第70話 数列家の男
視られている。
刑事の勘、嗅覚である。はっきりと自分を刺す視線を感じる。
どこだ?
レイラは素早く周囲に視線を走らせる。
のどかな郊外の住宅街。人影は無い。
建物の間には木立ちがあり、かなり大きな樹も植っている。身を隠す場所は、いくらでもある。
どこかに姿を隠してこっちを視ている?
なぜだ?
私を見張っている?
どういうことだろう。乗ってきたエアカーは、絶対に尾行されていない。それは間違いない。今日レイラがここに来ることは、誰も知らないはずだ。
と、すると。
誰かが何かの目的で、ずっとレスタード教授の家を見張っていた?
この家に何かあるのか?
自分への視線。消えない。どこから視ているのかわからないが。
「とにかく、中に入ろう。レスタード教授に聞けば、何かわかるかもしれない」
レイラは、呼び鈴を押す。
しばし時間が経った。反応は無い。
「空振りだったかな」
そういえば今、レスタード教授が家にいるとは、限らないのだ。
レイラはもう一度、呼び鈴を押す。
やはり反応は無い。
ドンドンと、扉をたたく。
「誰かいませんか? レスタード教授、大事なお話があるんです!」
大声を出してみる。
反応は無い。
ダメか。そう思った時。
「誰かの」
中から声がした。扉が開く。
◇
現れたのは、だいぶくたびれた裾の長い茶色のジャケットを着た男。
だいぶ齢はいっているようだ。
これは数列家だ。レイラの直感が告げた。
いかにもややこしくて捻りに捻じ曲がった宇宙的大問題に、ひたすら生涯取り組み続け、頭をすり減らしてきたというにふさわしい風貌。
真っ白でふさふさの髪。白い髭。顔に深く刻まれた皺。大きな鈎鼻に、鋭い目つき。
レイラを睨みつけている。
「何の用かな、お嬢さん」
男は、口を開いた。不機嫌な声だ。寝ているところを叩き起こされたような態度。
「押し売りかね。それとも元気よく大声を出して、押し込み強盗でもしようというのかね?」
「レイラといいます」
なるべく丁寧に、挨拶する。友人カオリのために来たのだ。
「ええと、レスタード教授でしょうか。私の友人のことで、お話しにきました」
男はまたじっと、レイラを見る。怖い目つきだ。
「友人?」
「ええ。カオリといいます。数列家です」
「カオリ? 数列家?」
男が鸚鵡返す。
「知らんな。しかし、そのあんたの友人は、数列家なのかね?」
「はい」
「ふむ。で、あんたは数列家かね?」
「いいえ。私はただ、カオリの友人なだけです。カオリは、今、病気で手がつけられない状況なんです。カオリが熱にうなされながら、ベルモガル街1523番地のレスタード教授に会わなければならない、そう言うので、私が代わりにきました。何かご存知でしょうか?」
「友人の数列家が熱にうなされてわしのことを喋った。それで代わりに来た? それだけなのかね?」
「はい」
人を訪問する理由としては、少し弱かったかもな。レイラは思った。
だが、男は、目を不気味に光らせると、
「その、あんたの友人のカオリというのは、なぜ私に会う必要があるのだ? わしについて、どう言っているのだ?」
「それが、カオリは本当に高熱にうなされていて。ただ、レスタード教授のお名前と住所しか、聞けませんでした」
男はじっとレイラを見つめながら、思案している。
ややあって。
「そうか」
かすかな笑みを洩らす。
「それだけか。わしについては、何も聞いてない、それは間違いないのかな?」
「はい」
「ふむ。とりあえず、話を聞こう。わしはいかにもレスタード教授。数列家じゃ。さ、中に入りなさい。ええと、お嬢さん、レイラといったかな」
やはり。
この男も数列家なんだ。
「失礼します」
レイラは、レスタード教授に続いて、家の中に入る。




