第35話 数列の惑い
翌日。
下着モデルの仕事の合間の休憩時間。
レイラは、モデル事務所の隣の喫茶店で一息ついていた。モデルの仕事は順調に思える。事務所のみんなともうまくいっている。
しかし、肝心の潜入捜査。失踪した下着モデル、ナミエの行方。
新たな手がかりは見つからない。
気持ちは焦る。大丈夫、落ち着くんだ。自分に言い聞かせる。これまで刑事として積み上げてきた経験と技術を生かして潜入捜査を続けていれば、きっと何か見つかる。
人1人完全に消し去る事は、できないんだ。
おや?
喫茶店に入ってきたのは。目敏く見つけた。
カオリだ。カオリも休憩時間のようだ。
レイラは、刑事特有の目線で、常に周囲に目配りしているのである。
「カオリ、こっち!」
笑顔で手を振る。
「どう、一緒にお茶しない?」
声をかけられたカオリ、レイラの席にやってくる。
「よろしいのですか?」
カオリ、レイラの正面に座る。事務所の外なので、当然下着ではなく、花柄のワンピースを着ている。ちょっと子供っぽい雰囲気。
夢見心地の瞳。カオリの病的に見える白い膚。ワンピースの鮮やかな花柄と、絶妙なコントラストをなしていた。
カオリが頼んだコーヒーが運ばれてくる。数列家の少女、ずっと無言。いつものことだけど。
いろいろと気さくに話しをしてみよう。
レイラは、捜査モード。
カオリから、重要な情報を引き出せる可能性は、限りなく低い。でも。どこに手がかりがあるかわからないのだ。
カオリは、ナミエがオーディションに合格して、ドン・ハルキサワ事務所に入った時、すでに事務所に在籍している。
なんでもいい。見たこと、聞いたこと、気づいたこと、何か失踪に引っかかりのあることを引き出せれば。
どうしようか。レイラは、考える。
コーヒーカップを手に持ち、静かに啜る目の前のカオリ。これまでの経験からわかっていること。
ずっと黙っているか、現実世界からぶっ飛んだことを喋るか、そのどちらかだ。
この子に何か実のあることを喋らせるには、どうしたらいいか。
まずは、無難な話題。
レイラは、明るくにこやかに、
「私たちってさ、お互いモデルになったばかりの、新人だよね」
「はい」
「私、いつも緊張ばっかして。あ、私18歳。えーっと、カオリは……確か、16歳だよね」
「はい」
「あ、私が年上だからって、気にしなくていいよ。普通に話して」
「事務所では、私の方が先輩です」
「あはは! そ、そうだったね」
「普通に話してくれて大丈夫です」
「あは、ありがとう」
妙に冷や汗をかくレイラ。普通の女子トークをするのって、妙に面倒だな。
でも、この子、全く話をしないわけじゃないんだ。やっぱり、やり方によっては、いろいろ引き出せるんだ。よし、やるぞ。
「カオリ、モデル始めたばかりだけど、結構人気あるみたいじゃない? すごいね」
「はい」
「ファンメールとか、いっぱい来てるんでしょ?」
「……はい」
「ん? 何が気になるの?」
俄然、食いつくレイラ。
カオリ、やや、うつむきながら。
「はい……」
「どうしたの? 何かあったの? 何でも相談に乗るよ」
「あの……」
「う、うん」
身を乗り出すレイラ。
カオリ、消え入るような声で。
「少し、気味の悪いファンメールも来るので」
うむ。
レイラは、少し脱力。
確かに、下着モデルのファン。いろいろいるからな。
16歳ダウナー美少女モデルに群がるファン。中には、不健全な人間もいるだろう。
そうか。ファンの線もあるな。
ナミエが熱狂的なストーカーファンに狙われて? しかし、失踪に事務所自体が関わっているとなるとどうなんだろう?
単なる個人間のトラブルや事件ではないはずだが。
わからない。手がかりが乏しい以上、あらゆる線を、追わなきゃ。
そうだ。
目の前のカオリ。
なんだか、どよ〜ん、としちゃった。
話題を変えなきゃ。10代女子の話題。
レイラ、必死に考える。
えーと、なんだろう? そうだ。アイドル。アイドルの話題ならいいだろう。確か大人気のアイドル出演映画があった。
「あ、そうだ。カオリ、知ってる? 今、話題の映画。『君に首ったけ』。見た?」
ガタン、
カオリが、コーヒーカップを、手から落とした。
黒い液体が、テーブルに広がる。
なんだ?
私、何か変なこと言った?
慌てるレイラ。
カオリは。
こぼれたコーヒーも視界に入らないかのように、ただ、夢見心地の瞳で、じっとレイラを見つめている。




