第61話 2人の母親
ミレイヌはエストの実の母親ではなかった?
ミレイヌが語る真実は、次のようなものであった。
◇
愛するモルン、カジヒラに去られたミレイヌは傷心のあまり、茫然となっていた。しばらくの間、モルンの行方を探したが、どうしても見つからなかった。心にぽっかりと空洞ができた。
やがて心身の調子を崩し、しばらくの間、入院した。
病院で。同じ年頃の若い女性と相部屋になった。
女性はベシルと名乗った。
「ベシルが君と!?」
話を聞いていたカジヒラは声を上げた。唖然となっている。
ベシルこそ、モルンがサクラを捨てて走った女性だったのである。モルン、カジヒラを愛し愛された2人の女性が、偶然にも病院で相部屋となったのであった。2人は仲良くなった。
ベシルは薬物中毒の療養で入院していた。そして妊娠していたのである。
サクラは訊いた。父親は、あなたの妊娠のことを知ってるの?
知らない。ベシルは首を振った。
妊娠したから男のところから逃げ出して、入院することにしたのだと言った。
男にひどい目にあわされたの? サクラは問いに、ベシルはまた、目に涙を浮かべて、そうじゃない、と首を振った。
すごく大事にしてくれたのあの人は。私が薬物中毒だと知っても、必死に助けて立ち直らせようとしてくれた。私、それで本当に薬物をやめる決心がついたの。
しかし。自分が妊娠したことを知ったベシルは考えた。自分が本当に薬物から抜けられ、立ち直れるか、まだそれはわからない。すごく不安だ。このまま、ずっとこの人に頼りきり、ずるずると一緒にいれば、この人の人生もダメにしてしまうかもしれない。いけない。それはできない。自分の力でなんとしても立ち直らなきゃ。これ以上この人に迷惑をかけてはならない。
ベシルは、別れる決意をした。そして黙ってモルンの許を抜け出し、病院に来たのだった。
ベシルは悩んでいた。本当に子供を産んでいいのかどうか。立ち直ったとしても、薬物常用者であった過去は消えない。生まれてくる子供にとって、それは不幸なことになるのではないだろうか。罪深いことなのではないだろうか。
ずっと思い悩み、出産の決断ができないでいて、やっぱり産むのやめようかと泣くベシルにサクラは言った。
あなたが立ち直るなら、これまでの事は気にしなくていい。でも、どうしても気になるなら、私の身分証明書を使って出産する?
ベシルは決断した。サクラの身分証明書を使って出産しよう。そうすれば生まれてくる子供は書類だけ、制度上だけでも暗い過去を持つ自分との関係を持たなくて済む。
こうして、ベシルはサクラの身分証明書を使って娘を産んだ。エストである。エストの出生証明書の母親は、サクラとなったのである。
ベシルが産んだエスト。元気に泣く赤ん坊を、サクラも抱かせてもらった。書類だけではなく、本当の自分の娘のような気がした。モルンと自分の娘。そこで、モルンから贈られた指輪を、エストにプレゼントした。もうこれで、自分もモルンのことはきっぱり忘れようと思ったのだ。思い出に、エストの出生証明書の画像も保存させてもらった。
やがてサクラは、ベシルと別れ、退院した。
よし、自分も再出発しよう。書類だけとは言え、娘もできたんだし。そう思ったが、もう一度大きく気持ちが揺らいでしまった。
モルンにやっぱり会いたい。またやり直せないか。そしてふと、エストの出生証明書。それを使ったらどうだろうと考えた。出生証明書は間違いなくサクラに娘ができたことを告げていた。自分との間に娘ができた、そうモルンに伝えれば、戻ってきてくれるかもしれない。
馬鹿な考えだった。しかし、サクラはモルンに出生証明書の画像を送り、子供ができた、また一緒にやれないかと連絡したのである。
エストがモルンの実の娘であることは、サクラは知らなかったのである。
モルンから返事は来なかった。
今度こそ、サクラは、過去を振り切って、やり直すことにした。
ミレイヌと名を変え、ファッションメディアの世界に飛び込んだのである。




