第75話 棍棒で訊いてみよう
「ええと、あなた」
レイラは、なるべく落ち着いた声で、レスタードをまっすぐに見て言う。
「あの、なんだかすごい誤解をしています。罠とかなんとか。私はあなたに何も悪意もないし、仕掛けようとはしていません。信じてください。ただ、友達が病気なので、相談しようと思ってきただけです」
「ふふ、まだ言うか」
眼をギラギラさせるレスタード。また革の棍棒を撫ぜる。
「話が通じんようだな。やっぱりこいつで訊かなくてはだめだ」
レスタード、棍棒でレイラの顎をクイと持ち上げる。
「話す気にさせてやらねばならない」
うわっ、何するんだ。
レイラは、かなり焦る。
おいおい、話が通用しないのはおまえだよ!
レイラは宇宙警察の刑事である。これまでも危険な犯罪者と対峙してきた。地下組織のプロ戦闘員と闘ったこともある。
でも。
こんなに追い詰められたのは初めてだ。悪党に縛られちゃうなんて。無害の一般市民だと、完全に油断してたんだ。
いや。
まだまだ。まだ、バラバラに分解されているわけじゃない。
冷静に考えるんだ。この教授、決してプロの犯罪者ではない。プロだったら、落とし穴なんて超古典的な罠を用意するはずがない。それにレイラを殺そうとつけ狙っていたわけでもない。ただ、自分に脅威となる来訪者が来ることを、異常に警戒してたんだ。それで今、自分が何かのスイッチを入れちゃったんだ。
私、そんなにまずいこと言ったっけ?
レイラは思い返すが、危険な発言をした覚えは無い。
ともかく。
誤解を解かなきゃ。
「ええと、ですね」
レイラはつとめて笑顔で言う。
レスタードは棍棒を引っ込めた。レイラ、ちょっとほっとする。
いいぞ。
よし。話すんだ。ちゃんと話をするんだ。
「あの、落ち着いて聞いてください。あなたは自分が今何をしているかわかってますか? 人を落とし穴に落としたり、椅子に縛りつけたり、勝手にこんなことしたら犯罪ですよ。星系警察も宇宙警察機構も馬鹿じゃありませんから。犯罪をして隠蔽できるなんて、そう簡単じゃありません。大体この落とし穴だって、危ないじゃないですか。打ち所悪かったら、私、死んでましたよ。罠用意するのはいいけど、そういう事ちゃんと考えましたか?」
ついつい刑事口調になってしまうレイラ。
ふと疑問に思った。落とし穴は結構深い。この教授は、私をどうやって引っ張り上げたんだろう。
「落とし穴なんて、非合理的です。私を引っ張り上げるのも、一苦労じゃなかったですか?」
「なんだ、そんなことか」
レスタードは、鼻を鳴らす。
「それはジョニーの仕事だ」
「ジョニー?」
教授の視線を追うと。
部屋の隅に、背の高いロボットが置かれていた。
なるほど。あれがジョニーか。
作業ロボット。宇宙世紀である。ちょっと裕福な家庭なら、作業ロボット、メイドロボットの1台や2台は必ず保有しているものだ。
「ジョニーは優秀じゃぞ」
レスタードは言う。
「お嬢さん、あんたの首に紐をかけて天井に吊るすのも、一分あればできるだろうな。試してみるか?」
またまた危険な方向に話が。
なんとかしなきゃ!
「あの、本当に、私、何も知らないんです」
レイラは叫ぶ。
「ふーむ」
白い顎髭を撫ぜるレスタード。
「確かに、あんたは数列家ではないな。では、数列家協会から依頼された、わしを罠にかけるように言われて来た。そういうことじゃな?」
数列家協会?
やっぱり数列家の組織があるんだ。
「数列家協会とかのことは、知りません」
と、レイラ。
「何度も言ってますが、数列家の友達が病気なので、代わりに会いに来ただけです」
その時。
閃いた。
ひょっとして。
高熱のカオリは譫言のようにレスタードの名前を口にした。その時に、数列家として戦わなきゃいけない、そんなことも言っていた。
レスタード。カオリの数列家仲間だと思ったんだけど。
そうじゃなくて。
カオリは、なにかの理由でレスタードと戦う予定だったのが、熱で倒れちゃった、そういうことだったんじゃないのか?
すると。
この教授は。
数列家協会とやらから追われている、お尋ね者?
そう考えると、辻褄が合う。
この屋敷の異様な警戒態勢。
突然豹変して、レイラを攻撃してきたこと。
この男、レスタードは、カオリの数列家仲間じゃなくて、敵?
レイラ、冷や汗が出る。
これって。
私、とんでもない勘違いをしちゃった?
完全に無防備無警戒で、敵のところに飛び込んじゃったんだ!




