第32話 数列家の少女
「あなた、誰かを探していますね?」
いきなり訊かれた。
レイラは、ビクっとなる。
なんだ?
いかにもレイラは、失踪した下着モデルのナミエを探している。そのために、自ら下着モデルとなって、ドン・ハルキサワ事務所に潜り込んでいるのだ。
潜入捜査である。レイラの身分と目的、それは絶対の秘匿なんだけど。
バレた?
それはまずい。まずすぎるんだけど。
レイラは振り向く。
こちらを見つめているのは。
カオリ。
同僚のモデルだった。
ドン・ハルキサワ事務所のモデルの大部屋である。レイラが仕事の下着姿でせっせとメイクをしていたところ、いきなり後ろから声をかけられたのだ。
他のモデルたちは、仕事だ休日だなんだで、出払っている。
今、大部屋にいるのは、レイラとカオリの2人だけ。
カオリ。
レイラのことを、じっと見つめている。
小柄な子。確か16歳。年下。青のショートヘア。ピンクの瞳。痩せている。病的なまでに白い肌。胸は小さい。というか、まったく、ない。こども体型。この子も今は仕事の下着姿。身に付けているのはブルーのブラジャーとショーツだけ。お尻には、小さな栗色の尻尾がピョンと突き出している。仔鹿の尻尾。今季のドン・ハルサワの仕様は、尻尾がテーマだ。みんな尻尾を付けている。レイラのお尻には、ペルシャ猫の長い艶やかな尻尾。
カオリのまなざし。夢見心地な瞳をしている。レイラを視ているのかどうかすら、わからない。だいぶ距離は近いんだけど。
この子はいつもこうなのだ。無口で、いつも夢見心地。周囲の人間が視界に入ってないように見えてしまう。笑ったり、怒ったりするのを見たことがない。
レイラはこれまで、カオリと話した事はなかった。
それが。
いきなり声をかけられたのだ。
しかも、人を探している? 潜入捜査の目的。いきなり図星。
なんでわかったんだ?
でも、とりあえず。
「え、なんのことかな」
レイラは、ややうろたえながら、ごまかすことにする。様子を見るのだ。
「誰かを探してる? 私が? うーん、そう見えたかな。あ、そうだ。私、自分を探しているの! 自分を見つめ直して、本当に自分のやりたいこととか見つけようかと思って。それで、下着モデルの世界に飛び込んでみたの。こういうところで、いろんなことやいろんな人とぶつかれば、きっとまだ知らない自分の姿が見えてくる。そんなこと考えちゃって。あはは。おかしいかな」
笑顔満開のレイラ。とりあえずこれでいいかな。
カオリは。黙ってレイラを見つめている。
相変わらず表情は変わらない。夢見心地な。
この子はずっとそうなのだ。
下着モデルの仕事をしている時も。
モデルといえば、満開の笑顔ができることが必須条件だが、この頃は、ダウナー系モデルというのも流行っていた。
ダウナー系。大まかにいって、無口無表情で、おとなしめな子である。どこか神秘的、謎めいているような。
カオリは、この事務所のダウナー系担当で、まだ所属して3ヶ月なのに、そこそこ人気がある。ダウナー系担当というか、本人の性格がまさにダウナーなのだ。仕事以外でもいつも無口で、ずっと夢見心地な表情を変えない。周囲と関わらない。純正ダウナー。キャラでやっているのではない。
見つめ合う2人。しばしの沈黙。
なんだろう、この状況は。
レイラの刑事の経験からしても、カオリの表情を読むことができない。
リアルダウナーか。厄介だ。
ともあれ、何か話をしなくちゃ。
「あの、どうして、私が人を探しているって思ったの?」
「数列」
「は?」
予期せぬ答えに、レイラは、混乱する。
なに?
今、なんて言った?
数列? 数列って、数学の?
なんで? なんで急に数列が出てくるの?
カオリは、表情一切変えずに、また言った。
「私は数列家なのです」
「え?」
さらに混乱が広がる。ダメだ。もうついていけない。数列家? そういった? そんなの初めて聞いた。
「あの……数列家? それ、なんなの?」
カオリ、かなり近い距離で、じっとレイラを見つめながら、
「数列家。それは数列道を究めんとする者。機械ではなく、人智をもって数のことを制するのです。数列とは、本来、人智が生みしもの。数はすべて、人の脳によって計れるのです。数列を究めれば、人智の深奥もまた開示されるのです。人智を汲むのに、数列が必要なのです。ところが人は、数を計ることを、すっかりコンピューターに任せるようになってしまいました。これではいけないのです。人智の神秘を、自ら閉ざしてしまっているのです。数列家は、数十億年にわたって、人智のみで数を計る秘法を追求してきました。人のことも、この宇宙の森羅万象の全てのことも、数列道で、汲み、解き明かすのです」
うわああっ!
なんだ!
いきなりなんだか。
ガツンとやられた。




