第58話 女社長の過去
エストがホテル支配人カジヒラと、今をときめく女社長ミレイヌの娘だったとは。
驚きの事実である。
いや、誰よりも驚いたのは、エストだろう。
今日ホテルに着いた途端、これまで会ったことのない実の両親を知ってしまったのだから。そしてそのうち1人は、今日のパーティーの主催者、ファッションメディア界の風雲児ミレイヌだ。
「それでロビーで、あんなに真っ青になって動揺してたんだ」
エスト。
柱の陰でカジヒラの話を聞いて、混乱したに違いない。しないわけがない。頭の整理も心の整理を全くできないままパーティー会場に行って、ミレイヌと出会った。ずっと知らなかった自分の母親を目の前で見た。それで思わずあんなことしちゃったんだ。そして混乱したまま、パーティー会場を駆け出して行った。
エストは会場の外の廊下でカジヒラと出会った。カジヒラはエストのただならぬ様子に、とにかくここは自分がしっかりエストを守ろうと支配人ルームに行くように指示し、扉の錠鍵を教えた。エストはそのまま支配人ルームへ行った。
カジヒラは、エストを追ってきたレイラにはエストは見なかったととぼけ、一緒に反対側を探すふりをした。そしてレイラと別れた後、支配人ルームに戻り、エストと話をした。
しっかりと時間をかけて、話がしたい。これから2人で郊外にある私の別荘に行こう。そういった。
エストは、青ざめたままうなずいた。
カジヒラはすぐにホテルに休暇届を出し、エアカータクシーを呼んで、エストと2人でこの別荘にきたのだった。
「私たちはやっとしっかり話ができたのです。もちろん、私が棄てて顧みなかった娘です。私の父親だなどと名乗る資格はなかったのですが」
カジヒラはまた言った。すっかり憔悴している。
父娘の断絶と再会。
事情を話してくれた。
◇
若い頃。カジヒラ、当時のモルンはサクラ、後のミレイヌと出会い、愛し合い、同棲していた。サクラはカジヒラにすっかり夢中で、何かにつけ結婚しようと言っていた。カジヒラも、一旦はその方に考えが傾いたのだが、他の女性に心を奪われてしまった。結局のところカジヒラはサクラから去り、その女性と一緒になることにした。しかし、今度はカジヒラがその女性に逃げられてしまうのである。突然、事情も告げずに女性は出て行ってしまったのだった。
「私は茫然となりました」
自分を愛してくれる1人の女性から逃げ、自分の愛した1人の女性からは逃げられたカジヒラ。
しばらくの後。サクラから通信が来た。
また一緒にやり直さない? そう言うのである。
ごめん。もう僕の心は君にはないんだ。カジヒラは返信した。
そこに、サクラは思いがけない通信を送ってきた。
あなたの子供を出産した、というのである。
通信には、出生証明書の画像が添付されてあった。
母親はサクラ。娘の名前はエスト。間違いなかった。
だが。
愛する女性に逃げられ茫然となっていたカジヒラに、サクラに許へ戻る気はなかった。自分の娘が生まれた。その時には、遠い世界の話のように思えた。
カジヒラは返信しなかった。
サクラとは、そして直接顔を合わせぬエストとも、それっきりだった。
やがてカジヒラは立ち直り、モルンからカジヒラと名を変え、ホテルマンとして働き、ついに支配人に出世した。昔の事はリセットし、自分の人生をやり直していたのである。
そこでまた思いがけないことが起きた。




