第40話 数列式の決着
資材室を蔽う閃光が消えた。
カオリはまだ視界が戻らず、目をパチクリしている。
いきなり強烈な閃光を喰らったら、しばらくは視力を奪われるのだ。
ややあって。
カオリの視力はやっと正常に。
夢見心地の瞳で。
レイラを見上げる。
カオリの杖、立体映像投映器は、レイラの手にある。そして、レイラは、カオリの肩をしっかり押さえていた。
カオリは、どう見ても体術格闘術ができるタイプではない。これでもう抵抗できないはずだ。
「カオリ」
レイラは、言った。
「あなた、何者なの?」
「数列家です」
カオリの静かな声。いつもと調子は変わらない。
「……それは聞いたけど。なんで私のことを襲ったの? あなた、私を殺そうとしたでしょ?」
「いいえ」
カオリは、はっきりと。
「私がしようとしたのは、分解です」
「だからそれ、殺そうとしたってことじゃない!」
「いいえ」
「何が違うの?」
「あなたの存在を、マイクロ物質単位の数列に置き換えいったんバラバラにする。無数の微小な存在に分解するのです。そして生命数列の解法により、封印保存するのです。後は長い時間をかけて、数列家が、あなたを読み解くのです。あなたには、未知の宇宙理法が宿っている。たぶん3億年、5億年あれば、すべて読み解けるはずなんです。それは必ず数列道を飛躍させるものでした。もう別の次元に、宇宙の階層の一段と上に。きちんと解析できたら、また物質再現融合の数列解法により、あなたは、復元されるはずだったのです」
「なに言ってるの!」
レイラは、目を血走らせる。
「人をマイクロチップ並みにバラバラにして、散々いじくりまわして、3億年だか5億年だか先にまた復元する? それ、殺すのと変わらないから! いや、もっとたちが悪いわよ!」
きっとカオリを睨みつけるレイラ。
「だいたいね、全部あなたの誤解なのよ!」
「誤解、ですか?」
罪のない瞳をするカオリ。
「そう。私はあなたの数列の解読なんて、してないしできないから。映画見に行こうって誘ったのも、それが人気だったから。あなたが誰のファンだったなんてそんなの知らないわよ。それに今日ここに来たのも、鍵が開いてたから何があるのか、ちょっと覗いてみようって思っただけ! 本当にそれだけだから!」
カオリは、じっとレイラを見つめる。
「本当ですか?」
「本当よ! 私が宇宙だ森羅万象のなんちゃらだと関係あるように見える?」
「いいえ」
カオリは、ポツリといった。
「確かにそうですね。私の早とちりでした。申し訳ありません」
なんだか理解できたみたい。素直というのか何なのか。
「もう。早とちりで人を殺そうとしないでよ。ちゃんと話をしてね」
「殺そうとはしていません。分解です」
「だから同じだって! あと、それから、こういう視覚兵器、やたらとを使っちゃダメだから!」
「兵器ではありません」
カオリは、きっぱりと。
「それは数列杖です。累代の数列家たちが明らかにした森羅万象の数列解法、封じ込められたその術式を解放し、この現存空間の中に……」
「あー、もう、わかったから! とにかく人をバラバラにできるんでしょ? 立派な兵器よ」
危機一髪だったレイラ。まだカッカしている。
「本当にびっくりした。数字だ記号だの映像だけで人を拘束することができるなんて、思わなかったから」
「数列です」
と、カオリ。
「この宇宙の森羅万象、生命あるものも無きものも、みな、数列に置き換えられるのです。数列の振動に共鳴共振するのです。数列は全てを支配することができるんです」
「わかったから。とにかく、人を襲っちゃだめ。こういうの犯罪だから。宇宙のためでも何でも、まずこの地上の法律を守ってね。ちゃんと」
「はい」
カオリは、小さく言った。
わかった、のだろうか。
「あの」
夢見心地な瞳。
「手を離していただけませんか? 肩が痛いです」
レイラは、手を離した。誤解だとわかった。もう襲ってこないだろう。
そして。
カオリは、レイラの手の杖をじっと見つめている。数列杖というのだそうだ。
これはかなりな凶器兵器だ。カオリは違うというけど。
大事なものらしい。返しちゃっていいの?
レイラは、しばし逡巡。
カオリの瞳。悪意はない。最初から。刑事の勘でわかる。
この地上とは別のどこかの法則で動いている子なんだ。危険な能力は持っているが。
とりあえず、大丈夫だ。ありえない早とちり勘違いで襲ってきたけど、もうそれは理解している。
レイラは、数列杖を、カオリに返す。
「ありがとうございます」
受け取ったカオリ、ペコリと頭を下げる。
宇宙的にぶっとんではいるけど、それなりに素直な子だ。
「あの、私」
カオリ、ちょっと体を震わせている。
「100億年に一度の不可能奇跡が目の前に現れたと思って、すっかり興奮してしまいました。それで判断を誤ったんです。本当に申し訳ありませんでした。宇宙の理法解法、一足飛びの飛躍は、やはり望めないんです。星々に潜む神秘は容易に解き明かすことはできないのです。近道ではなく、これまで数列家が積み上げてきた道を、またしっかり上がっていきたいと思います。それが数列なのです」
やっぱり妙な具合にぶっ飛んでるな。
数列道。数列家。
こんな危険な能力があるなら、宇宙警察も少し注意した方がいいかもしれない。
◇
「そろそろ出ようか」
レイラとカオリ、資材室を出る。事務所には他に誰も残っていない。
ロッカールームで、着替える。
「あの」
花柄のワンピースを着ながら、カオリが言う。
「なに?」
レイラが訊くが、カオリは、もじもじしている。
なんだろう。
「なに? 話があるなら、聞くから。何でも言って」
カオリ、思い切った、というように。
「映画、一緒に見に行ってもらえませんか?」
「は?」
なにを言ってるんだ。一瞬考えこんだレイラだが、
あ。
思い出した。
『君に首ったけ』
そうだ。そのアイドル映画の話をレイラがうっかりしたのが、ことの始まりだったんだ。
ええと。
カオリは、映画主演のアイドル男子のファン、そういうことなんだ。それで映画を見に行きたい。
「うん。いいよ。一緒に、行こう。夜の上映もやっているから。今から行く?」
◇
映画館で。
並んで座るレイラとカオリ。
カオリ、夢見心地な瞳。今はどこか、うっとりとしているような。
主演のキリヤ。爽やか系イケメンアイドル男子。カオリはファンなんだ。
ファンメールの下書きを、数列でしちゃう子。
1人でアイドル映画を見に行くのが恥ずかしいので、一緒に行ってくれと頼んでくる子。
なんだか。
ぶっ飛んでいるし、普通だし。
レイラには、よくわからない。
ま、とにかく無事に危機を切り抜けた。
本筋の捜査は、全然進んでないんだけど。
早く手がかりを見つけなきゃ。
◇
華やかな下着モデルの世界に身を置いて。
レイラの潜入捜査は続く。




