第41話 極点の下着モデル
「うぐう、寒い」
分厚い防寒コートに身を包んだレイラ、白い息を吐く。
一面、真っ白の雪と氷の世界。澄み切った青い空も、凍てついている。
ここは、シン・トーキョー星の極点にある、大氷原。目の前には氷海が広がってる。
氷点下の世界だ。コートを脱いだら、確実に氷柱になってしまう。
今日は、氷原氷海をバックにした下着モデルの撮影だ。ファッション事務所のみんなで来ている。
モデルたちも、スタッフも、防寒コートに身を包み、雄大な極点の大自然の光景に、見惚れている。
引率取り仕切り役のルイーザは、満足げな表情。
「やっぱり極点まで来ると、違うわね。足を運んだ甲斐があった。きっと、いい絵が撮れるわ」
「任せてください!」
自信満々で叫んだのは、リョウタ。ドン・ハルキサワ事務所専属のトップカメラマンである。
「雄大な大自然に、最先端の下着モデル。このコントラスト! 最高です! うーん、ゾクゾクする!」
蕩ける笑顔に妖しい光を放つ瞳。職人気質芸術家気質全開モード。撮る絵のことを考えて、早くもハッスルしている。
「やっぱり、ここまで実際に足を運ばなきゃいけないんですか?」
レイラが、質問する。
なんだか寒くて厳しい撮影になりそうだ。合成映像とか、セットとかで、本物そっくりにしようと思えばできると思うんだけど。
本当に下着姿で氷点下の氷原氷海に立つ必要とかあるの?
「はっはっは、レイラちゃん、わかってないな」
と、リョウタ。
「見なよ、このスケール、大自然の圧倒的な迫力。これに僕たちちっぽけな人間が共鳴するんだ。そしてその可能性を最大限に引き出すんだ。小さい存在と大きい存在がね、交わり響き合う。それが極点なんだ」
芸術家トーク。数列家トーク以上に、レイラにはわかりにくい。
リョウタは、興奮して喋り続ける。
「それにね、みんなが求めるのは絵だけじゃない。物語なんだ。正真正銘の本物。モデルが下着姿で、氷点下の世界に立つ。氷原氷海に挑む。それが感動を呼ぶ。話題になるんだ。みんなも、インタビューがあるからね。ちゃんと考えておいて。どういう体験をしたか、きちんと伝えなきゃいけないんだ。あ、何を話したらいいか思いつかなかくても大丈夫。スタッフがしっかり考えるからね。安心して」
下着モデルの世界。
なかなかすごいな。
レイラは、感心した。華やかで、キラキラした世界。入ってみてわかったけど、かなりな気力体力根性忍耐力の世界だ。
レイラも、刑事だ。気力体力根性忍耐力については、自信がある。問題ない。刑事とはまた別方向で、ここもハードだけど。
ルイーザの声が響く。
「はーい、みんな、明日の撮影の準備するから。モデルの子もみんな、準備して。エアバスの中で、温油しっかり塗ってね」
モデルたち。
着替え用のエアバスに戻る。今日は何台もの大型エアバスで、極点に乗りつけたのだ。
コートを脱いで、膚に念入りに温油を塗る。この温油を塗るだけで、氷点下の世界でも30分は大丈夫。体の保温がしっかりできる、そういう話だった。
レイラも丹念に温油を塗る。
氷点下の世界での活動は、まだ体験したことがない。刑事の捜査の勉強になるかもしれない。
みんな、温油を塗り終える。
エアバスから、色とりどりの下着にミュールだけのモデルたちが飛び出してくる。
「すごーい! あったかーい!」
「氷の上でも全然平気だね!」
モデルたち。キャッキャしながら、氷原の上で飛び跳ねる。お互いにあれこれ、ポーズをとってみせる。
「本当だ。あったかい。ポカポカする」
レイラも、足どり軽く、氷原を歩く。
薄い下着だけで極点を歩くのって、最初は違和感があるけど、大自然の中、裸同然の格好って、なんだか気持ちいい。だんだんそう思えてくる。
寒風も、温油の効果か、温風に感じる。
「あれ?」
誰かが、氷原の縁、氷海の方へ行く。調子に乗って海に飛び込んで泳ごうとでもいうのか?
カオリだ。青いショートヘア。青いブラジャーにショーツ。仔鹿の尻尾。
海に向けて、ちょこちょこ走っていく。
目で追うレイラ。
「あ」
カオリがツルっと滑って転んだ。
「大丈夫?」
駆け寄るレイラ。
ツルツル滑る雪と氷の上で、カオリを助け起こす。
「ありがとうございます」
と、カオリ。真っ白な氷原の上で。病的な白さの膚、ますます際立って見える。
レイラは、微笑む。
「どうしたの。海に飛び込んで、寒中水泳でもしようとしたの?」
「海が……みたくて。海が好きなんです」
カオリのピンクの瞳、夢見心地。
うーん。
なんだか夢見る少女なんだ。




