第68話 路上の対決
目の前の男。
相変わらずニヤけている。
レイラに向かって悪戯う口調で、続ける。
「502号室の人のお友達ですか?」
レイラ、答えない。無視して、必死に考える。
どういうことだ?
今日、カオリのお見舞いに来たのは、自分で決めたことだ。誰にも話していない。そしてこの男は、タワービルの外にずっといた。レイラがビルの中のどの部屋に入ったとか、そんなことわかるわけがない。
ビルの外にいた男が知ったとすれば。
カオリ。
あの子が、レイラが部屋から出て行った後、この男に連絡した。つまり、この男とカオリは知り合い。そういうことになる。
でも。
なんでそんなことするんだろう。するわけない。カオリは熱でうなされて意識がおかしくなっていた、それは間違いない。
レイラが自分の部屋が出たとか、誰かに知らせる必要あるわけない。
おかしい。
理不尽で理解できないこと。レイラは刑事として、真相を見極める観察眼を養ってきた自負がある。おかしな方向からのパンチを食らい続けるのには、耐えられない。
「ええと、あなた」
レイラは言う。とにかく訊いてみよう。本当は警察証を取り出して締め上げてやりたいところだが、今は休暇で私的な潜入捜査中の身だ。自重しよう。刑事として使える手段を封じられるのって、本当に苛々するけど。
「あなたこそ、502号室の人とどういう関係なの? 知り合いなの?」
「ええ、まあ」
男はあっさりと答えた。やっぱりカオリの知り合いなんだ。
「じゃあ、その…… 502号室の子が、あなたに、私が部屋から出て行ったと連絡した、そういうことなの?」
「いいや」
男は短く答える。
「502号室の子とは、残念ながら熱心に通信をやり取りするほどの仲ではないんだ。それにあの子、今、病気で朦朧としているし」
やはり。知ってるんだ。カオリが病気のことも。でも、カオリが連絡したんじゃないなら、どうして私がカオリの部屋から出てきたことをがわかったんだろう。レイラ、またわからなくなる。
何はともあれ、こんなやりとりをしていても仕方がない。
レイラは男を、きっと見据える。
「あなた、カオリとどういう関係なの? 答えなさい」
この男、単なるカオリの友達とかそういうのでは無い。不審すぎる。ここははっきりさせなきゃ。
「おー、怖い」
男、さらにニヤニヤする。
「美人が台無しだな。君、病気の友達に、花束を持ってお見舞いに行ったんだろ。人に優しくできるんだから。そんな怖い顔しないで」
レイラが、カオリのお見舞いに行く時、花束を下げているのをこの男は見てたんだ。
妙なとこ観察してるな。
レイラはますます苛々した。
「ふざけないで! 花束持って友達のお見舞いに行く女の子が、態度も口の利き方も悪い奴に優しくするなんて思ったら大間違いよ! なんなのあんたは! 私に何の用があるの! はっきり言いなさい」
「あはは」
男は素直に笑う。
「僕は、ただ美人が好きな男だよ。502号室の子より、君の方が好みかな。お嬢さん、ちょっと付き合ってくれない?」
ドコッ、
レイラは男を殴った。もちろん手加減してである。顎に正確にパンチを入れた。男はぐらつく。
「やるね」
ふらついた男、すぐ立ち直る。顎を撫ぜながらレイラを見つめる。キラキラする青い瞳。怒っている様子は無い。レイラへの好奇心が、いや増したようだ。
「綺麗な子の綺麗なパンチ。こんなの初めてだよ。でも、男を殴る時は手加減しない方がいいね。余裕ってのがいつも自分にあると思ったら、それは間違いだ」
「もう一発殴られたいの?」
レイラはカッカしていた。本当にもう一発行きたかったのだが、ここは大通りである。みんな見ている。門衛もびっくりしている。これ以上、大立ち回り騒動になるのはまずい。
「とっとと失せなさい」
レイラの凄みの効いた声。完全に刑事モード。
「うん……そうだね」
男は、ソフト帽を直す。
「出直すとするか。502号室の子によろしくね。あ、僕の名前はギルバン。またお会いできるかな」
「名前なんか聞いてない。もう会わない。カオリがあんたの友人なら、あんたとはもう関係しないようにカオリに言っておく。ま、あんたがカオリの友人てことはありえないと思うけどね」
「さらば、我が姫よ」
ふふっと笑ったギルバンは軽く帽子を持ち上げ挨拶すると、くるっと背中を向けて去っていた。
見送るレイラ。
「大丈夫ですか?」
タワービルの門衛が声をかけてきた。
「すみません。ここは公道なもので。なかなかあの手の人間を追い払えないんです」
門衛は、困った顔をしていた。レイラが公道で男に絡まれ、パンチ食らわせて追い払った。そう見えたんだ。実際そうだけど。
「ああいう輩の対策としては、地下の車道から出るとよろしいかと。地下から直接タクシーも呼べますし」
「ありがとう」
レイラは礼を言って、今度こそ、エアカータクシーを呼ぶ。




