に過ぎぬのじゃ。宇宙の支配者、王、根幹原理、それが数列なのじゃ。宇宙公法? ふふ、そんなものは数列の下僕にすぎん。そうだ! わしら数列家こそ、数列の神秘を紐解き万物を正す神官なのじゃ。この世のただしき配置は、すべてわしらが指し示すのじゃ。数列の教えに従ってな。おお、数列よ。その崇高さを垣間見れたことは何という僥倖じゃろう。いや、僥倖ではない。宇宙開闢以来、決められていたことなのじゃ。わかったかの? わしは宇宙公法などに決して支配はされぬ。この世の王は、ただ1つ、数列あるのみじゃ。間違いない」
うわああっ!
レイラの頭痛、さらに痛くなる。
やっぱりこの人、ぶっ飛んでいる。
数列の話で興奮したときのカオリと同じだ。
視ている世界が違うんだな。
この世のただしき配置を指し示す?
病気の友達の相談をするためにやってきた女の子を椅子に縛りつけるのが、正しい配置なの?
革棍棒とか持ち出すのも?
とにかく勝手に宇宙公法や市民の義務を無視したら、ダメなんだから!




