第37話 数列式の解答
カオリ。
解読不能な瞳のまま。
やはり、来た?
レイラは、カオリの言葉を内心反芻する。
やはり、とは?
カオリは、レイラがここに来ることを、予め知っていて、待っていた。そういうこと?
まさか。
どう考えても。それはありえない。
この子は、予知能力の持ち主なのか?
レイラが、ここに入ったのは、まだ調べていない資材室の鍵が開いていたから、みんながいないときにこっそり忍び込んで、しっかり捜査しよう、そう思っただけなんだけど。
カオリは、レイラを待ち受けていた。ずっと、ここに隠れて。
どういうこと?
やや、混乱気味のレイラ。
カオリは、お構いなしに、続ける。
「あなたは、私のメッセージを読めた、そういうことですね?」
「え?」
カオリのメッセージ? だって? レイラは、必死に考えるが、よくわからない。
ダウナー系モデルの、淡々とした声は続く。
「本当に驚きました。震えました。私の特殊数列式を、一瞬で記憶し、解読することができる人がいるなんて。これは絶対にありえないことなのです。しかし現実にあったのです。私が体験していたのです。他の人から聞いた話ならば、絶対に信じません。でも、この目で見たのですから、現にあなたが今、私の目の前にいるのですから、信じないわけにはいかないのです」
「え……あの、カオリ、どういうことかな?」
うわ、まずい。
カオリがまたチンプンカンプンモードになってる! 別次元の数列世界へ!
何を言っているんだ?
特殊数列式、って言った?
なんだそりゃ? 一瞬で記憶? 解読? 私が?
この子は何か勘違いをしている。
「もう、隠せません。すべては明らかなのです」
カオリの静かな、そして疑いを挟むことを許さない預言者の声。
「レイラさん、あなたは私が落とした数列式のメモを拾いましたね。私はそれをすぐ取り返しました。しかし、あなたはメモを記憶していた。一瞬で、あの数列式を。そして、解読した」
あ。
昨日のことか。
レイラは、思い出す。メモを拾った。数字の羅列が書いてあった。でも、一瞬で記憶したわけじゃない。撮影したんだ。なるほど、ブラジャーの内側に、マイクロカメラを押し込んでいるとは、さすがにカオリも気づかなかったんだ。当然だけど。
で、数列式を解読した?
なんでそういう話になるの? 解読解析しようとした事はしたんだけど、結局はできなかった。
「あなたが読んだ通り」
カオリは、続ける。
「あれは、キリヤ宛のファンメールの下書きでした。私にしか読めないはずの特殊数列式で書いたのです。スーパーコンピューターを使っても、解読不能なはずだったのです。しかし、あなたは易々と解読し、私に誇らしげにアピールしましたね」
え?
さらによくわからなくなるレイラ。
キリヤ?
誰だそれ。
あ。
その時、気付いた。
そうだ。キリヤ。人気アイドル映画『君に首ったけ』主演のアイドル男子だ。
うーんと、つまり。
カオリは、アイドル男子キリヤへのファンメールを書こうとした。要するに、キリヤのファンなんだ。なんだ。妙に不思議な子だと思ってたけど、やっぱり普通の女の子なんだ。で、ファンメールの下書きは、他人に見られても大丈夫なように、自分にしか読めない特殊数列式とやらで書いた。それをたまたま見た私が、今日の昼休みに喫茶店で、カオリに『君に首ったけ』の話題を持ち出した。
あの時。カオリは、異様にうろたえ、手にしたコーヒーカップを落とした。
そっか。
私はただ単に、女子トークしなきゃと、人気アイドル映画の話題をしただけなんだけど、それを、カオリはそれを、私がメモの数列式を解読したぞとアピールした、そう受け止めたんだ。
なるほど。
単なる偶然の積み重ねで。すごい結論を出しちゃったんだ。この子は。
数列家だっけ。ややこしい数列といつも格闘してると、こういう風になっちゃうんだな。
事情がわかって、やや拍子抜けしたレイラ。
しかし。
カオリには、レイラの気持ちは全く通じていない。
数列家の少女。なおも、宇宙の神秘を告げる預言者の声で、続ける。
「私は驚きました。本当にありえないことが起きたのです。数列道50億年の歴史がひっくり返ったのです。どうしても信じることができず、あなたをもう一度試すことにしました。ロッカールームでもう一度、あなたに特殊数列式を見てもらったのです」
うん。
ロッカールームで見た数字の立体映像。やっぱりカオリの仕業だったんだ。あれは一応撮影しただけで、別に解読も解析も何もしていないんだけど。
「信じられません、本当に」
カオリのまなざし、微動だにせず。
「あなたは、また私の挑戦を、やすやすと突破したのです」
「は?」
またまた混乱するレイラ。
挑戦を突破? いったい何を言ってるんだ? 今度こそ全くわけわかんないんだけど。
「あの数列式は、さらにハイレベルな特殊数列式でした。どんなスーパーコンピューターでも絶対に解析不能な。そして、そこに、今日の仕事の後、第2撮影室の奥の資材室で待つ。鍵は開けておくから、必ず来てください、そう書いたのです。あなたは、果たしてここに来ました。解読できた、そういうことなのですね」
うぎゃあっ!
レイラ、やっとすべての事情が飲み込めた。
ジグソーパズルのピースが、ピタっと嵌まる。
そういうことか。
うーん、またも、偶然の偶然。カオリは私にメッセージを送って、ここで待っていた。解読できるかどうか、試すために。
私はただ、鍵が開いてるの見つけたから調べに来ただけなんだけど。
すべては、この子の勘違い。
えらくこんがらかった形で、振り回されちゃった。
よし。いい加減、誤解を解こう。
私はここへ来た理由。適当に言っておこう。特殊数列式とやらを解読したとかじゃない、それ以外の理由だって。
「あの、カオリ」
やっと口を開いた。
だが。
もう、カオリには、レイラの言葉など届いていなかった。
「数列家の名にかけて」
毅然たる、重々しい声が響く。
「あなたを、確保します」
え?
と、レイラ。
なに?
カオリ、今、なんて言った?
確保?
レイラは刑事だ。刑事が標的をしっかり取り押さえることを、確保という。
しかし。
カオリが、私を確保する?
なんで? それってどういうこと?
何をするつもりなの?
カオリの夢心地の瞳。何も語らない。
何かものすごく。
危険なものを感じた。




