第57話 カジヒラの話
「エストは、私の娘なのです」
カジヒラは、口を開いた。
レイラとカオリ、えっ、となる。
「私たちは父娘は、今日、初めて出会ったのです。いや、私に父親などと名乗る資格はありません。私は、あの子が産まれたと知っても顧みなかった。顔を見に行こうともしなかった。棄てた、のです。ずっと見捨てていたのです。恥ずかしいことです。全て私が悪いのです」
レイラとカオリは黙り込んでいる。こういう時、なんて言えばいいのかわからない。
カジヒラは続ける。
「もうずっと、エストの事は忘れていました。ところが今日、ドン・ハルキサワ事務所の皆様をホテルにお迎えした時、気づいたのです。モデルの1人がしている指輪。それは間違いなく私の指輪。私がエストの母親に贈った指輪でした。私は動揺しました。急に忘れていた過去が蘇り、どうかしていたのです。職務中にそんなことをしてはいけないのですが、そっと指輪のモデルに声をかけ、柱の陰に連れて行きました」
失礼ですが、お名前を教えていただけますか?
エスト。指輪のモデル少女は名乗った。
カジヒラの心臓はひっくり返りそうになった。もう間違いない。
その指輪は、私がある女性に贈ったものです。失礼ですが、お母様の名前は、サクラではありませんか?
エストは、驚いた。そうです。私の母親の名前はサクラです。
サクラ。それはカジヒラが一時愛し合い、一緒に暮らしていた女性の名前である。
もはや疑いの余地もなかった。
「私はそこで思わず、私があなたの父親ですと言ってしまったのです」
カジヒラは、うつむく。
「きちんと名乗るなら、もっと時間をかけて準備をするべきでした。でも、突然の出会いに、頭が熱くなってしまったのです。どうかしていました。急に私に父親だと名乗られたエストは、当然ながら戸惑っていました。それはそうでしょう。カジヒラなんて聞いたことなかったはずです。サクラと一緒に住んでいた時は、別の名前だったのです。モルンと名乗っていました。その指輪を見せてください、と私はエストに言いました。指輪にはちょっとした仕掛けがありました。指輪の文字盤の鍵を解くと、モルン、私の名前が浮き出るようになっていたのです」
カジヒラは、エストの手を取った。
この指輪の文字盤に、私だけが知っている鍵を打ち込むと、モルン、私の昔の名前が出ます。
そう言って、カジヒラは指輪の鍵を解いた。
果たして、指輪の石にモルンの文字が浮かび上がった。
「それでエストは信じてくれました。もちろん激しく動揺していました。その指輪はエストを棄てた母親の形見だと言うのです。エストは、実の父親からも母親からも棄てられ、別の女性に育てられたと言うのです」
カジヒラの顔、苦渋に満ちている。
「そこでさらに私は、無思慮なことを言ってしまいました。エストの実の母親のサクラ、私の昔の女性は、ミレイヌだと言ってしまったのです」
レイラとカオリ、あっ、となる。
すべてはつながった。




