第44話 数列の勝利
「あの」
氷海で流されて。絶体絶命の状況の中。
カオリが、自分のブラジャーの内側から、何かを取り出した。数列家の秘密兵器数列杖だ。手のひらサイズの杖。持ってきていたんだ。
「レイラさん、これ使ってよろしいですか?」
「……それ使えば助かるの?」
「はい。半人工物の鮫の数列の波長に合わせる事は、簡単です。操作できます」
「ほんと!」
レイラ、カオリにすがりつく。
「やって、すぐ! お願い!」
「あの、でも、いいんですか。本当に。この前、これを矢鱈と使っちゃダメだって言われたので」
カオリ、ややうつむく。
「ああ、もうっ!」
レイラは、絶叫!
「大丈夫! 使って! 今よ。今こそ使うのよ。そういう秘密兵器は、こういう時のためにあるんだから!」
「兵器ではありません」
「わかった! もう、何でもいいから、お願い、やって!」
「はい。わかりました」
カオリ、氷の上に、数列杖を置く。
「森羅万象を司る数列よ。その本質を表せ。異形の生命を去らせよ」
たちまち。
数字や記号の映像が踊りだしてきた。前に見たのと同じ光景。数列の攻撃か。レイラには、原理はよくわからないけど。
「あの、視覚兵器……いや、視覚効果を使うんじゃないっけ。海の中の鮫に通用するの?」
「視覚だけでなく、振動でも大丈夫です。数列を振動化し、水中に届ける事はできます。空気中に数列振動を飛ばすのは、かなり難しいのですが」
踊り、跳ね、回る数字に記号。これが海面の下の鮫に、届いているんだ。
すぐに。
ドン、 ドン、
と続いていた、頭突き鮫の衝突は消えた。
「あ」
レイラ、目を見張る。
海面に、大きな背鰭が見える。頭突き鮫のだ。背鰭は、悠々と去って行く。
助かった。
レイラ、本当に脱力して、ペタンと座り込んだ。
カオリは、数列杖を手にしている。ものすごい武器だ。カオリは武器兵器じゃないとは言っているけど。
「ありがとう……助かったんだね。どうやって鮫を追っ払ったの? 数列で生物も簡単に操れるの?」
「何でも操れるというわけではありません。今回の場合、数列振動で頭突き鮫の感覚制御器官に働きかけ、人間に対する攻撃衝動を反転させました。人間から逃避するように術式を書き換えたのです。割とシンプルな数列式で済みました。もともと、人間がプログラミングしたものですから」
相変わらずレイラにはよくわからない説明。でも。やっぱり不気味で恐るべき能力を持ってるんだ。この子は。役に立つ時はすごく役に立つ。
急に、寒気を感じた。
そうだ。鮫から助かっても。
氷点下の世界に、ほとんど素っ裸で放り出されたまま。
それが解決していない。すぐに救援が来なければ、どっちみち、このまま終わっちゃう。凍死だ。
ガタガタと震えるレイラ。
「あの」
カオリ、数列杖を差し出す。
「これで、体の細胞を一時的に活性化させ、体温を上げることができます」
「え? ほんと?」
「はい。さっきそれを言おうとしたところに、鮫が来ちゃって」
「体温が上がる……じゃあ、温油の効果が切れても、大丈夫なのね?」
「はい。でも……」
カオリは、レイラの顔を覗き込む。
「レイラさん、数列は大丈夫ですか?」
「あ」
この前、分解されそうになったのだ。数列と関わりたいかと言えば、もう関わりたくなんてないんだけど。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「お願い、カオリ、やって」
「はい」
カオリが呪文のようなものを唱えると、またまた数字に記号が飛び出してくる。体の周りをぐるぐる回る。
おや。
レイラの身体、ポカポカと。本当だ。温油とは違った、内側から来る暖かさ。これで、下着姿でも氷点下で何とかなる。
数列兵器……兵器じゃなくて、何だっけ? なんだっていいけど。
こういう使い方もできるんだ。
おそるべし、数列家。
カオリは夢見心地な瞳のまま。
◇
「レイラ、カオリ、」
「おーい。大丈夫かーっ」
エアバスが、浮かぶ小氷山に横付けになる。
窓から、ルイーザとリョウタが叫んでいる。
やっときた。
エアバスの扉が開く。
レイラは、カオリを抱えて押し込むと、自分も飛び込む。
「よかった、無事で! 本当に心配したよ!」
ネクリが、抱きついてきた。
レイラもやっと安堵する。
絶体絶命の危機。ここまでの窮地は、刑事の経験でも、なかった事だ。あの世まで本当にあと1歩だった。
救出された時間は。温油の効果が切れて、15分後。カオリの数列がなかったら、ほとんど助からなかっただろう。
怖いのは悪党よりも大自然だな。
レイラの感慨をよそに。
「いやー、ほんとすごかったね」
リョウタ、興奮してる。
「すごい雷撃だったね。まさに天の一撃。大宇宙のスペクタル。プラズマ逆流放射だっけ? 一生に一度見ることができるかどうかの確率だって言うからね。これは本物だよ。そんな絵が撮れるなんて、わざわざ極点まで来て本当によかった」
やっぱり撮影したんだ。それにしても、レイラとカオリが危なかったなのに、全然気にしていないのかな。
呆れるレイラ。
「それにね」
リョウタは、蕩ける笑顔。すっかり興奮している。
「レイラちゃんとカオリちゃんが、小氷山で流されながら抱き合ってる絵、これもしっかり撮ったからね。これだよ。大自然の偉大さと最先端下着モデル、すごく綺麗で、ぐっと心に迫る絵が撮れた!」
おいおい。
レイラ、呆れたを通り越して、頭痛が痛くなる。
人の命より、撮影のこと考えてるのかよ。これが芸術家気質か。ダメだ。
もう、ついていけないや。
「ん?」
レイラ、その時に気づく。
カオリ。
ダウナー系美少女下着モデル。こっちを見つめるまなざし。
何か言いたげ。
「なに? 今日は本当にありがとね」
レイラの笑顔。
カオリ、少しうつむいて、
「レイラさんと流されて、ちょっぴり楽しかったです。ワクワクしました」
その病的に白い頬が、かすかに、ほんのかすかに染まる。
うーん。
レイラ、何をどう考えてよいのやら。
こっちはこっちで、やっぱりずっとぶっ飛んでるな。
数列家。宇宙次元の子なんだ。
住む世界が違いすぎて。
◇
華やかな下着モデルの世界に身を置いて。
レイラの潜入捜査は続く。
( 事件簿No.5 氷点下の下着モデル 了 )




