第50話 数列家の出番
「カオリ」
レイラ、カオリにぴったりとくっついて、小声で話しかける。
「何でしょうか」
カオリは、いつもの夢見心地な瞳で、じっとレイラを見つめる。
「あの、エストのことなんだけど」
「はい」
「ほら、急にいなくなったじゃない? どうしたんだろうって。ここに来るまでは、普通にみんなとふざけて笑ってて、おかしな様子なんてなかったのに。何か心当たりないかな?」
「あります」
淡々と、カオリは言う。
「ええっ!」
レイラは、思わずカオリの手をぎゅっと握る。
「心当たりがある? どういうこと?」
「はい」
淡々とした口調、変わらない。
「今日、ロビーに着いたときのことです。エストさんは、隅で誰かと話していました。事務所の人は、みんな周りにいましたから。事務所以外の人と話していたんです」
「すごい! カオリ、そんなの気づいてたんだ。で、エストが話していた相手って誰? それはわかる?」
カオリは、かぶりを振る。
「大きな柱の陰で話していたので、相手の顔は、見えませんでした。でも、エストさんの横に、ちらっと人影が見えました。間違いなく、誰かと話していたんです。そしてエストさんが、柱の陰からこっちに来たときには、もう真っ青になっていました」
「そうなんだ。教えてくれて、ありがとう」
エストが、ロビーで急に真っ青になった。それはレイラも覚えている。刑事の頭脳をフル回転させ、思案する。
「そうすると。ロビーで誰かに出会って話したことで、エストは急に情緒不安定になった。そういうことだよね。何かびっくりすることがあったんだ。ロビーで最初から待ち合わせをしたとか、そういうわけじゃないよね。そんな大事な話があるから、このホテルへ来るまで呑気にキャッキャしてるはずないし。思いがけず、偶然ロビーで誰かと出会ったんだ。そして、それは強いショックをエストに与えた」
「そういうことだと思います」
エストは、誰かに何かを聞いた。それで、パーティー会場でミレイヌに、
「自分が捨てた子が目の前に現れたのって、どんな気持ち?」
と叫び、走り去った。
やはり、急に起きたことで気持ちの整理がついていなかった。そういうことだ。
事情。それはわからない。
もう一つの謎。
密室密閉空間からの消失。
それについてはどうか。
「ねえ、カオリ、エストがどこへ行ったか、わからない? ほら、あなたの数列家の能力を使って。これ、ひょっとしたら事件になるかもしれない、そう思うの。私、心配してるの、エストのこと。だから早く見つけたいの。ね、今なら数列家の力、全開にしちゃっていいのよ。何とかならない?」
「数列で人探しは、できません」
「ええ? ほら、あなたの能力って、星占いみたいなものじゃないの? 森羅万象とか、星の運行とかなんとか言ってたじゃない」
「数列道は、星占いではありません」
「もう。人が1人、ありえない形で、忽然と消えたのよ。私、必死に探したけど、何の手がかりもないの。これは絶対に人智を越えた、宇宙論的な力が働いたのよ。そうとしか考えられない」
「宇宙論的な力で人が消えるんですか? いったいどういう状況だったんです?」
レイラは、エストを追いかけたときの状況を説明する。エストの駆け去った先、行き止まりの倉庫。鍵がかかっていた。一応支配人に鍵を開けてもらって中を探したけど、何も見つからない。
「ね、ありえないでしょ、こんなの。空間をくぐり抜けた、そうとしか考えられないの。例えば宇宙の虫喰い穴とかはどうかな。このホテルに突然宇宙の虫喰い穴が開いて、そこにたまたまエストが吸い込まれたとか」
「ありえません」
カオリは、言下に否定する。
「人を1人吸い込むほどの宇宙の虫喰い穴がこの星都に開いたら、もっと大騒ぎになります。星域の科学省がキャッチして、警報を出します。そんなに都合よく宇宙の力は出たり消えたりはしません」
「そう? あなた、この前、私のことを100億年に1度の不可能奇跡だとか言ったじゃない。そういう特殊な現象は考えられないの?」
「あの時言ったことについては、私も反省しています。やはり100億年に1度の出来事なんて、そんなに起きないんです」
うつむいて、やや恥ずかしそうなカオリ。
顔を上げると、
「レイラさん、もっと常識的に考えてみましょう」
「常識的に? それでこの謎解決できるの?」
「はい」
「本当?」
「そんなに難しいことではありません。警察のプロの人が捜査したら、すぐに解明できる範囲の事だと思います」
宇宙警察のプロ刑事であるレイラは、いささか自尊心を傷つけられた。
「そう? そんなに簡単だとは思えないんだけど」
「簡単です」
カオリは、あっさりと言う。
「……そうなんだ。じゃあ、教えて。それと、ひょっとしてあなた、エストの今の居場所もわかっているの?」
「はい。間違いなく。レイラさんの話を聞いて、はっきりとわかりました」
レイラは、まじまじとカオリを見つめる。冗談を言っているようには見えない。
「じゃあ、行こう。エストを連れ戻しに行かなきゃ。何かある前に」
カオリ、何か思案している様子。
「これは、心の問題だと思います」
夢見心地な瞳。
「心の奥底までは、数列は届かないのです。何がいいのか悪いのかまでは分かりません。それでも、行ってみますか? エストさんのところに」
「う……ん」
レイラは。とにかくこの子についていくしかない。刑事の自分が見落とした何かを、この子は見つけたんだ。
数列家。やはり謎だ。
そしてエスト。
無事なのだろうか。
たとえ、それがどんなものであれ、真実を見極めなければいけない。




