第62話 新なる出発
カジヒラは本当に茫然となっていた。
自分の娘エスト。母親はもちろんサクラだとずっと信じていた。ところが、エストの本当の母親が、自分が昔愛したベシルだったというのである。ベシルが妊娠して、自分に迷惑をかけないために出て行った。初めて知ったことだった。
「ごめんなさい、モルン。昔、あなたの子供産んだなんて、嘘をついて。私、あなたをどうしても引き止めたかったの。それでおかしくなっていたの」
ミレイヌは言った。
「いいや」
と、カジヒラ。
「僕こそ。すっかり君を振り回してしまって。でも、君は来てくれたんだね」
今日。
パーティーで、エストに指輪を見せられたミレイヌ。それが自分がベシルに贈った物だとすぐに気づいた。自分の娘だと名乗るエスト。あの時の赤ん坊だとわかった。
でも、どうして急に? よくわからなかった。そうだ。支配人のカジヒラ。かつての自分の男モルン。偶然とは思えない。カジヒラに訊いてみよう。
ミレイヌは、パーティーの後、支配人カジヒラの連絡先に通信を入れた。あなたがモルンだというのはわかっている。私はサクラ。それもわかっているでしょう? 今日このホテルで、私の娘だというエストが現れた。あなたは何か知ってるの?
それに対しカジヒラから、今日偶然初めてホテルで娘のエストに出会った。それでつい、自分が父親だと名乗り、君が母親だと言ってしまった。エストは自分のところにいる。ひどく混乱している。これから自分の別荘に行く予定だ。落ち着いてゆっくり話をするために。どうか君も来てくれないか? エストのために。
カジヒラは、エストがミレイヌの実の娘だと、当然の誤解をしている。それを理解したミレイヌは、やっぱり直接ちゃんと話そうと、別荘に行くことを承諾した。
そして、仕事を終えた後、こっそりホテルを抜け出し、別荘に向かい、たまたま走りだしてきたエストと出会ったのだった。
長い間欠けていた親娘の絵は、完成した。
たった1日で、これだけのことを知ったら。
確かにエストの頭が破裂しそうになるだろう。
語るべきことは全て語られ、静寂が支配する居間。
扉が開く。現れたのはエスト。寝室から出てきたのだ。
◇
「ごめんなさい」
エストは言った。ミレイヌをしっかりと見て。
「パーティー会場で迷惑をかけちゃって」
「ううん、あなたが謝ることじゃないのよ」
ミレイヌは立ち上がって、エストの手を取る。
「出生証明書のこと。あなたがあれを見て、実の母親に捨てられた、そう考えたのは当然よね。ずっとちゃんと説明しなかった私が悪いの。許してね」
ファッションメディア界の風雲児、女社長ミレイヌは凛としながらも、限りなく優しい笑顔を浮かべていた。
「またいきなりの話なんだけど、エスト、あなたのお母さんになってもいい?」
エスト。そしてカジヒラが、えっ、という顔をする。
ミレイヌはカジヒラに向かって、
「あなたが私をここに呼んだのよ。呼んでくれて嬉しかった。あなたの娘に会えたんだもの。ねえ、また私たち一緒にやらない? きっとうまくいく。そう思うでしょ? 私、ずっとあなたのことを想っていた」
レイラは、カオリが自分の服を引っ張っているのに気づいてはっとした。さっきからの展開に、ずっとぽかんとしっぱなしだったのだ。
そうだ。これ以上、この場にいちゃいけない。完全に、新たな家族の誕生の場面にわけもわからず闖入した邪魔者だ。
レイラとカオリ、カジヒラの別荘を辞去し、ホテルに戻った。
◇
結局のところ。
レイラは消えたエストを追って大捜索したのだが、何もする必要はなかったのだ。
親娘の問題だったのだ。新しい家族、きっと幸福になる家族が生まれる。その瞬間に立ち会ったのだ。
でも。
目の前の女の子に危険があると感じたなら、動かなくてはいけない。
それが刑事の務めだ。自分はしっかり働いた。これでよかったと思う。
エストは、そのまま下着モデルを辞めた。実の父親であるカジヒラと、これから書類上だけでない義理の母親となるミレイヌと新たな出発をするのだ。きっとうまくいくだろう。
◇
翌日の下着モデルの撮影仕事。
レイラは純白のブラジャーとショーツ、それにペルシャ猫の尻尾をピンと立てて頑張っていた。もう何の心配もない。でも、一晩頑張ったのでだいぶ眠かった。
ミレイヌも寝てないはずなのだが、疲れは微塵も見せず、きびきびと働いていた。
そしてカオリ。
相変わらず、無口無表情。夢見心地な瞳。
ブルーのブラジャーにショーツ。仔鹿の尻尾を振り振りしながらダウナー系下着モデルの仕事をしっかりとしている。
今回は、カオリの推理にだいぶ助けられたな。
レイラは思った。
刑事が一般市民に推理で遅れをとるのはちょっと自尊心が傷ついたけど。
◇
華やかな下着モデルの世界に身を置いて。
レイラの潜入捜査は続く。
( 事件簿No.6 下着モデル密室消失事件 了 )




