第64話 病魔に取り憑かれて
カオリがいた。
ベッドに横たわっている。
白い寝間着。胸元がややはだけている。平たい胸も、病的で繊細な白さだった。
自分の部屋に入ってきたレイラを、カオリは見ようともしない。じっと天井を見ている。いつもの夢見心地な瞳。異様な光を宿している。燃えるような強い光。
カオリはやつれていた。寝間着の下の細い身体が、いっそう頼りなく見える。
いつも透き通るように白いカオリの頬は、不気味に紅く染まっていた。青白い膚と対照をなしている。小さな病魔がカオリの頬に居座り、自分の領分を誇示するために照らしているかのようだ。
レイラは、ベッドの脇に進む。
カオリの部屋。綺麗に片付いている。壁一面に大きな本棚があり、難しそうな本がいっぱい詰め込んである。この時代に珍しい紙の本だ。壁にポスターが貼ってある。アイドル男子キリヤ。以前、カオリはキリヤのファンだと言っていた。ここは女の子らしい。
ベッドの脇の卓には、携帯端末と、水のペットボトルがあった。空になったペットボトルが2本。飲みかけのものが1本。食べ物は無い。
「もう、びっくりしたよ」
レイラは、持参したお見舞いの品を卓に置くと、カオリの顔を覗き込む。
「大丈夫? 心配したよ。ねえ、この三日間どうしてたの? ちゃんと食べてた? げっそりしちゃってるじゃない。寝込んで何も食べなかったら余計悪くなっちゃうよ。自分で起きれなかったら、私でも誰でも助けを呼んでくれればよかったのに。みんな力になるよ。あ、今いろいろ買ってきたからーー」
「入っていいとは言っていません」
「え?」
レイラ、思わずカオリを見返す。
カオリの唇、いつもは艶やかな唇、今はカサついている。そして微かに震えている。
「扉が開いている、と私は言いました。でも、入っていい、とは言っていません」
か細い声で、絞り出すようにカオリが言う。
相変わらず天井を見ている。レイラの方は見ようとはしない。瞳の焦点が合ってないように見える。
「あのさ」
レイラは言う。
「あなた、病気で寝込んでるんだよね。体も起こせないの? なんで鍵もかけてないの? 危ないじゃない。酷い状況よ。病院行ってないの? 1人で強がってちゃダメ。 ちゃんと人を頼りにして」
レイラは刑事である。危険な状態の市民の保護のためには、つい強気になる。
かまわず近づいてカオリの額に手を当てた。
「あっ!」
すごい高熱だ。手が焼けるよう。
「うわっ」
思わず驚いて手を離すが、それよりも
「離れてください」
カオリの、か細い声。
「え? なに?」
「早く、私から離れるのです」
病床少女の瞳、爛爛と光っている
「ダメ」
と、レイラ。きっとなる。
「病気で倒れて危ないのに。すっごい熱出てるよ。子供じゃないんだから。おいたしたって聞いてあげないからね」
「では」
カオリの瞳に異様な光。
「追い出します」
追い出す? 完全にやつれて衰弱してぐったりしてるのに? 体も起こせそうにないのに。
その時レイラは気づいた。
カオリが右手に何かを握っている。
「あ、」
あれは。
数列杖だ。数列家カオリの秘密道具。
あれで数列式を発動するんだ。振動だ森羅万象だなんちゃら。兵器や凶器じゃないとカオリは言うけど、恐るべき威力があるのは間違いない。この前、レイラは危うく分解されるところだった。まさかカオリ、本気で? 何考えてるの? 病気でうなされて、ちょっとおかしくなってるのかも。
カオリの瞳の光、妖しく、そして強い。
これは少し剣呑。あまり無理なことしない方がいいかも。また分解されてはいけない。
レイラは、ベッドから少し離れる。
「これでいい? ちゃんと、あなたの話聞くから」
「はい」
か細い声のカオリ、相変わらずレイラを見てはいない。
どうしたんだろう。
レイラ、妙な身震いがする。
カオリ、普通じゃない。
いったいどんな病魔に取り憑かれているんだろう。




